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January 07, 2012

東京も「任意避難地域」に入っていたかも

▼朝刊をみると首相が「40年で廃炉」と言っているらしい。大体原子炉は30年しかもたないと言われているのに、検査を大甘にして耐用年数をオーバーして使っていることにも問題がある。そのことは「愛川欣也パックイン・ジャーナル」で時々ゲスト出演している、元東芝の原子炉格納容器の設計者だった後藤さんが指摘している。それによれば安全なのは30年としている。ところが今回の「基準はそれを10年引き延ばしている。
▼国民の世論が「脱原発」に動いているなか、官僚たちもバ○ではないので、野田を次の選挙で勝たせるために、「廃炉」に舵を切ったと考えられる。問題なのは「原則」という部分だ。朝日によればすでに40年を過ぎているのは、福島第一、美浜が2基、敦賀の1基で、合計4基ある原発だ。地元では「特例に期待する」と言っているが、即時廃止になってしまったら、補助金が入って来ないという目先の利益を考えての発言だろうと思われる。事故が起きたら補助金どころの話ではなくなり、人が住めなくなってしまう。そういう事を真剣に考えていないのだろうか?
▼社会面に3月15日の最悪シナリオがでている。細野はパニックになるからあえて発表しなかったと言っている。わたしは3月16日千代田区の遊就館に行っていた。千鳥ヶ淵のまだ固い桜の蕾を見ながら、東京ももう見納めだと思っていた。170m以内は強制避難で、東京には「任意で避難」勧告が考えられていたようだ。東京東部地域はかなり危ない範囲になっていただろう。それは直後の江東区で発見された「汚染スポット」でも明らかである。情報を握っていたのは政府だから「官房長官は家族をマレーシアに逃がした」なとというまことしやか噂が出回るのも納得出来る。「自分の息子が子弟が同じ学校に行っているが、最近見かけない」などの情報がツイッターには溢れていた。では、また。次回は日本時間の今晩9時頃には書けると思う。

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