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January 23, 2012

「ダージリンへの旅10」(さらばダージリン)

▼管理組合の定期総会では色々積極的に発言しなければならない。会議が終わって昼食後映画館に行ったら前日とは違って雨が小降りになったせいか、見たい映画は満員で入る事ができなかった。かといって、今更午後の銀座シネスイッチまで出かけるのは苦痛だったので取りやめて読書をする。わたしが有楽町のガード下のレストランが好きなのは、まわりの風景を描写すればすぐ分かる場所だ。そこでは60年代のアメリカンヒットホップスを常に流している。薄暗い店だが、ここで音楽を聴いていると30歳ほど前の事を想いだして気分が良くなる。だが同じ曲を自宅で聴いてもそういう気持ちにはならない。
Ekimae
(ダージリン駅前の雑踏)
▼「ダージリンへの旅10」(さらばダージリン)ホテルをチェックアウトすると、2日間のワインの支払いは2人で3000ルピー(約5千円)だった。割り勘で払ったがBガイドは「高い」ということだった。どこに行きたいか?と聞かれたので街を散歩したいとい案内を頼む。徒歩で街を探索すると駅前のバザールは終戦直後の日本に似ていた。銀行の前には旧式の猟銃を持ったガードマンが立っている。地方ではこの程度の武装で睨みが利くのだろう。昨晩買い物に歩いた場所の中心は広場になっており、小型のポニーの様な馬を引いた人達が子ども向けの乗馬サービスをしていた。往復2~300mを馬に乗せて歩くだけのサービスなのだが5ルピーくらいだった。馬だから当然馬糞を落とすのだが、それをせっせと清掃して歩く人もいる。大人も乗せると誘われたが、馬は苦手なので断る。
Roba
(この馬の背に子どもを乗せる)
▼昼食はあまり食べたくないので、「小さなナンでいい」とBガイドに頼む。連れて行ってくれた何でも食堂の窓の外を見ると真っ白なヒマラヤが見えるではないか。この店を早朝に開放すれば客は随分入ると思うが、他人の商売の領域は侵さないのだろう。Bガイドと「グルカナイフ」について話をする。「グルカ」と何度言っても理解して貰えない。しばし彼は逡巡して「それはゴルカだ」という。わたしたちが入った店も店主がゴルカ人で店先には「GORKHA」と書いてある。現地ではゴルカが正しいのだ。ゴルカ兵は勇猛果敢な兵士として知られ、イギリスが植民地支配をするとき、常にその尖兵の役割をさせられた歴史がある。映画「イングリッシュ・ペイシェント」で英軍従軍看護婦のアンナ(ジュリエット・ビノシュ)の恋人になり、巨大な爆弾の不発弾処理の仕事をさせられていたのがグルカ兵という設定になっていた。
Madonosoto
(ゴルカ人の経営するレストランからヒマラヤを望む)
▼いよいよホテルの人々に別れを告げて4WDに乗り込む。Bガイドはネパール国境沿いの平坦な道を下るコースがあって景色が良いが料金が高くなるという。「ノーマネー、アイ・ライク・ロープライス」と言って来たときと同じ道を下る事にする。後部補助座席にはドライバーの娘さんが街に本を買いに行くと言って同乗した。途中ガイドが杉の木を指さし、「あれは日本の木でパインか?」と聞かれる。パインは松だからと電子辞書を引くと「japanese cedar」とお教えするとBガイドは大いに喜びメモしていた。途中で一日一往復の登山鉄道にもすれ違う。さらに紅茶の茶畑と乾燥工場を見学し夕方5時頃にニュージャイバイグリに着く。ドライバーから別れのケープを掛けてもった瞬間、衝撃的な光景を目にして絶句してしまった。

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