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November 20, 2012

◇「チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢」を見る。

▼情報によれば昨日「明るい革新都政を作る会」の緊急会議が開かれた、という。その結果が今朝の一部新聞に出ている「○○党の宇都宮支持決定」なのだろう。もしも今週金曜日まで決まっていなかったら、政党幹部が演説したとき「さっさと決めろ」(さっさと<原発>ヤメロというコールがある)とヤジってやろうと思っていた。その理由というのが、ふるっていて「宇都宮さんはひじょうに優秀な人だということがわかり」と言っている。あんたと同じ東大出身だ。活躍ぶりは週刊誌やご本人が書いた本を読めばわかる。それがわかるのに立候補表明から10日余もかかったのか?このスローぶりには呆れる。しかし今朝の各メディアは、このことを一切黙殺している。
▼新しいPCにすべての電子辞書をマウントした。「広辞苑5版」、「スーパー大辞林2版」、「角川類語辞典」、「岩波国語」、「三省堂新辞林」、「知恵蔵」、「マイペディア」、「明鏡国語辞典」、「研究社の英和辞典」他。主として使うのは前の3冊だ。朝日の「知恵蔵」はすでに絶版だが、「原発」という言葉を引いてみたら、「水力や火力発電に比べてコストが安くなる」と書かれている。朝日のおばかな考え方がわかろう。
◇「チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢」上空から岩の多い山に囲まれた町にカメラ降りてくる。ここでは「ペルシャのおとぎ話の始まりです」と言っている。
◆全8日間にわけて主人公ナセル・アリの生涯が話される。主人公のナセル・アリはバイオリニストである。それで音色の良いバイオリンを求めてあちこち探して歩く旅に出る。美しい妻ファランギース(マリア・デ・メディロス)、その母(イザベラ・ロッセリーニ=イングリット・バーグマンの実娘)、娘(成人後:キアラ・マストロヤンニ=カトリーヌ・ドヌーブの娘)、息子(幼少時の自分)、とさまざまな出会いが出てくる。
▼映画ではイラーヌ=イラン(ゴルシフテ・ファラハニ)への愛にスペースが割かれている。映画が、ナセルが死ぬまでの「最後の8日間」を描いているとする仮定する。すると前半に出てくる彼がバイオリンを探して歩く旅や老年時代のことは、単なる想像だということになる。イラーヌ=イランが出会って恋して結婚する。さらに最初と最後の中年の時代と、イラーヌ=イランが孫を連れて歩いているのを発見すると場面は、単なる夢のなかの出来事になる。
▼映画のタイトルである「鶏のプラム煮」という言葉の意味は、ナセル・アリという人物像を表している。彼は、古風なイラン男で、料理は女が作るものだと決めている。妻と間にすきま風が吹くようになっても相変わらず彼女が作る「鶏のプラム煮」は好物で食べ続ける。だが1960以降、イランはアメリカに急接近すると、国内情勢が変わる。女性は家事労働をするだけのスタイルに抵抗を始める。もはやナセルが甘えて来た、男中心のイランは存在しない。
▼ナセルとイラーヌ=イランとの出会いは、男を甘えさせてくれる時代だった。ナセルは母親の指示でファランギースと結婚する。だから当時のナセルは、自分はアーティストだと言い、家事は手伝わない。ところがある日、妻はそれを怒り、ナセルのバイオリンを床に叩きつけて壊してしまう。これには先の時代の背景があるのだ。
▼ナセルにとってこのバイオリンは、カネを稼ぎ出す重要な道具である。さらに結婚したくてもできなかったイラーヌ=イラン(彼女の父親はナセルよりも社会的地位のある軍人と結婚させた)の二つの思い出と重なる。彼が再会した相手から「人違いでしょう」と言われるのは、バイオリンを壊された時よりもショックでだったはずだ。つまり昔の恋人イランーヌという個人への愛と、イランという国への愛が拒否された事実と重ねられていたのだ。恋人への愛も国への愛も、自分のほうからではなくて、相手のほうから拒絶されるときの絶望が見事に描かれている。(新宿武蔵野館で)
▼安部ちゃんの一言で株が上がってしまうとは情けない国だ。今日の夕方が自民党本部に行ってくるぞー。

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