« ◇「サウダーヂ」を見る。 | Main | 放射能測定データをねじ曲げるNHK朝イチ »

November 25, 2011

寺の神社も区別がつかない、罰当たりなわたし

▼今朝は6時台の電車に乗らなければならない。しかも会議があって帰宅は夜中と来ている。土曜日も午後から都内で会議だ。昨日電車に乗ったらソニーのリーダーのCM車内広告が張り出してあった。そのキャッチコピーが笑ってしまいのだが、1日30分読んで7週間も電池が保つというのだ。おやおや、一日にたった30分しか読書をしないのかい?わたしは平均3時間から4時間は読書をする。しかもソニーの電子本の販売コーナーにはどうでもいいような本が1400冊しかない。日本人の読書をする平均時間はどのくらいだろうか?図書館で待たされている本は1冊になっても3週間以上待たされている。期限内に返却しないとペナルティがあるはずだが、どうやらきちんと守られていないようだ。
▼わたしは待っている人が多い本は無理しても24時間で読み終えて返却するように心がけている。もし平均読書時間が30分だとするとこれは待たされるのは当たり前になってくる。ソニーのリーダーのCMには二宮尊徳の写真が掲載されている。尊徳氏も現代なら紙の本ではなくリーダーだといいたいのだろう。先日の半藤氏の講演会のとき中学校時代二宮尊徳の銅像も鉄が足りないので供出の対象になったという話をした。半藤氏は銅像の二宮は何を読んでいるか気になって仲間と銅像によじ登ったという。安い銅像は白紙で、高くなると片ページに大きな文字で「忠」、もう片方に「孝」の一字だった。さらに高いのは何やら長い文章があったが読めなかった。しかし4校目で校長に捕まって、絞られてえらい目にあったという話をしていた。
▼ある法事の話である。場所は迎賓館の近くのマンション風の寺に位牌や遺骨は納められている。もうかれこれ20年前に買ったときは一区画というか、仏壇の大きさのスペースは50万円ほどした。13回忌も終わったし、もう自分たちでは維持できないと判断されたようだ。それでも1年間に維持費として1万円支払ってきた。ネットでみるとこの一区画の販売価格は150万円と3倍に跳ね上がっている。
▼カタチとしては寺に返納することになる。そして遺骨は合同の墓地に入れられる。そのとき戒名のままでは誰なのか分からなくなっていまうので、俗名に戻される。いくら高い費用を払って、ありがたい戒名をつけてもらってもここで意味はなくなる。位牌はどうするかと尋ねると寺ではお祈りをして魂を吹き込んだ位牌は、魂を抜かなければ捨てられないという。その費用は1万円でその後位牌は「お炊きあげ」に付されるという。
▼わたしはその話を聞いて思った、正月を前に近所の神社では「お炊きあげ」を無料で受け付けている。入れてはいけないものは人形と陶器で出来たものだと書いてあり、位牌はノーとは書いてない。神社と寺は違うと言えば違う。小型の仏壇はわたしが壊してゴミとして処分すれば無料だ。寺は戒名をつけて儲け、俗名に戻してまたカネをとる。こういう面倒くさいことはヤメにしようということになりつつある。
▼ふと1月にブエノスアイレスのレコレータという、高級墓地に行ったことを思いだした。あのエビータもここに眠っている。大理石で出来た豪華な墓地もあり、ここを住まいに出来そうなくらい豪華である。しかしそういう豪華な墓地に限って朽ち果てつつある。孫子の代になっては維持にカネがかかりすぎて手に負えないのだろう。墓地が残された者にとって手に負えないとうのは地球の裏も表も変わらないのだ。などと罰当たりなことを考えているわたしであった。
▼結局「墓地の権利を放棄する」という念書を書かされてお終いになった。墓地の権利は転売できないので、そlれが出来る寺だけが儲かる仕組みになっているようだった。

|

« ◇「サウダーヂ」を見る。 | Main | 放射能測定データをねじ曲げるNHK朝イチ »