« 大TV局がダメなら市民メディアTVで | Main | 選択肢がなく◇「キラー・エリート」を見る。 »

May 12, 2012

今朝のTOKIO散歩は「亀戸天神」界隈だった。

Sekihi
(梅屋敷跡の石碑)
▼仕事から帰ると図書館から、リクエストをしておいた本が届いているというメールが入った。夕食前に駆けつけ早速読み始める。寝る前に半分まで読んだがとても面白い。今朝10ch系の「TOKIO散歩」ロバート・キャンベルとTOKIOの城島が亀戸を散歩していた。もう天神様の藤は殆ど終わっているが、境内の太鼓橋に行く。この太鼓橋は安藤広重も書いていて、それをフランスの画家モネはいたく感動して模写する。それどころか自宅に隣接する庭に太鼓橋を模した池まで作って藤を植えそれを描いている。
▼和装した女性た太鼓帯を着けているが、これは明治時代にこの亀戸天神の太鼓橋が完成しており、深川から芸者さんを呼んで渡り初めをした。そのとき芸者さんが帯を若干膨らませた。それが瞬く間に全国に普及して「太鼓帯」となったのだという。内田吐夢監督の映画「飢餓海峡」にこの亀戸天神は登場する。左幸子演じる薄幸の芸者が太鼓橋を渡るシーンが一瞬出てくる。彼らは境内にある料亭で厚焼き玉子を食べていたが、実際行った人の口から「美味しい」という話は、いまだに聞いたことはない。
▼江戸時代この辺は梅の名所があり、今の藤よりも大規模な梅園があり、その名を「梅屋敷」として知られていた。またお金持ちは別荘に愛妾を囲ったりしていた。ところが明治時代に隅田川が氾濫して塩害で梅林は全滅してしまった。今は「梅園があった」とする石碑が建っているだけだが、歌川広重が梅屋敷の臥龍梅(がりゅうばい)を描いている。それを見たゴッホが模写してさらに世界中にその名を知られるところとなった。その絵の中に出てくるのが「臥龍梅」の名付け親は水戸光圀である。二人の描いた臥龍梅の比較は以下にある。ただゴッホが模写した文字はあちこちから選んだ日本の漢字を並べているだけで、深い意味はない。
▼最後に行ったのは江戸時代に甘味の横綱とされた店「船橋屋本店」でくず餅を食べていた。この店の中に展示してある昔の表札「船橋屋」という文字は作家の吉川英治が書いた文字である。この店には芥川龍之介や永井荷風も通って来ていた。きょうはこんなところで終わり。

|

« 大TV局がダメなら市民メディアTVで | Main | 選択肢がなく◇「キラー・エリート」を見る。 »