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November 16, 2011

「こころ旅」に出た陶器の手榴弾とは?

Souju
(「一茶双樹記念館」入り口)
▼山沿いの地方では積雪があったようで都内でも今朝はかなり寒い。今まで、室内では短パンで過ごしていたが、今朝はさすがにダメだった。昨日は午前中取材があった。南流山にある一茶双樹記念館というところだ。南流山までは、筑波エクスプレスに乗ればそれほど遠くない。だが記念館まで歩く距離がかなりある。わたしは中学生の頃、毎日往復8キロを歩いて通っていたから、歩くのはちっとも苦痛ではない。しかしわたしの取材ばかりなぜ歩く場所が、当たるのか分からない。
▼先日の千葉県立関宿城博物館は、適当なバスの便がないので事前に許可を得てタクシーに乗った。一度書いたがその時は30分も乗っていた。今回バスはあるらしいがそれを待っていたのでは時間がもったいないので歩いた。結果として15日は午前中だけで1万2千歩あるくことになった。女性の足ならば1、2割増しになると思う。
▼NHKBSで「にっぽん縦断こころ旅」という番組があって、春は京都から北海道に行き、秋は京都から山陰を回って昨晩は(放送は2日遅れ)で佐世保の展海峰(てんかいほう)」に来ていた。自転車に乗っているのは俳優の火野正平で読者から寄せられた便りで「心に残っている」場所を列車と自転車で走破するのだ。列車で移動する部分は自転車を折りたたんで、後は組み立てて走る。
▼昨日などはわたしも折りたたみ自転車を買おうかと思ったくらいだ。だが健康のために毎日1万歩を歩いているわたしにとって、願ってもない距離を稼ぐことができた。この放送で月曜日は佐賀県にいて、有田焼の窯を訪ねる。そのとき窯主からプレゼントをされたのが旧日本軍が開発させた有田焼の手榴弾である。それを見れば「瀕すれば鈍する」とはこのことかと思う。鉄片は一切入っておらず。陶器の外側が砕け散って敵兵を傷つける仕組みだ。
▼もっとも日本軍は当時の731部隊が使った、細菌兵器を収納する爆弾も陶器で作られていた。なにせ「傷痍爆弾にはバケツ・リレーで火を消そう」としたし、上陸して来た米兵には「竹やり」で戦おうとしたくらいだ。陶器の手榴弾くらいで驚いていてはいけない。火野正平は窯主から「一輪挿しにでも」と手榴弾を一個プレゼントされていた。おお羨ましいぞ。ネットでさっそく調べて見たらこの陶器手榴弾は6000円の値が付いていた。ゼロが一つ多いのではないかと思ったが、ネットオークションとなるとそうなのだ。
▼この無手勝流が今の日本では放射能に対しても行われているのだから、怖い。誰かが「食べて応援、食べたらイチコロ」と言っていたが、汚染された食品の偽装や流通経路はもうメチャメチャだ。
「濃度が高い地域は西は群馬県境まで。一部長野県境、静岡岐阜、四国・中国地方にも薄く分布。」

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