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February 29, 2012

◇「ニーチェの馬」を見る(その1)

▼都内はみぞれが降っています。伊豆でもまだ河津桜の開花は2分咲きだというから、寒い筈です。今朝NHKBSで午前9時半からダージリンのトイ・トレインが放送されます。わたしが一月前に乗ったものです。そのせいかどうか1昨日は山口県の方が熱心に「ダージリン紀行」の「トイ・トレイン」の部分を読んでいらっしゃいました。
▼今朝のラジオで、自分の時計が3月1日になってしまったという投書がありました。自分の時計を見たらやはり3月1日でした。修正しようと試みましたが、やはり2月28日の次は3月1日になってしまいます。この時計は7年ほど前に買ったソーラー式腕時計です。ブレスレットや指輪など身体を締め付けるものは一切しない主義なので、普段は2泊以上の旅行をする時だけ腕時計をします。買ってまもなく、うっかり洗濯と乾燥をしてしまい、バンドの部分がゴワゴワと手触りが悪いのですが、時を刻む機能にまったく変化がないので使っています。
▼「愛川欽也パックイン・ジャーナル」(今後はAPJと略します)の継続を巡って5日午後1時から目黒のキンケロシアターで記者会見をすると番組で言っていました。電話して記者会見に出たいというと、まだ概要は「やる」こと以外決まっていないようでした。「希望者が多ければ人数を規制する」とも言いましたので、順番を確保したいというと、上記のようなご返事でした。いざとなったら顔と名刺で入ってしまう事ができます。
▼スピルバーグの「戦場の馬」はまだ日本では公開されていません。戦争では馬は常に人間の犠牲にされてきました。一例がナチスに追いつめられた英軍などがダンケルクからの撤退するとき、多数の馬が射殺されます。キーラ・ナイトレイの「つぐない」はイアン・マキューアンの『贖罪』を映画化した作品で、この映画の後半にダンケルクの海岸で英軍兵士が馬の眉間にウエブリー&スコット拳銃の引き金を引いて、馬がドゥと倒れる場面は、どうやって撮影したのか正視できません。さて前置きが長くなりましたが…。
◇「ニーチェの馬」原題は「トリノ」と言います。哲学者のニーチェは後年精神を病んでいました。あるとき家の前を通った馬が動かないので馭者が激しく笞を当てますがそれでも動きません。ニーチェは家から飛び出し馭者に「まってくれ」と制し、馬の首にしがみついて何と可愛そうにと言って卒倒してしまう。それから10年後ニーチェは死んでしまう。そのときの馬のようないかにも農業用という馬は人気のない道を老夫に笞を当てられて走る。馬車も旧式で梶棒は一本だけだ。ようやく農道を走って家にたどり着く。30歳半ばの娘が家から出て来て、馬具を外し馬を小屋に入れる。
▼老父は右手が不自由で着替えを手伝う。しばらくすると「食事の支度ができた」と声がかかる。食べるものは竈にかけた鍋で煮た二個のジャガイモだけだ。まだ余熱が残った熱いジャガイモを彼は片手を使って剥き、潰して食べる。ときどき岩塩をまぶしているが、食べ物は一個のジャガイモ、ただそれだけだ。窓の外は激しい風がビュービューと吹き荒れている。砂塵と木の葉が舞い散り、目を明けていられないほどだ。そしてその風景を拡張するかのように同じ音楽がずっと鳴り響く。このころになると2人は父親とその娘であるということがようやく観客に伝わって来る。「食事が出来た」という以外に2人の会話はなく、激しい風の音を聴きながら灯りを消す。(明日に続く)

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