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March 31, 2015

猫に楽しく薬を飲ませる方法。

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(30日の九電東京支社前抗議)
▼昨晩の九電東京支社まえ抗議は参加者が少なかったたえ、2巡目のスピーチをした。参加者が少ないと近所の居酒屋の親父が「うるさい」と文句を言ってくる。主催者は「わたしたちは好きこのんで、毎週この場所に来ている訳ではない。文句があったら九電に言ってくれ」と切り返す。居酒屋の親父も50人程度で抗議をしていると、小さくなって何も言ってこない。
▼「サンケイリビング」に掲載されている、「原発を動かさないと100億の損失」という電事連の実質的なCM。今朝の東京新聞には立命館大の大島堅一教授が反論をしている。「いま一度再稼働に経済的根拠なし」と。アメリカの調査機関の試算によれば原発の発電コストは1kw15円で太陽光のそれとほとんど変わっていない。電事連の原発を動かさないと電気料金が上がって経済が行きづまる、という主張に「今廃炉にすれば維持コストがいらないので、もっとも安くなる」と反論している。
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(錦糸公園の桜も満開)
▼昨日「週刊金曜日」の半年分の払い込みをしてきた。最新号の石坂啓(漫画家、「週刊金曜日」編集委員)のコラムに「猫に薬を飲ませる話しがあって、思わず苦笑してしまった。我が家と似ている。わたしは獣医に教えられたように、猫を抱っこして喉の奥をめがけて薬を落とす。しかしその方法を嫌がってかなり抵抗する。無理に口を開かせようとすると、ひっかくので、左手は傷だらけになってしまった。家族はこのロクちゃは抱っこが嫌いなので、寝たまま薬を飲ませる工夫をした。さらに薬を細かく砕く、飲んだら好物の割きイカを与える、などである。石坂は薬に猫の好物の砂糖水で練ったり工夫をしているという。だがこれも、猫によって好物は異なる。
▼一週間に一度は通院し、その都度1万円前後の診察料と薬代を払ってくる。最近ロクちゃんはわたしを警戒して夜も同じベッドに来なくなった。医者に通院するときはケージに入れるのだが、それも嫌がっている。

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March 30, 2015

金曜日から日曜日まで歩き回る。

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(生後3週間の子山羊)
▼今朝メールボックスを開くと、見知らぬ人から一通のメールがはいっていた。「他人のために役立つ」朗報。いずれ具体的な形になったらご紹介する。金曜日は関電前抗議から始まる。ここでわたしは中島みゆきが美浜原発応援CMを唄っている話を紹介した。
▼続いて経産省前で40分くらい抗議。みなさんはさらに海保前(国交省内)の抗議に向かったが、わたしは翌朝の取材が早いのでここで離脱する。日比谷公園の中を通っ有楽町まで歩く。ここでは春から秋まで、夜の居酒屋がオープンするので、その準備が行われていた。
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(27日関電前で発言する筆者。Keitarouさんのツイキャスより)
▼土曜日は流山市の月一度最終土曜日に開かれる「朝市」の取材があった。オープンの8時半には現地東武野田線の「運河」に到着する。かなり活気に溢れており、無農薬有機栽培の店には、何やら変わった犬のような動物がいた。よく見ると沖縄方面が原産地の山羊だった。親父さんに聞くと5匹の子ヤギが生まれたが母羊は死んでしまった。4匹は自宅で草を食べながら「除草」に役立つ。ここに連れてきた子ヤギは市販のミルクを飲ませて貰っていた。
▼夜は某例会。終わってから昨晩、iPhoneで撮影した日比谷公園の櫻の画像をお見せすると「見たい」と仰るのでご案内し、東京駅まで歩いた。日曜日は二つ、デモ行進があったが、仕事関連の用事があったのでいずれもパス。夜は毎週日曜日の校正、さらにいろいろ連絡のメールがはいる。きょうは川内原発再稼働のための「使用前検査」が始まる。今晩も有楽町九電東京支社前抗議。1日も再角阻止ネットワークの抗議が予定されている。さらに辺野古を埋め立てている大成建設への抗議。安保法制墾の抗議など目白押し。
▼ツイッターには時系列で書いているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。

