« NHK「非戦と平等を求めて/幸徳秋水と堺利彦」を見る。 | Main | ◇「J・エドガー」を見る。 »

February 01, 2012

NHK「非戦と平等を求めて」2

▼筆者が幸徳秋水の事を詳しく知ったのは昨年「週刊金曜日」で鎌田慧さんが書いた「残夢/大逆事件を生き抜いた坂本清馬」という連載を読んでからである。昨年9月に高知県の四万十市に行ったのも一つは坂本の生まれた土地をみるためであり、もう一つは幸徳秋水の墓参をすることだった。おりから現地では幸徳を再評価する展示が市立公民館で行われていた。
▼受付で坂本の話をすると、「よく来て下さいました」と歓迎された。坂本は幸徳と知り合いだったという程度で死刑判決を受ける。だが恩赦で減刑され14年くらい懲役刑になった。番組では幸徳と一緒に逮捕された人でハウスでトマトを栽培していた人が紹介される。まさが自分が死刑になるとも思われないから、家に残っている妻にトマト栽培の注意事項を手紙に書いて、その手紙は残っている。
▼昨日の「1」と併せて読んでいただきたいが、つまり大逆事件とは完全なフレームアップである。国家権力が目的をもって犯罪を起こし、犯罪人と決めたらもう逃れる方法はない。鎌田慧さんも「国策捜査はここから始まった」と著書のサブタイトルに書いている。もっとはっきり言えば12人くらい死刑にしても、それで社会主義の芽を摘めば安いものだという考え方が当時の支配者のなかにあったのだ。昨日の平沼赳夫のルーツはこちら。
▼秋水が死刑判決を受けたときも、日本の在外公館には抗議のメッセージが多数寄せられていて、それもちゃんと現存していた。秋水と一緒に活動していた堺はたまたま事件が起きたとき獄中にあったため連座することなく難を逃れた。堺はその後刑死した遺族を見舞う旅を続ける。そして新聞も発行できなくなったため。今でいう編集プロダクションを作って仕事を作り残された人々の生活の援助をしようとする。その編集プロダクションは一切政治色はなく、翻訳や速記なども手がけているがやがてそれも閉鎖する。
▼堺利彦は今でも一部には「裏切り者」と言ったレッテルが貼られている。しかし番組では幸徳秋水は社会主義を目指していた。それも今では社会主義というと、旧ソ連とか北朝鮮を思い浮かべるが、幸徳が言いたかったのは「あくまでも公平な世界」という意味合いであった。それに対して堺は妻をとても愛していた、そして平等を突き詰めて行くと、女性解放や家庭内の平等がまず大切だという考えになっていった。
▼番組の最期で雪が降る四万十市の幸徳秋水の墓地で墓前祭が行われ、市長が献花する場面が放送されていた。おりしも1月24日は秋水が市ヶ谷の刑務所で刑死した日であった。「裏切り者」や「転向者」と罵ることは簡単である。しかし当時にあって「非転向」を貫くことは命をかけた戦いを余儀なくされた。そのような状況のなかで堺は自分の思いに忠実に生き抜いたひとであろうと思う。堺利彦は病死するのだが、葬儀で弔辞を読む長女に対して警察は「弔辞中止」と再三叫んで妨害したという事が紹介された。

|

« NHK「非戦と平等を求めて/幸徳秋水と堺利彦」を見る。 | Main | ◇「J・エドガー」を見る。 »