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January 20, 2012

「ダージリンへの旅7」(ホテルの水枕)

▼昨日7時のラジオニュースが始まったとたん、「今入ったニュースでダルビッシュ投手のレンジャー入団が決まりました」というのには驚いた。原発事故の収束もままならないのに、日本ハム所属の一投手の入団契約がなぜトップニュースになるのだろう?人の命よりもプロ野球が大切なのだろうか。
▼NHK15日夜のETV特集「海のホットスポット」は上流で汚染されたセシウムが雨水と川に流れて東京湾が汚染されているという内容だった。当然予想された事だが、隅田川の下流や東京湾の海底に棲息する魚類に汚染が集中している。わたしの住んでいるところは隅田川の支流でスカイツリーの膝元を流れる横十軒川が流れている。夏から秋にかけて地元の老人を中心に釣り糸を垂れ、ハゼの釣果を競っている。いつもそれを見て「食べない方がいいですよ」と言おうと思っている。しかし魚屋の店頭に出るわけではなく、釣り人が自分が食べるだけだろうか、黙っている。
Hietlgate
(ダージリンのホテル入り口)
▼「ダージリンへの旅7」(ホテルの水枕)その山賊とおぼし青少年はあどけない顔をしているし、武器は持っていない。ドライバーは通行証を見せて通りすぎる。ガイドに聞くと、この地域の祭礼があり、その寄付を求めているのだという。ドライバーのフロントガラスの前には「領収」を示す緑色の紙が置いてあった。「ほら払ってあるよ」というと子どもたちは一斉に「サンキュー」という声が返ってきた。もう山頂かと思うと、「まだこの先だ」という。もういい加減胃袋がひっくり返そうだ。
▼昨日書いた野良牛の話はジョーク風に書いたが、実は1890年代にヒンズー教とムスリムの価値観の違いから牛の扱いを巡って民衆暴動にもなっている。紙数が限られたこのレポートなのでそれだけ書いているとひと月になってしまう。詳しくはケンブリッジ版の「インドの歴史」(創土社3200円)をお読みいただきたい。ようやくいくつかの峰を越えてダージリンにたどりつく。ホテルはイギリス植民地支配時代に建てられたコロニアル風のものだ。門扉の所には黒いベレー帽を被った警備員が2名いる。4WDを止めるとポーター駆け寄ってくる。ドライバーにはM氏と2人で4ルピーのチップを渡した。しかし今考えて見ると、一日のご苦労に200ルピー(340円)はわたすべきだった。インドのフロントの宿帳はどこも巨大でブランケットの新聞紙を広げた大きさだ。パスポートを提出すると、さらに顔写真を一枚提出せよと言われる。パスポートの盗難対策で一応予備の写真は2枚持ち歩いているので、不審に思いながら1枚手渡す。
Dinner
(ホテルのまともな夕食)
▼部屋は3階にありエレベーターはないので階段を登る。小銭がないと動きが取れないのでBガイドに250ドル渡し、細かく指示をしてルピーに両替を頼む。昨晩のデリーの連れ込み宿風のホテルと違い、部屋もベッドもバスタブも快適である。しかし後で分かったことだがダージリンには水道水というモノがない。つまり高い場所にあるので、水は「WATER TANK」と日本でいうタンクローリー車に詰められて契約者の家に運ばれる。各戸の屋上には黒い貯水タンクがあり、ローリーに内蔵されたポンプでそこに押し上げる方式を取っている。ホテルでも水の出具合は悪いし、そんな苦労をして買っている水を風呂のためにふんだんに使うわけにはいかない。
▼レストランでワインの値段を聞くが高そうなので、グラスワインにして乾杯をする。Bガイドは明日はタイガー・ピーク(ヒマラヤを見る有名な絶景ポイント)に行くから4時半に出発です、と言って自分の宿舎に帰っていく。このように毎日が早寝早起きの連続であった。ところが夜10時頃にドアがノックされる。ドアをあけるとメイドさんが4人ほど立っており、ニコニコ笑って水枕を2個抱えて立っているではないか。普通の日本で風邪などで熱を出したときに使うラバーの水枕だが、一体何に使えというのだ。
▼本日メルマガの締め切り日です。

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