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May 21, 2014

5月20日は小川町の原電抗議行動に参加。

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(日本原電本社前で抗議のスピーチをする火焔瓶テツさん)
▼昨晩は比較的近い、神田小川町にある日本原電本社抗議だった。出かける前に見た東京新聞夕刊には「原電が再稼働申請をした」という見出しが躍っていた。前東海村村長さんが311の1年後に原電からの話として「原電東海は4つある発電機のうち一つが停まった。さらに津波も来たが前日完成したばかりの防潮堤が津波より1m高かったので電源は浸水しなくて済んだ。だが…残った2台の電源をフル稼働させても格納容器は冷えない。そこでベントを170回したという。
170回のベント。みなさん千葉の東葛方面、東京の千葉県境の区、横浜で放射線が異常な数値を示したのはこのせいです。昨日も横浜から参加した方が、校庭の数値が異常に高かったと報告していました。専門的な計測器を使えば「核種」が特定できますから、どこの原発から飛んで来たか一目瞭然です。だが原電も東電も政府もすべてその事を隠したままです。それにベントとは格納容器の爆発を防ぐためのもので、近隣住民の健康被害を守るものでも何でもありません。さらにNHKの「原発メルトダウン」でイタリアのトリノ大学に持ち込んだ実験結果が紹介されていました。つまり格納容器の一番下に、ドーナッツ状のサプチャンバーがあり硼酸水が入っています。ベントする前に熱せられた放射能を帯びた気体はこのサプチャンで濾過されることになっています。しかし実験では500度だったか一定の温度以上に熱せられた気体は、硼酸水をスルーしてそのまま大気中に放出されてしまうのです。
▼さらに昨日の朝日新聞でスクープされましたが、原子炉がメルトダウンすることを知った東電社員は吉田所長の「踏みとどまれ」という命令を無視して95%の社員が、持ち場を離れて逃げ出してしまったのです。わたしが知る限りでもまず家族に電話して「東京に逃げろ」と指示して、次は自分が逃げています。もし踏みとどまって原子炉を冷却することに力を発揮していれば、これほど被害は拡大しなかったかも知れません。もうこうなると、満州にいた関東軍の幹部がソ連軍侵入を先に知って、自分たちは航空機などでさっさと逃げ出して助かった事と同じ事が再現された訳です。政府や軍隊、さらに巨大組織のいうことを信じていると大変な事になります。

(原電前でスピーチするテツさんとダミアン・村上さん)
▼昨日、日本原電前でスピーチしたお一人(筆者より10歳くらい若い)が、「自分は年齢が高いからいいが、家族のためにヨウ素剤を買って準備している」という方がいました。抗議行動が終わって撤収するとき、「明日(21日)は何もなかったよね」とわたしが呟いたら知人のそらのさんが「文科省抗議がある」とすかさず反論しました。わたしは2日行動したら1日休まないと身体がもちません。
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(20日、日本原電本社前でスピーチする筆者)

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