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January 22, 2012

「ダージリンへの旅9」(トイ・トレイン)

▼昨晩ダルビッシュがアメリカで記者会見をしていたが、日本語だった。契約が急転直下で決まったのでスピードラーニングもやる時間がなかったのだろう。金曜日夕方6時50分にNHKで放送された放射能値は、いつも「低い」という場所も全て高かった。これは冬になれば当然予想されたことで、北風が吹くからだ。アナウンサーは「風邪や雪で転倒しないように注意しましょう」とは言ったが「放射能」を付け加えることはなかった。
▼映画は日比谷シャンテシネで「灼熱の魂」を見たが、予備知識なしに行ったが、かなり強烈な内容だった。映画がおわって有楽町ガード下の某レストランに入る。「○○○丼」とウェイトレスに注文する。何度くり返しても分からない様子なので、わたしはハッとなった。ここはインドか?それともわたしの口から言葉が出ていないのか?5回目くらいにさらにゆっくり喋ってどうやら理解して貰えた。店員さんは中国人だった。この1分ほどの間随分焦ってしまった。店員さんを雇用する人もちゃんと面接しなかったのだろうか?
▼テレビを見ているとアクサダイレクトのCMで最近「正社員が対応します」というのがある。わたしも仕事柄色々なアンケートの集約を頼まれる。そこで散見するのは「正社員は臨時と同じ仕事をしているのに賃金が半分くらいと安い。正社員は仕事をしない、というものが多い。
Kikansha
(蒸気機関車停車中)
▼「ダージリンへの旅9」(トイ・トレイン)ホテルに戻ってブレックファーストを食べ、メイドさんに「夕べの水枕は何のために持ってきたのですか?」と聞いたが、「わたしは分からないのでフロントに聞いてくれ」と逃げられてしまった。ダージリンに来たもう一つの目的はこのトイトレインに乗る事だった。エイドリアン・ブロディが出演した2008年の映画「ダージリン急行」は後述する鉄道で、これとは異なる。この路線はイギリスの植民地時代にダージリンから紅茶の茶葉を運ぶために建設されたものだ。言わば黒部峡谷を建設するために作られた資材運搬用の鉄道が、今は観光用のトロッコ列車になっているのと同じだ。
▼ブログの現地速報で書いたように、昨年5月の地震までは街までおよそ100kmの線路は寸断されてしまった。観光用の蒸気機関車を使った路線は始発のダージリンから40分間だけ走る。街まではジーゼル機関車で通勤客や荷物を牽引する列車が一日一往復だけ運行されていた。観光用の列車は外国人観光客だけだ。途中で水を補給して民家の軒先を掠めるように走る。街の人達は列車が通過するまで線路に腰掛けたり、椅子をだしたりしてのんきだ。
Kikansha2
(坂道を登る蒸気機関車)
▼テレビで見た機関車の先頭部分に乗務員が2人座って、坂道を登るとき滑り止めの砂を撒いている風景が印象に残っていた.そのことをBガイドに何度話しても、「そんな話は聞いたことがない」と理解してもらえなかった。トイトレインの終点には4WDが待っていて、ここの名物ダライラマを讃える寺院や、有名なヒマラヤ登山学校に行く。登山学校の手前には観光客用のクライミングがあった。一つは10mほどの高さで上では専門家がロープを保持してくれている。もう一つは高さ30mでオーバーハングだ。クライミングは登山家の友人Fと違って未体験なので止めておいた。学校に隣接してヒマラヤ登山博物館もあって、エベレストに人類最初に登ったネパール人ガイドのテンジンさんが高く評価されていた。さらに日本の女性登山家田部井淳子さんも写真入りで紹介されていた。
Manisha
(寺院のマニ車)
▼動物園には目玉のヒマラヤタイガーがいたがこれは怖かった。あとヒマラヤオオカミや、ヒマラヤのクロヒョウは人間に馴れていて怖く感じなかった。ここで絵ハガキを買う。一度ホテルに戻ってBガイドに買い物につれて行って貰う。インド政府認定の店でダージリンティーを買う。さらに同行のM氏が奥さまにブレスレットを買いたいとおっしゃるので、装身具の店を覗いたが、高すぎると見るだけにした。その棚の一角にグルカナイフがあった。これは日本に持って帰れば高く売れそうだ。しかしインドは出国できても、成田の税関で取り上げられる可能性大なので買うのは諦めた。夜はホテルのレストランでワインをボトル一本注文してしまった。明日いった幾らの請求書がくるかも知らないまま。

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