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October 22, 2012

50年前「キューバ危機」があった日

Nsikansen
(夕日に照らされた佐久平の長野新幹線「あさま」)
▼昨日は叔母の葬儀で長野新幹線で日帰り往復をした。わたしはスーツネクタイは学校の卒業式と入学以外に着用しないので、これが一番苦痛だ。普段は国会前デモ行進スタイルで通している。いろいろ話はあったが、プライバシーに触れるので書けない。従兄弟の1人はつい最近中国に観光で行ってきたという。立ち寄った地域ではとくに嫌日的な対応はまったくなかった。中国は経済成長期にあって、日本企業で働く労働者はみなローンを組んで家を建てたり、車を買っている。このまま日本企業の仕事が再開されないと、ローンの支払いが出来なくなって困ると話していたということだった。
▼5時過ぎに高崎を通過した。すると若いビジネスマンが新幹線に乗り込んで来て、着席するといきなり薄い高性能のパソコンを開いて立ち上げた。わたしの持っている5年以上前のノートPCよりかなり早く立ち上がる。そしてメモ用紙を見ながら必死にキーボードを打っていた。何やら会社に提出する出張のレポートのようだった。月曜朝一番の会議で検討できるように書類を作成しているのだろう。一昔前ならば出張が終わって電車に乗ると缶ビールのタブを押し開けて週刊誌などを見るというスタイルが一般的だった。
▼ビジネスの世界も時間の流れが速いのでそういう非人間的な動きを余儀なくされる。わたしは?土曜日の「愛川欽也パックイン・ニュース」の音だけをICレコーダーに録音して聞いていた。そのなかで当然政局と選挙も話題になった。川村晃司さんは各党の原発に対する政策を紹介していた。そこで「脱原発で即時廃炉といっているのは共産党だけだ。しかし実績も経験もないので先行きは不明」と指摘していた。まさにその通りなのだ。民主党も政権をとるまではマニフェストで良いことを言っていた。しかしあれだけ政策に精通していた議員を抱えていながら、かけ声と違って山ツ場ダム一つ廃止にできなかった。
▼まして相手は原発マフィアなのだから、拳(こぶし)を振り上げただけで引っこむような相手ではない。具体的な道筋を示して官僚たちを納得させ、カネの流を変え国民の声で国会を包囲しない限り「廃炉」なんて一朝一夕にはできはしない。このことは1月にインドのコルカタに行ったとき、インド共産党が強かった当地で30年続いた共産党地方政権がなぜ崩壊してしまったのか、帰国後調べて分かった。共産党といえども、支持してくれた選挙民の声を無視した政策をとると政権の座から離脱させられてしまう。「強制と強権」で人の心は絶対に変えられない。
▼今朝のラジオを聞いていたら、きょうは1962年に「キューバ危機」が起きた日だったのだ。当時を思い出すと、大学生だったわたしは「明日の朝、果たして自分は生きているだろうか」と思って蒲団に入った。夜中に東京がボンボンと核攻撃されて火の海になっている姿を想像していた。

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