« 消費税の段階的アップ野合に目をつむるマスメディア。 | Main | 記者会見で関電社長に噛みつく記者はいないのか? »

June 17, 2012

渋谷で梁英姫監督の話を聞く。

▼小雨が降る中渋谷のアップリンクシアターまで出かけた。朝、気分が滅入っていたのは、例の民、自、公の与野党合意が出来て、「一体改革」で国会議決がされようとしていること。さらに4バカ大臣が大飯原発の再稼働が決まったこと。この国の民主主義はどこへ行ってしまったのだろう。しかも朝刊によれば、関電の社長は「原発の耐用年数が40年という根拠を示せ」と記者会見で述べている。何度も言うように、百歩譲って電力会社の幹部が大飯原発の敷地に住んで、「これこの通り」というのなら分かる。しかし福島原発の事故があったとき社員は、住民には知らせずまず家族を密かに東京方面に脱出させた。耐用年数もさることながら、燃料棒の処理方法も決まっていないことを彼らはどう考えているのだろう。
▼映画は「週刊金曜日」6月15日号でで紹介されていた、「孤独なツバメたち~デカセギの子どもに生まれて」である。開場20分前に着いたら14番のチケットだった。この映画館は行った方ならお分かりになるが、ホームシアターをちょっと大きくした様なものだ。座ったのは最前列の席だった。席とは言うものの、これは床にピッタリくっついたカウチである。映画の内容は後日ご紹介するが、浜松で働いていたブラジル人青年たちのお話だ。最前列に座ったので、腕の悪いカメラマンが撮った画像が続くと目眩と吐き気がしてきた。映画は渋谷の初日だったので監督とゲストがトークショーをする、と入り口で話があった。映画だけですぐ帰ろうと思っていたら2人の女性が椅子に座った。この映画の監督ではない、もう1人が何と「ディアピョンヤン」の梁英姫(ヤン・ヨンヒ)監督で、昔の恋人に再会した感じだった。
Yangsan
(2006年9月3日撮影)
▼何回かご紹介しているが、「ディアピョンヤン」は公開当日(2006年9月3日のブログ参照)東中野ボックスに行って、ヤン監督にお目にかかった。そのときわたしが執筆している小さな新聞に書くために顔写真を撮らせていただこうとしたら、スタッフが気を利かせてツーショットを撮って下さった。上記ブログにツーショットの写真が掲載されている。ぜひご覧いただきたい。監督は昨日おおよそ次のように語った。取材で行ったのではないし、ICレコーダーも持っていないのでかなり曖昧である。
▼この映画は自己のアイデンティティを求めている青年たちの話である。私(梁さん)自身は日本で生まれ、父親は南でうまれたが朝鮮総連の幹部になったので、父は北の国籍を選んだ。そして当時「北はパラダイス」という帰国運動が盛り上がり、2人の兄は北に帰っていった。ところが現実の北はパラダイスではなかった。とかくこのように理想の国が作られると現実とは違ったパラダイスで夢中になってしまう。
▼自分自身、北のキム一族は嫌いだ。だが昨年の311以降、外国の友人が「こっちへ逃げて来るように」という誘いもあったが、そういう気持ちにはならなかった。むしろ自分の住んでいる日本を愛おしく思えるようになった。どちらかと言えば朝鮮のキムチよりも浅漬けが好きな自分だが、この気持ちはどこから来るのだろう。それは日本に住んでいて文化や生活が国籍とは別に、肌にしみついているのではないかと思う。
▼という様なお話で帰宅後ツイッターでメッセージをお送りしたら数時間後、わたしをフォローして下さった。8月4日の次回作の初日にテアトル新宿へ行かなければ…。

|

« 消費税の段階的アップ野合に目をつむるマスメディア。 | Main | 記者会見で関電社長に噛みつく記者はいないのか? »