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November 18, 2011

新聞記者のモラルとは何か?

Tree17
(スカイツリー秋色)
▼昨日の検索用語で「新聞記者、腕章を貸すのは禁止」というのがあった。これは禁止以前の問題でジャーナリストとしてのモラルを問われる。1968年に静岡の寸又峡の旅館に立てこもった「金嬉老事件」があった。この事件でも記者に扮した捜査員が「記者会見」に応じた金容疑者を逮捕した。記者は警察とは異なり、事件の真相を取材するのが役割である筈だ。ところが最近は「警察への取材によれば」と、まるでメッセンジャーの役割を嬉々として引き受けている。
▼それどころか「記者会見」風景を見ていると、非権力者に対しては「怒号、罵声」が彼らの口から出てくる。彼らはいつから自分が権力者やその手先になってしまったのに疑問を持たなくなってしまったのだろうか?さらに今回の「TPP」報道を見ていると2日前の朝日新聞では「アメリカにいらだち」という大きな見出しがついている。「おいおいいつからあんたはアメリカのポチになってしまったのかい」と言いたくなる。長い目で見て日本の国益を守るのが記者の役割ではなかったのだろうか?ところが官僚と記者の結託というのがある。
▼たとえばわたしの住んでいる選挙区にいるJ党所属の議員は先の衆議院選挙で落ちてしまった。その彼女の自慢すべき経歴というのが振るっていて「T大経済学部卒、A新聞記者からJ党議員」という「輝かしい」経歴が書かれている。さらに国会議員になってから80ヶ国近くの国をまわっているとして、その国の名前が羅列してある。さらに趣味は「盆踊り」というかなり淋しい物だ。しかし近くの盆踊りで、そんな姿は一度も見たことがない。という事は自宅の部屋のなかでCDを掛けて夫と二人で「炭坑節」でも踊っているのだろう。
▼そして街角に張られているポスターには「もういちどはたらかせて下さい」と書いてある。彼女には何の感情ももっていない。しかし現実の霞ヶ関ではT大などのグループが官僚と新聞社のトップを握っており、世論形成に大きな役割を握っていることは想像に難くない。
▼最近岩波少年少女文庫で「本のとびら/宮崎駿が選んだ50冊」という本が出版した。立ち読みしただけだが、その中で「アルプスの少女ハイジは原作を超えた」と書いている。いや今ケーブルテレビの「アニメチャンネル」で日曜日午後から「アルプスの少女ハイジ」(HDDバージョン)が一回一日4時間くらいで一括再放送されている。先週はクララがアルプスのハイジの家に静養に来ているところだった。今週はいよいよ最終編で、いよいよ「クララが立った」になるはずである。わたしは目を皿のようにして見ている訳ではないが、けだし「アルプスの少女ハイジ」はやはり名作であると思っている。では今朝も早出なのでこれで終わり。

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