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June 03, 2013

ある「豚児」と「豚妻」の話。


▼昨日は天気に恵まれて、まず芝公園に出かけた。ここは11年の9月に反原発集会が開かれた場所である。たしかあの日は雨が降っていて足下がぬかるみだった。会場に到着したらちょうど大江健三郎さんが挨拶をしていて、次いで鎌田慧さん、落合恵子さんが続いていた。話の内容はいずれネットに出る。きょうは午後7時までの長丁場なので体力を温存しないと最後まで保たない。公園脇の縁石に腰を下ろして待機していた。

▼集会が終わってから会場に入った。今回動画は20本くらい撮影したが、帰宅して昨晩中に9本までアップした。1時間くらいしてデータを見ると(その1)の動画に人気が集まり、24アクセスだった。今朝このブログを書いている時点ですでに100件になっているので、是非ごらん頂きたい。雇用を守って首切りを許さない。かつ反原発を訴えるにはこういう若い力でエネルギッシュにやらなければ共感は呼ばない。
▼あとデモ隊に沿って愛宕山から内幸町、経産省脇を通っていつもの国会前に到着した。最前列はすでに参加者で埋まっていたが、昨日某家電店であった方が「いつもの席を確保しておいたよ」と狭いスペースに空きを作って下さった。持つべきものは友人である。集会とデモ行進で4時間、国会前で立ちっぱなしで3時間、合計7時間はさすがに疲れた。
▼先日のネコちゃんブログで「豚児」と書いたら某読者が「初めて知った言葉です」とメールを下さった。千田夏光さんという作家がいた。毎日新聞の記者をしていて作家になった方だ。千田さんが1976年頃に書いた小説の中で初めて「従軍慰安婦」という言葉使ったはずだ。実はかつてわたしは千田さんと同じ住宅公団の共同住宅に住んでいた。号棟は違うが一、二度お話させていただいた事がある。千田さんはいつも明治通りにあるHという喫茶店でパイプたばこをくゆらせて小説を書いていらした。
▼千田さんがあるエッセイで「うちの豚妻と豚児が」と書いたことがあった。わたしが小学校のPTAの役員をしているとき、千田さんの奥さんという方にお目に掛かったので挨拶をした。千田さんの年齢の半分くらいの年下の方で知的な美女で、驚いた。つい「千田先生が豚妻と書いていらしたので、どんな方かと思っていましたが、驚きました」とお話すると、奥様は「いえいえとんでもない豚妻でございますわ」と切り返してきた。もう千田さんは亡くなられているが、娘さんのSちゃんはとても頭のよい優秀な生徒だと、その学校の教師をなさっていた方がお話していた。娘さんもおそらくお子さんがいらっしゃる年齢のはず。かれこれ30年も前の話である。

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