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April 27, 2012

◇「裸の島」と「8日目の蝉」で共通する島の医療過疎

▼小沢一郎氏への無罪判決が出て、昨日は一報だけを書いた。今朝の朝日朝刊で、作家の高村薫は相も変わらず「それでも道義的責任はある」と書いている。作家だけやっていればいいのに最近は政治問題へのコメントが実に多い。それも全部的外れだから困ったものだ。元東京地検検事でいまは弁護士で大学教授の郷原信郎氏は「検察組織の中の一部の検察官が、政治的に重大な影響を与える小沢氏の事件についての検察の組織として不起訴の決定に従わず、検察審査会という外部の機関の力によって検察の処分を覆させようとしているのだとすると、それは、検察の組織の中核に位置付けられてきた「組織としての一体性」が崩壊し、統制が働かなくなってしまったことを意味する。組織のあり方そのものが問われる重大な危機である」と著書で指摘している。検察が2度も起訴出来ないと諦めたものを素人の弁護士がいきなり検察に変身して、権力を振りかざすのは司法の自殺行為だと思う。
▼先日ケーブルTVで新藤兼人の「裸の島」が放映されていて、初めてみた。中年の夫婦が瀬戸内海の小さな島に住む。島で野菜を作っているのだが、島には水が1滴もでない。夫婦は小さな船の艪を漕いで近くの大きな島までいって、4個の肥え桶に水を満たし、自分の住んでいる島まで戻る。そして躓いたら下の海まで転落してしまいそうな急な山路を一歩一歩慎重に登って行く。
▼時間をかけて訓練したのだろうか、夫婦(殿山泰二と音羽信子)の艪の漕ぎ方は実に巧である。ほんとーの漁師ではないかと思えるほど上手い。夫婦には息子が2人いて、帰りを待ってつましい朝食をとる。野菜用の水とは別に炊事や洗濯それに風呂の水は別に汲んでくる。子どもたちが学校に行くにも親が漕ぐ舟に乗っていかなければならない。大陽はじりじりと照りつけるので、何度も野菜に水を与えても瞬く間に土は水を吸い込んでいく。毎日がその単調な、気の遠くなるような生活の繰り返しである。
▼ある日夫婦が自分の島に向かっていると次男が腕を振り回して「急いで帰れ」という合図をしているので必死に艪を漕ぐ。たどりつくと長男が言えに倒れている。人事不省で虫の息だ。父親は本島の医者を探して来てもらうために、必死に艪を漕ぐがもどかしい。本島をかけずり回って探し回るが、医者は出かけて見つからない。ようやくの思いで探して島に戻ったとき息子は事切れていた。全部書くとこの倍は必要なので省略する。本論から外れるが、夫婦が天秤棒をしならせて水を担ぎ上げる場面で、「一枚のハガキ」の最後のシーンにダブって見えた。
▼昨日NHKBSの「8日目の蝉」(再放送の4)を見た。主人公は瀬戸内海の小豆島にたどり着き、施設にいたときの友人の母親の実家を訪ねる。その店では手延べ素麺を作っており、「アルバイト募集」の紙があったので「雇って欲しい」というが最初は断られ、ラブホテルの清掃婦の仕事をする。そんなある日誘拐した娘の具合が悪くなる。島の医者の見たては「腸閉塞だと思うが、本島でないと治療は不可能である」と宣告される。フェリー乗り場に駆けつけると、一瞬のタイミングで船は出航してしまう。明日一番の船を待っていたら娘の命はないと思って泣き崩れる主人公。
▼過疎地域に住む人たちは、いつもこういう危機と背中合わせで暮らしていりのだと思った。それは22日日曜日夜ETV誰に託す/医のバトン~岩手・高田病院再建への一年~」でも同じ事を感じた。定年退職を間近に控えた病院長・石木幹人さんは岩手県の病院から高田病院を再建するために派遣され、7年かけてようやく軌道に乗ったところ、今回の病院が津波で流出してしまう。翌日病院の屋上から我が家の方向を見ると建物がない。そのとき妻は亡くなったと覚悟するが、病院の立て直しとやってくる患者との対応で家にも帰ることが出来ない。こちらは29日深夜に再放送されるのでご覧いただきたい。

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