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September 12, 2012

◇「宝島のたからもの」NNNドキュメントを見る。

▼尖閣列島を20億円で買って国有化してから、中国や台湾からの反発が日に日に強くなってきている。放っておけば良いものを石原が「都で買う」と言いだしてから「国が国家予算で買う事を決めた」。オプスレイ配備に関して「沖縄や日本配備は絶対認めない」とアメリカに対して言えない。それどころか試乗した防衛大臣は「乗り心地はよい」とまるで見当違いな事をいう。野田も石原も森本もアメリカに大しては「何も言えない腑抜けども」なのだ。とにかく今から4ヶ月くらいは中国とは、うまくやってくれないと個人的に大変困るのである。ヒマをもてあまして軍歌を流している街宣車も溜池の大使館に行ってくれ。
◇「宝島のたからもの」NNNドキュメンタト2012BS日テレ9月9日(日)18:30~鹿児島市から南に約330キロ。週2便のフェリーで片道13時間かけてたどりつくのが、宝島である。岸壁が高いので海が荒れると数週間も生活物資や手紙が届かない。この島の人口は120人余りの小さな島だ。介護保険制度が始まって10たつが、島民は介護保険料を払っているが地元の島には介護サービスがない。日本各地の限界集落にある典型的な「介護難民」となっている。介護が必要となれば島を出なければならない。これが島に住む人たちの暗黙の了解となっている。だがお年よりは皆いちように、「島で死にたい」と口々に語る。そして鹿児島からUターンしたお年よりもいる。
▼登場するのは80歳過ぎた老夫婦で、夫は認知症で徘徊を始めている。介護施設はないので妻が絶えず夫の行方を監視していなければならない。しかも島にいる医療関係者は看護師さんが一人いるだけだ。医師は月に二度くらい訪問してくれる。それも海が荒れると来てはくれない。そんな時、「島で最期まで暮らしたい」という島民の願いを支えようと米倉優介さん(28)が宝島に移住してくる。それまでは公民館のような場所で「仮のデイサービス」をしてきた。施設の規模が国の基準を満たしていないので「施設」として認められないのだ。そんななか仲間と介護の取り組みを始めた。十島(宝島を管轄する大きな島)の役場が国に出していた申請が認められ、3千万円の予算がついてようやく、初めての介護拠点が作られることになる。
▼米倉さんは車でお年よりを毎日迎えにいく。お年よりが一度は「きょうは行きたくない」と言っても辛抱強く説得して、連れて行ってくれる。一度島を出たが鹿児島市内の施設から戻った女性。先の認知症の夫を支える妻は一人で夫を介護していると、先が見えないので不安になると訴える。新しい施設が完成して、前の夜から施設長としての挨拶の練習をする米倉さん離島の厳しい環境で生きるお年寄りと、彼らの暮らしに寄り添う決意をして挨拶をする、スーツ姿の米倉さんの姿はとてもまぶしかった。

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