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February 07, 2013

◇「塀の中のジュリアス・シーザー」と◇「二郎は鮨の夢を見る」

▼朝日新聞の勧誘員が「契約の延長」のお願いでやってきた。過日集金の人に「2月一杯で購読を止める」と伝えてある。勧誘にやってくる人は中国人のとても気立ての良い人である。しかし朝日の記事には腹の立つことばかりだ。「中国海軍の管制レーダーの照射」にしても一週間前、2週間前の出来事である。なぜ昨日になって仰々しく報道するのか、その政府の今年度予算の審議のタイミングを狙ったとしか思えない。「彼」には一切責任はないが、朝日の権力の手下に成り下がった態度は許せないので、しばらく「東京新聞」に切り替えようと思っている。もしつまらなかったら、元に戻すかもしれない。朝日は1500人もリストラしなければならないのに、何やっているのか?
◇「塀の中のジュリアス・シーザー」イタリアのローマ郊外にあるレビッビア刑務所。ここでは毎年、囚人たちによる演劇実習が行われている。囚人たちの罪名は麻薬取引、マフィアの手下など殺人罪こそないが様々である。毎年囚人たちが様々な演目を演じて、所内劇場で練習を重ねる。そしてその成果を刑務所のなかに舞台設置し、一般人の観客に見てもらっているのだ。囚人たちに演劇指導をしているのは、演出家ファビオ・カヴァッリだ。彼が今年の演目として、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を取り上げると発表した。さっそく、囚人のなかから出演する俳優のオーディションが始まる。テーマは「優しく自己紹介をする」と「怒って自己紹介をする」の二つだ。その表現力からまずブルータス、次にシーザーが、そしてキャシアス役が次々に決まっていく。
▼演じるのはいずれも重警備棟の囚人たち。彼らは演技の稽古が終わると毎回二重扉の「個室」に入れられる。垣間見える「個室」の内部は日本の刑務所に比べてかなり自由な雰囲気が漂う。一般の人々に見せるために所内の廊下や休憩所など様々な場所で稽古が始められる。本物の刑務所の中で、実際の服役囚たちが、役を演じるのだが、必死になるなど囚人たちは次第に稽古に夢中になる。そして彼らの日常生活が「ジュリアス・シーザー」の場面のように変わっていく。
▼囚人たちがふだん日常生活している廊下、遊戯場で、一所懸命に台詞を覚えようと同じことを繰り返す俳優(囚人)たち。それぞれの自分が生きて来た過去や性格などが次第にオーヴァラップして演じる役柄と同化していく。同化して行く。そして、刑務所自体がまるでローマ帝国になったように変わって行く。そして一般公開が迫って来ると、囚人たちは舞台も自らの力で作り上げる。見物客はチケットを買って「どんな演技を見る事ができるのだろう」と刑務所の中にある舞台へと足を運んでくる。
▼絶対権力者のシーザーが刺されたあと、見物客は芝居ではなく、現実が再現されたかのような迫力満ちた舞台に陶酔して拍手が鳴り響く。2012年ベルリン国際映画祭金熊賞グランプリ受賞。2013年米アカデミー賞外国語映画賞イタリア代表作品。(銀座テアトルシネマ)素人でも訓練と練習でこんが演技ができるとは驚きである。
◇「二郎は鮨の夢を見る」この店は「すきやばし二郎」と知られている。わたしの家族もその頃会社の上司に連れられて行ったが、現在ほど有名ではなかった。ところが2007年にミシュランガイドの3つ星に選ばれてから、直接店に予約をしに行って(電話不可)それで2、3ヶ月待ち。料金は最低で3万円から、しかもつまみ、酒はなしで15分くらいのお任せコースで食べ終えねばならない。なせこうなったのか?先日のブログにも書いたが、この映画を撮ったフランスの映画監督が料理研究家の山本益博のところに「明日帰国するがお勧めの鮨屋はあるか?」と聞きに来た。「すきやばし二郎」を知っているかと聞いたところ「知らない」というので「ぜひ行くべきだ」と食べさせた。監督はその鮨の味のはまってしまう。そしていったん帰国して2ヶ月間、朝8時から夜10時までフィルムを回し続けた。その結果できたのがこの映画である。
▼主人公の小野二郎さんは現在85歳だ。彼は60歳のとき「鮨屋として生き残るにはどうすべきか?」と悩んだ。その結果は自分が納得する材料(ネタ)を築地で仕入れ、納得する米を吟味して買う。納得するようにガス火で鍋に重しを2個乗せて圧力をかけて炊きあげる。下準備はたとえば蛸は2時間かけて揉んで柔らかくする。卵焼きがネタとして使えるまでには1年間焼き続けなければ認められない。
▼弟子たちが下準備をすればあとは二郎が客の前で握るだけ。二郎は自分が一番楽な仕事をしているという。しかし映像を見ていると鮨は生き物だと思わせる。二郎は何よりも自分の手のひらを一番大切にする。だから40代から、鮨を握る瞬間以外、常に特注の手袋をして生活をする。極上の物を作るには仕事に誇りをもち、かつ好きにならなければという。客に食べてもらうという仕事で自らを鍛えた達人の言葉である。(ヒューマントラスト有楽町)

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