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June 14, 2012

取材の対象者との距離を縮めるには…

Kannon
(那古船形観音境内)
▼取材があって岬の近くにある某駅に午前11時には着かなければならなかった。ブログを書き上げ、8時過ぎには電車に乗り込んだ。なにせ各駅停車しか停まらない地方の駅だ。降りるときSuicaは使えるか心配になったが、葱坊主のような読み取り機はちゃんと改札口にあった。地図を持っていたので、駅員さんにそのお宅まで行き方を教えて貰っていると、携帯に着信があった。「駅まで自転車で迎えに行くから、駅前で待っていてくれ」という。
▼吉幾三の歌ではないが、駅前には「店がない」。昼飯はどうしたら良いだろう、という心配が一瞬脳裏をよぎる。5年ほど前の9月に某住職に話を聞く取材があった。「駅を降りたらタクシーで行ってくれ」と言われたが、駅を降りたら青々とした稲が生育中の田んぼの真ん中だった。タクシーはおろか電話も、タクシー会社の表示すらない。この時は携帯でネット検索をしてタクシーを呼んで事なきを得た。だがタクシー運転手さんは指定の寺院の場所を知らなかった。GPSでも検索できなかった。今回は親切に自転車でお迎えに来て下さる。
▼初対面なので歩いている10分ほどの間に、取材相手とどうやって打ち解けるかが勝負になる。この方は戦前と終戦直後に渡って活躍した、某国際映画俳優の事を調べて著書に著わした。わたしは歩きながら「彼の"ああ無情"を見ています」というと驚かれた。「あの映画を見た人はもう生存していないと思っていました。」。あの映画は1950年に作られている。田舎の映画館にフィルムが回ってくるまでに1、2年はかかるから、ふる里の映画館に父に連れられて見たのは、おそらく小学校1、2年生の頃だったに違いない。
▼主演俳優が牢屋に入れられて、鉄格子を押し開いて脱獄する場面が強烈に印象に残っている。その事を話しをするとさらに驚かれた。主人公はジャンバルジャンだったので、その後しばらくの間映画のタイトルが「ジャンバルジャン」だと信じて疑わなかった。取材に協力して下さった方は、わたしより11歳ほど年上である。ふる里の話をしていると、奥さまがわたしの出身校の隣にある女子高校のご出身であることがわかる。何と言う奇遇。
▼歩きながらご自宅に到着するまでの10分余で、このように相手の方との距離は完全に縮まったのである。奥さまはあいにく短歌の会の例会で市内にでかけてお留守だった。話に夢中になって1時間半の取材の間お茶も一杯もでなかった。取材が終わると「お茶を出すのを忘れていた」と若干ぬるめのお茶がでて、帰り際に煎餅5枚を持たせてくださった。昼食は駅の近くの中華屋しかないと言って下さったが、来る時にチェックしたら「閉店」していた。それで弁当は近くスーパーで買うと良いと教えて下さった。色々迷ったが弁当の半分が寿司で、半分が冷やし中華という奇妙な弁当とお茶を買う。時間があったので、というかここは1時間に1本しか電車がない。近くの有名な寺に登り、そこで海を見ながら弁当を広げて来た。
▼結局片道3時間で取材1時間半、弁当30分で一日仕事になってしまった。

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