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August 14, 2012

台湾映画「非情都市」の背景。

▼13日は午前9時半から防衛省のHPで「オプスレイのシンポジューム参加者を募集する」と言っていた。さっそくサイトにアクセスしたが、メールのフォームと連動していない。さらにファクスでもと書いてあるが、PDFファイルをダウンロードして書き込んでからファクスで送らなければならない。つまり手順をわざと複雑にして応募しにくくしてあるのだ。防衛省のホンネが見えたので、応募は止めた。
▼土曜日から急にホームページの更新ができない話は書いた。@Niftyはお盆休みで対応してくれないかと3日ガマンしていた。昨日夕方になって問い合わせの電話番号が分かったので電話したら、お盆なのですぐにつながった。するとパスワードの設定方法が変わったというのだ。今までは9文字だったが、今回から5文字になったという。そんなお知らせは来なかった。しかし相手はとても親切に教えて下さったのですぐ更新することが出来た。パスワードの文字数が変更になるなら早く教えてほしいものだ。
▼昨日散髪する21日目に当たっていた。しかし近くのスーパーに人間とネコの食糧を買い出しに行っただけで参ってしまった。それで外出計画は中止にして録画したNHKのドキュメンタリービデオを見た。一つは8月10日にNHKBSプレミアムで放送された「三つの名を生きた兵士たち 台湾先住民”高砂族”」である。これは台湾の少数民族が戦争中、日本軍に徴発され日本軍兵士として活躍させられた話。よく髙砂族とか言われる人たちがいるが、これはあくまでも少数民族の一つである。彼らは日本語の教育を受け、今でも日本の軍歌をすらすらと歌うことができる。彼らは勇猛果敢で、普通のヒトの耳には聞こえない音も聞き取り、敵の接近を知ることができる。主としてインドネシアなどで日本軍の尖兵として道路建設などの当たったという。
▼彼らを「指導」したのは陸軍中野学校の将校で、今でも存命の彼は「懐かしい、出来れば会いたい」と戯言をいう。彼が行ったのは台湾の少数民族を利用するだけで、裏では「日本人より劣る」などと一段も2段も低く見下していた。「会いたい」などというのは傲慢な態度だ。そして戦争が終わって台湾に帰ると「日本軍に協力した」と白い目で見られたので、再び山間地に逃げる。ところが大陸から逃げてきた蒋介石に再び追われる。そのとき逆に大陸に逃げて、中国共産党の教育を受けて高官になった人物もいた。
▼しかし山間部に逃げていた人たちは蒋介石軍に捕まって裁判を受け、多くは処刑される。裁判が長引いた人だけ蒋介石が死んだとき「恩赦」があって現在も生きのびている。彼らには少数民族の名前と台湾の漢字の名前、それに日本軍が与えた日本名がある。生きのびた人は、生きる事を諦めたらダメだ。牢獄に入れられた時もあらかじめ家族と取り決めた暗号の手紙を書いて面会に来て欲しいと知らせる。
▼このドキュメンタリーを見て初めてあの台湾映画「非情都市」の背景を知った。
▼昨日はNHKで「人間の条件」の最終章が放送され、そこに登場したソ連軍の戦車という検索用語がもの凄く増えました。みなさんお好きなんですねぇ。

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