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January 17, 2012

ダージリンへの旅4「デリーのホテル」

Display
(ホテルのディスプレイ、ガネーシャ)
▼帰国してたまっていた新聞はすぐ読み終えた。昨日は録画したTVを殆ど見終えた。8日間で「愛川欣也パックイン・ジャーナル」は2回分放送されている。もうこれは興味のある項目以外は早送りしてしまった。基礎英語3は録音したが手がついていない。久米宏も2週分あったが移動中の電車の中で聞き終えた。14日の放送で「海は誰のものか 東日本大震災と水産業の新生プラン」の著者小松正之さんが出演した。漁業のあり方は日本が世界の中で一番遅れてしまった、と指摘したが、わたしの考えと同じで重要な問題提起をしていた。本は図書館にリクエストを出したのでいずれご紹介する。
▼朝日「プロメテウスの罠」はますます面白くなってきた。事故が起きた直後の菅首相がどういう対応をしたかに迫っている。首相補佐官のメモを中心に菅の行動を再現している。中でも菅が東電に乗り込み撤退はあり得ないと発言し、官邸に戻る。再び東電幹部を呼びつける。「東電の中に対策室を作れ。枝野を派遣するから部屋と机を用意せよ」という。東電は準備に2時間必要だというが、菅は1時間で準備しろという。その直後に東電は連合系の議員に何とかしてくれと泣きつく。バ○議員はそれを真に受けて電話を掛けまくるが、「どうにもならない」と突き放される。この部分を見るだけで「連合」という組織が、いかに企業の手先になっていることが分かる。
Yomise
(いかにも怪しい夜店が建ち並ぶ)
▼ダージリンへの旅4「デリーのホテル」
ガイドさんは沢山でてくるので、一番目からAさんとよぶ。Aさんはホテルに行く車の中で注意事項を言う。水は買った未開封のミネラル・ウォーターだけ。野菜サラダも食べない。果物もダメ。露店で売っている食べものもすべてダメ。その薄汚い郊外のホテルには車で40分ほどで到着した。周囲の状況はかなり怪しく、男でも夜になったら一人で出歩くのは怖いくらいだ。焼き鳥屋風の店がたちならび、男たちが飲み食いしている。Aガイドはわたしたちに「明日4時半には迎えにくるから」とだけ言って立ち去る。
▼部屋は留置所か独房のようでかなり薄汚い。しかも蒲団は湿気があり、マットは波打っていた。シャワーだけはあるが果たしてお湯がでるかどうか分からない。そのくせベッドルームにある、サムソンの40インチTVだけは立派だ。飲み水もないしどうすれば良いのだ。M氏と相談して怖いが水だけでも買いに行こうという事になる。暗闇を目を凝らして散策すると50mほど歩くと、オヤジ一人で切り盛りしている小さな雑貨屋があった。M氏は「ウォーターツー」と言って、つまみのピーナッツを買った。
▼インドはチップで成り立っている国である。ホテルにつれて来られた時、運転手やホテルのボーイにチップを渡して欲しいと言われる。しかし空港のエクスチェンジで多少のドルはルピーに交換したが、小銭はまったくないので渡しようがない。屋台は怖すぎてとても近寄れないので、携帯のタイマーを4時にセットして寝ることにした。喧噪がうるさかったがすぐ眠ってしまう。しかし夜中まで同宿していた、日本人女性たちの騒ぐ声だけが聞こえていた。あの街に出かけたのだとしたらかなり勇気がある人達だ。
▼目覚めてフロントに行くとボーイが、「ブレックファースト」を準備するから部屋に戻れと言われる。どうやら朝食がでるらしい。しかしガイドさんが迎えにくる時間が迫っている。トーストをオムレツ、それにコーヒーを立ったまま胃袋に流し込む。ほどなくして紫のターバンを巻いたBガイドがやってきて、空港に向かう。後で彼から聞いた話では、「あのホテルの周辺は危険だから午後5時以降は外出しないように」という事だった。

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