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February 14, 2013

◇「故郷よ」(ロシア映画、その2)

Butabaradon
(13日、取材先で食べた豚丼)
▼12日のパブリックコメントの締め切り日、協力してもらえそうな友人に電話した。すると「そういう難しい操作はできない」というご返事だった。残念!「新安全基準のパブリックコメント」の締め切りは28日なので、こちらも引き続きご協力をお願いしたい。
◇「故郷よ」(ロシア映画、その2)昨日のブログに画像を追加したのでご覧いただきたい。だが故郷の家には母親と一緒に住んでいる。母親を残して自分一人で逃げ出す訳にはいかない。ガイドは勤務している旅行社の仕事の一つだ。てきぱきと受け付けを済ませてガイドの仕事に戻る。バスで客を待っていると、ヨーロッパからの客が大勢やってくる。彼らに防護服を着せて被災地域を回って歩く。しかし彼らは野生化して馬を見たり、もしかして奇形の動物がいないかに興味を持つ。
▼あるとき、あの除洗地域の案内をしていると、住むことが禁止されている村に人の気配がする。よそから流れてついた人たちだ。「ここは住むのが禁止されているのよ」というと一人の男はAK突撃銃を突きつけて「どこに住もうとオレの勝手だ」と銃を乱射するので逃げ戻る。彼らにとって放射能汚染は大して問題ではない。屋根があるところに住めればそれで良いのだ。
▼ツアーが終わった後はシャワーを浴びなければならない。洗髪しているとごっそり髪の毛が抜け落ちるのでぞっとする。わたしはもう子どもを産むことが出来ない身体になってしまったに違いない。夫とよりを戻さないのもそれが理由の一つだ。
▼もう一人の技師は、列車に乗ると今でも放射能汚染で閉鎖されてしまった駅で降りようとする。しかし亡くなってしまった駅で今でも降りようとして、「そんな駅はない。乗り過ごしているから次の駅でとっとと降りろ」と車掌にたしなめられる。自分の仕事場があった駅、あれこそが自分の生きている証だったのに。
▼もう一人の少年は父親が「消化作業」に行ったまま行方不明になってしまった。少年はツアー客に紛れて「立ち入り禁止」になっている自分の家に戻る。そして緊急事態で持ち出せなかった思い出の品を一つだけ持ち出す。この辺の描写は実写のドキュメンタリー「チェルノブイリ・ハート」にそっくりだ。そして自宅の壁に「父さんへ」と母と一緒に滞在している避難先の住所を書いてくる。
▼チェルノブイリに住んでいた人たちは何が起きたのか知らされないまま、荷物も持たずに避難させられた。「消化作業」にあたっていた兵士や消防士たちは何も真相を知らされないまま死んでしまった。「故郷」に残された未完成の観覧車や、レーニン像は、むかしここに村があったというランドマークにしかならなかった。♪「窓から窓から見える広場を、真っ赤なバラで埋め尽くして」

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