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February 05, 2013

「遙かなるキューバ」(その15)

Nagame
(ヘミングウェイの家からの眺め)
▼「遙かなるキューバ」(その15)ブログで公開できる部分はあと2日ほどで終わる。あとは非公開で2ヶ月後くらいにメルマガに掲載する予定だ。サンタクララからハバナに戻ったのは午後7時頃だった。ドライバーに「わたしはサンタクララを訪れてゲバラ廟を詣でるのは30年(実際ボリビアで殺害されて46年、遺体がキューバに戻されて16年)来の願いだった。きょうはあなたのおかげでその夢が実現した。あなたはもっとも優れた安全なドライバーだ」と英語(スペイン語は数個の単語しか知らない)で謝辞を述べると喜んで握手をしてくれた。
Dogboti
(4匹のペットの犬の墓)
▼翌朝はサンタクララツアーの支払いで手持ち現金が少なくなったので両替所に立ち寄ってもらう。町中(まちなか)の両替所で円がペソ換金できるなんて不思議だた、その施設に入って分かった。まず並んで一人ずつ呼ばれて指定の番号の窓口へいく。すると詳細は書けないが、本物かどうか調べる偽札チェック機があるのだ。換金業務ができるかどうかは、その偽札チェックマシンがあるかどうかにかかっている。
▼昨日と同じドライバーで、車で30分余走った場所にあるヘミングウェイの家に向かった。ヘミングウェイは「誰がために鐘は鳴る」を1939年3月からアンボス・ムンドスホテルの511号室という狭い部屋で執筆し始めた。わたしもどちらかと言うと、狭い部屋の方が集中できる。橋をわたり細い道を走っていくと、坂道の右側にかなり古いアパートがある。ガイドは「ロシアアパート」と言い、昔ロシアがキューバ「援助」にやってきたとき建てられたもので、いまは誰も住んでいないという。かつての「友好のあかし」である。
Hheta01
(ヘミングウェイの書斎の一つ)
▼ゲバラはあるとき演説のなかで「キューバのサトウキビを安く買いたたいて国際市場で高く売っている国がある。どことは言わないが…とても同志的な国とは言えない」とやんわり当時のソ連を批判していた。ヘミングウェイは「他が為に鐘は鳴る」を1年かかって完成させ700万冊の大ヒットさせる。その金で元フランスの貴族が住んでいたという、この広大な別荘を買い取る。乗っていた車も、使っていたクルーザーも陸に引き上げられて展示されている。
▼部屋の中には入れないが動画でご紹介した通りで、数え切れない部屋数である。そしてわたしにとっては趣味が悪いとしか言えないトロフィー(撃ち殺した動物の首)の数々。そのくせ飼っていた4匹の愛犬の立派な墓があるという矛盾。豪邸が庭を掃除し、部屋を磨いて雇用に貢献していることは分かる。しかしはっきり言ってもうヘミングウェイで外国人を呼べる時代ではないということをキューバ政府が一番知っているに違いない。
▼わたしはゲバラのことをずっと書いて来たが、本当はどちらかと言えばカミロ・シェンフェゴス(英文)が好きだ。フィデルやゲバラと一緒に戦ったが、革命後飛行機事故で亡くなってしまった。しかし誕生日が同じ、それに考え方が同じという点ではより彼に共感する。(キューバの連載は禁無断転載)
▼インターネットTV「愛川欽也パックイン・ニュース」は3月で終了する、と土曜日の番組中で愛川欣也が発表した。

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