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November 11, 2012

NHKETV特集「水俣 未来への遺産」を見る。

Nanten
(スカイツリーとナンテン)
▼みなさんお元気でおすごしでしょうか?きょうは午後3時から国会・永田町周辺を100万人で包囲する行動が行われます。わたしは午後3時に東電本社に行って、それから国会までゆっくり歩く予定です。お時間があるかたはお出かけください。天気予報では午後6時頃まではどうやらもちそうです。おりからJ-WAVEを聞いていたら午前9時直前のナビゲーターが、きょうは国会包囲デモがあるから行って見てはどうか、と話していた。NHKでは絶対そんなことは言わせないだろうな。
▼じつはパソコンのシステムを新しくしていました。辞書まではいつもの辞書で変換できるところまできました。しかしまだメーラーは設定していません。メールをいただいても返事ができないのはそういう理由によるものです。いただいたメールはすべて拝見していますので、ご心配なく。
▼NHKETV特集「水俣 未来への遺産」を先週の日曜日に放送されたので録画して見た。この番組は半世紀にわたって水俣病に向き合い続けた医師・原田正純さんのことだった。恥ずかしながらわたしは原田さんのことをほとんど知らなかった。原田さんは熊本大学の医師として、水俣におかしなしびれる病気があるというので通い始める。チッソは当初自分のところに責任はないとシラを切り続ける。しかし住民運動や原田さんなど医師の疫学調査の結果を突きつけられ、渋々自分のところの排水が原因であることを認める。
▼その過程で原田さんは水俣病の患者の審査・認定委員に一度は入るが、自分のいるところではないと辞任し、自ら患者の立場にたって生きていこうと決意する。今年7月、水俣病の特別措置法に基づく被害者救済の申請受付が締め切られた。テレビでは今からさかのぼること2年前に法律が決まる場面がでてきて、当時環境大臣だった細野が悪びれもせず座っている場面が出てくる。そして水俣病の公式確認からようやく56年でこの救済法案ができた。しかし政府は「最終解決を目指す」とはいうものの、知られているように新しく患者に認定されるにはかなり高いハードルがあった。7月で新しい患者に対する救済策が閉ざされた。原田さんは実際にはなお多くの潜在的な被害者がいると見ている。原田さんの活動はブラジルの鉱石採掘現場で分離するために水銀を使うために水俣と同じ症状がでているの調査に出かける。
▼またベトナム戦争の時の枯れ葉剤で肢体不自由児がたくさん生まれているので、その調査活動もしている。原田さんの考えはこのような被害は差別されているところに集中的に出るという。つまり弱い。声を出せない人のところに集中するのだ。医師の立場として中立というのは支配者の立場になる。自分としては中立というのは弱者に寄り添うことだと断言する。原田さん自身も、胃がんや食道がん、脳梗塞、血液がんなど、何度も重い病気を患ってきた。それでも最後まで現場に足を運び、患者と向き合今年6月77歳、急性骨髄性白血病で亡くなった。11日深夜に再放送されます。
▼機能は銀座シネスイッチでジェーン・フォンダの「みんなで一緒に暮らしたら」を見た。

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