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October 09, 2014

ナイフが残虐で空爆は残虐ではないのか?

▼先日メルマガを発行したら、翌日「自分代わりに○○○の本を読んでくれないか?」というメールがあった。残念ながら、わたしは自分のテーマの本を読むだけで手一杯である。現在机の脇には図書館から来た本が4冊並んでいる。分厚い本もあったが、とても手に負えそうにないので返却してしまった。
▼そうでなくてもわたしは週に4、5日国会周辺に出かけている。時間もかかるし交通費もかかる。もしもわたしの代わりにデモや集会に参加して下されば考えてもよい。昨日も「今日比谷野音に来ているが、何のデモだろう?」という電話が掛かってきた。昨晩は弁護士会主催の「集団的自衛権」問題だった。しかしわたしは一市民でデモ屋ではない。だからどんなデモにも行く訳ではない。大体一週間の始めにスケジュールをたてて、その気になったものだけ参加する。しかし10月も連休明けから(いや休日の月曜日にも有楽町の九電前抗議がある)行動が目白押しだ。
▼指の包帯は昨日の診察で「夕方には外して良い」と言われた。多少痛みは残っているが両手を使えるというのは具合が良い。ひげそりと洗顔するときは、そのありがたみをつくづく感じる。
▼まったく別件。イスラム国による「残虐な処刑」という表現について異論がある。今回は「表現」」にだけ絞って書く。たしか西側ジャーナリストや「スパイ」とされる人たちの首を切る場面をネットで流すのは正視できない。しかしアメリカはイラクへの侵略でファルージャなど多数の市民を空爆その他で殺害している。イスラエルもガザへの攻撃で多数の市民を無人機や砲撃で殺害している。それらの映像はコントロールされて一般市民の目には触れない。ナイフで殺すのだけが残虐で、空爆や砲撃、銃撃で殺害するのがOKというのはアメリカを中心とした「大国の論理」である。それに日本の絞首刑も実際に見た事がある人は立ち会いの司法関係者だけだが、かなり残酷なものらしい。しかも日本の絞首刑は国連人権委員会からを「中止」するよう勧告されている。あまねく大勢が直視できるものは残酷で、隠れてやるものは何故か「残酷」とは言われないようだ。

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