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March 12, 2012

日比谷の集会で考えたこと。

▼昨日は日比谷の「東日本大震災 市民のつどい ピース・オン・アース」集会会場からツイッターで発信しようとしたが、最初に書いた記事が送信できず、消えてしまった。それは概要つぎのような内容だ。東京に避難してきている福島の子どもが、夏休みの自由研究で何を選んだか。キリギリスに福島で採れたキュウリを食べさせて、どれだけ長生きするかという研究だったという。原発事故はそれだけ子どもの心にトラウマを与えているという話だった。続いてミュージシャンのsugizo氏が震災直後、いても立ってもいられない気持ちになって、福島に泥さらいに出かけた。彼が泥さらいに行っていることを知ったファンたちが、次々に泥さらいに行くことになった。彼は自らが撮影した震災と津波の被害の写真を大型スクリーンで紹介しながら話を続けた。そして今やろうとしているのは、宮城で漁業支援である。もうこれは支援の枠を超えて漁師見習いと言った方が良いくらいだ。現実に魚を獲れるようになっても、それが食べられる物になるかどうかは分からない。先の事かも、もうダメかも知れないという現地の漁業関係者は追い込まれて居る。しかし行って支援をしたいという話だった。
▼次のCW・ニコルは、森を守る、海を守る事を大切にしなければいけない、というような話だった。途中、たまたま集会に来ていた星林さんから電話があり、「どこにいる?」という確認があったりした。そして黙祷の時間になった。坂本龍一や鎌田慧らが、特設の演壇に登ると身動きが取れない状態となったので、会場の外に出て、帝国ホテル側の出口の手すりに腰を下ろした。なにせそれまで約2時間たちっぱなしだったので疲れる。
▼まもなくデモが出発したらしい、という情報が入ったので第二ブロックの最後尾のデモに入れて貰って、東電本社前コースを銀座まで歩く。その後ソニープラザの前でデモ隊を離脱して帰ってきた。
▼NHKはじめどこの放送局も取って付けたような(お涙頂戴式の)「震災特番」をしていたので、テレビのスイッチはいれずじまいだった。
▼会場付近で、「岩手日報」、「河北新報」、「福島民報」、「福島民友」の311東日本大震災3県4紙の合同プロジェクト新聞が配布されていた。4紙の1ページ(ブランケット版)を横につなげた巨大な新聞だ。見開きに昨年3月12日の1面の紙面が掲載されていた。圧倒的は紙面の迫力は「河北新報」だ。福島第一原発の水位が低下したので「3km以内の避難指示」と報道されているのは「福島民報」だけだった。
▼わたしがなぜ、昨日日比谷の集会に行ったか?はっきり言って政党も労組の号令式の運動には限界を感じている。それに政権を執っても官僚を上回る政策を作る能力を持っていないと、官僚の言いなりになって終わり。
3.11脱原発・国会ヒューマンチェーン(77分

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