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February 02, 2014

26日に放映された農業問題のTV2本

▼雨が降らなければ渋谷の「秘密法反対・選挙に行こうデモ」に参加する予定だ。火焔瓶テツさんメンバーとの約束もあるので、無理のない範囲で行動する。
▼先週は農業問題で二つの番組があった。一つは26日のNHKETVで山形市のコメ農家の青年たちが出稼ぎに行かなくても済む農業を模索して現在にいたる道筋を描いた陸作だった。彼らは高校の青年時代に「村の女は眠れない」草野比佐男詩集を読む。もし今後結婚しても冬になると出稼ぎに行かなければならないから、妻に寂しい思いをさせなければならない。だったらどうやって農業で生きて行く方方があるか、友人たちと必死に考える。
▼たどり着いたのは、無農薬栽培に特化した米を作れば売れるのではないか、ということだった。しかしそれも機械の入らない山間部の小さな田圃でしかできない。さらにヘリコプターによる農薬の空中散布。小さな田圃の集約化など次々難問が押し寄せる。後者の集約化では.合意するまで7年に及ぶ村人との話し合いが待っていた。さらに都会の消費者を巻き込んだ「援農」による体験学習etc.etc。さらに最近はTPPで日本の農業は破壊されてしまうのではないかという危機感を持っている。つまり日本の農業政策はクルクル猫の眼の動きのようにめまぐるしく変化を続けている。
▼それはとりもなおさず重工業化が日本を成功に導く、という官僚たちの思想の裏返しでしわ寄せはすべて農業生産者に押しつける思想である。さらに農協は田畑を担保にして大型耕作機械を買わせる。その結果田畑を引き継いだ世代が、その何千万もの借金に驚愕する。農協の担当者に聞きただすと「担当者が交代して分からない」という返事だ。
▼もう一つはNNNドキュメンタリー「賑やかな過疎/限界集落と移住者たちの7年間」。今や65歳以上の農業従事者は6割を占め、耕作を放棄した田畑は荒地に変わってしまった。そんなことに不安を抱いた限界集落=石川県羽咋市菅池地区(27戸)は、7年前から若者の受け入れを決めた。大阪から、一大決心をして100万円を持って菅池地区に移住した屋後浩幸さん(当時32歳)。有機肥料を作って野菜の生産を目指すが、作物は虫に食われ借りられる農地が少ない。最大で年間70万円の収入では暮らしは成り立たない。しかしそれでも逃げ出さないのは住民の愛情豊かな支援(お節介)があるからだ。移住者が3組に増え、耕作放棄地も開墾で蘇り始めた2012年、10年間途絶えていた獅子舞が復活した。最初は「この村のしきたりを守ってもらわなくては」という言葉にビビるが移住した若者と過疎脱却を目指す集落の7年間の記録。

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