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January 18, 2012

「ダージリンへの旅5」(ターバン)

▼体調は戻りつつある。来週は学校の集中講義が始まるので今週中には万全の体制になっていないとまずい。昨日の夕刊にキネマ旬報の2011年ベスト日本映画が紹介されていた。わたしが見たのは4本あって、1位の「一枚のハガキ」2位の「大鹿村…」3位の「冷たい熱帯魚」までは見ていた。夕べ8時からNHKBSプレミアムで旅のチカラ 「医師ゲバラの夢を追う キューバ 作家 海堂尊」を見た。彼はまずシェエラマエストロからサンタクララへと行く。ゲバラが医師だったのになぜ革命家を目指したのか?医療は公平にすべての人に施されなければならない。それがヒューマニズムというものだ。これがゲバラの基本理念だ。
▼診療所は街々に一箇所はある。そこにいる医師は聴診器と血圧計しかない。しかし住んでいる家族の記録ノート(いわゆるカルテ)がある。診療科目は内科から外科それに産婦人科まで幅広い。住民と時間をかけて話をするのが最大の目的だ。それが信頼活動につながっていた。
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(兵士の背負っているのはインド軍制式INSASアサルトライフル・デリー空港で)
▼「ダージリンへの旅5」(ターバン)わたしはインドに行くまでターバンとはインド人全員がするものだとばかり思っていた。しかしBガイドによればシーク教徒のシンボルだという。シーク教徒はインド13億の人口の約1割いる。高級ホテルでは観光用にボーイ全員にターバンを巻かせるところもあるらしい。Bガイドに「紫のターバンに意味があるのか?」と聞いた。すると単なるおしゃれで、自分は4枚もっているという。それで着用をはじめたばかりの時は1時間もかかったが、今では15分くらいで巻けるという。さらに驚いた事があった。街でオートバイにのったドライバーは日本と同様にヘルメットを着用していた。しかしシーク教徒だけはターバンだけだった。ターバンの上にヘルメットを着用できないし、その逆もできないのでノーヘルメットが認められているのだろう。
▼デリー空港は昨晩同様厳重を極めていた。兵士達の持っているのはAK47ライフル。それに牽引しやすいように小さな車がついた可動式の楯は厚さ1・5ミリほどの鉄板で出来ていた。さらに飛行機に乗るまでには成田より厳しいチェックがまっていた。金属探知機を潜ってからボディタッチがあり、さらに蒲団叩きの親玉のような機械で全身をくまなくチェックされる。もし荷物に水のボトルが入っていたりすると、「出して目の前で飲んで見せろ」と言われる。
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(バグドグラ空港で)
▼なぜこんなに厳しいのか外務省のHPを見ると、インドには大きく分けて4つのテロ組織がある。昨年は列車爆破はじめ政府機関の駐車場の爆破など4つな大きなテロが起きている。その大きなものはパキスタン系のテロ組織が関与しているとされている。その関門を通り抜け3時間のフライトでバグドグラ空港に到着する。ここで乗って来た飛行機の写真を2枚撮って、さらに空港管制塔を撮ろうとしたらAKを構えた兵士に「ノー」と追い立てられた。
▼待合室を出ると、モンゴル系のドライバーとチベット系の顔をしたポーターが待っていた。本当はポーターにここでチップを渡すべきなのだが、まだ小銭は持っていない。そのまま車に乗り込むと怪訝な顔つきをされた。車はインド最大の自動車メーカーであるタタの5人乗り4輪駆動車だった。ガイドさんは見事な日本語を操るので、どこで習ったのかお聞きすると大学で3年間履修して、現在の旅行社に就職したという。何か日本の文学作品で好きな作家はいるかお聞きすると、漢字がむずかしくて会話しかできないと謙虚である。そして「自分の年齢はいくつに見えるか?」と逆に質問される。「30歳?」というと「31歳だ」という返事が返ってきた。今度のインド旅行では大勢のガイドさんに出会ったがBさんが一番親切で細かい事に気がついて思いやりに充ちた方だった。

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