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March 27, 2015

◇「あいときぼうのまち」をWOWOWで見る。

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(映画の冒頭フタバ町の「原子力看板」のあるシーン、もちろんセット)
▼昨年公開された菅乃廣監督の映画24日深夜にWOWOWで放送された。1945年福島県石川町、学徒動員で英雄は目的もわからず毎日ウラン採掘に明け暮れていた。監視に来ている将校は「50トンのウランが採掘できれば、特殊爆弾が作れる」とハッパをかけ、生徒たちを叱咤激励する。だがその一方戦争未亡人と深い仲になってしまう。
▼その時代から20年後の1966年福島県双葉町になる。原発建設反対を貫く英雄。反対派の彼は地域で孤立し、娘の愛子の就職先は見つからず、その恋人の健次すらも彼女のことを避けるようになっていく。
▼2011年、親子2代で東京電力の原発に勤務していた健次は息子をガンで失う。その直後、孫娘もいる幼なじみの愛子と再会する。喫茶店で「むかしは、今年60の叔父さん」と童謡を歌っていたけど、自分たちはその同じ年になってしまったね、と笑う。お茶を飲んで別れる積もりだったが、健次の車に愛子は乗り込んで来てホテルに直行する。
▼家に帰ると家族から「遅かったね」と声を掛けられる。部屋に籠もって健次とのデートを思い出す愛子(夏樹陽子)の演技は実に見事である。
▼老人二人のデートは孫娘に気づかれるところとなる。ある日浜辺で二人が石を投げている場面を発見される。孫娘は「汚い二人」と車のキーを投げ捨てて逃亡する。車に戻った二人がキーを探しているとき、311で津波がフクイチを襲う。二人は自分たちが逃げるよりもお年寄りの避難に邁進して、助からなかったと目撃情報が入る。孫娘はそれを聞いてホッとし、墓前に自分のホルンを持参して供養の演奏をするのだった。
▼はっきり言って話が散漫。テーマをひとつに絞るべきだった。映画館ではヒットしなかったのもうなずける。

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March 26, 2015

「清志郎さんのラブミーテンダー」とデビット・リンチ

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(25日九電東京支社前の抗議風景)
▼夕べの九電前抗議挟む買った。月曜日で懲りたので、真冬の装備で出かけた。ツイッターには書いたが、この抗議にはある一人の男性が来て下さる。お名前は存じあげない。ただわたしがピンチヒッターで、「月曜定例会の九電前」をお引き受けするとき、あちこちで「有楽町駅前にある九電抗議に参加して」と訴えて歩いた。その一ヶ所が「国会正門前で行われていた反原連の金曜行動であった。そこでわたしの下手な訴えをお聞きいただき、来て下さった。先日の雨の防衛省前にも来て下さった。お話しによれば、お母様の介護をなさっていて、その一瞬の時間を抜け出して自転車で駆けつけて下さっている。
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(両国の被服廠跡にたつもう一つの記念碑。昨日の記事参照)
▼その方は昨日、日本の原発メーカーと株価、これらの会社の株を買って売り抜けようとしているハゲタカファンドの話をして下さった。その話を通行人の男性が足をとめ、じっと聞き入って最後に「とても分かりやすい話だった」と一言言って帰っていった。悪天候の時も毎週続けて来たが、圧倒的に罵声が多い。しかしこういう「感謝」の言葉を掛けられると、続けて来て良かったと思う一瞬だ。もちろん昨日は若いサラリーマンが「そんな事やっていて楽しいのか?」という言葉を投げつけて行った。詳しくは動画とツイッターをご覧いただきたい。
▼抗議活動で大勢の方々と知り合いになった。だが顔見知りではあっても、本名はほとんど分からない。大体ツイッターのニックネームで呼び合うが、それも顔と名前は一致しない。その中のお一人Pさんのプロフィールを昨日じっくり拝見したら「先日、久しぶりで清志郎さんのラブミーテンダーを聞いたら涙が止まらなかった。。。」と書いてあった。DMで「その曲はどこで聞く事が出来ますか?」と質問したら、今朝ご返事を下さった。上記リンクをご覧いただきたい。映画の好きなわたしは、この曲でデビット・リンチ監督の「ワイルド・アット・ハート」主演はニコラス・ケイジで相手はローラ・ダーン。ケイジは「俺は本当に好きな女の前でしかラブミーテンダーを宣言している。どういう映画かはレンタルビデオでご覧いただきたい。だたしお子様向けの映画ではありません。

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March 25, 2015

NNN「ドキュメンタリー「戦災孤児」を見る。

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(慰霊堂と河津桜)
▼年度末という事もあって駆け込み需要で仕事が大忙し。昼飯を食べる時間もとれない。
▼22日(日曜深夜)深夜NNN「ドキュメンタリー「戦災孤児」が放送された。例によって先週は録画したものを見る時間がまったくなく、昨晩ようやく見た。
▼ご存じのように70年前昭和20年3月10日の東京大空襲で東京下町は米軍の空爆によって、空襲の焼け野原になった。10万人以上の人は焼死したが、その正確な数は分かっていない。同時に親を亡くした何万人もの子どもたちが路上に放り出された。その子ども達は疎開先からわざわざ卒業式で東京に戻ったため焼死した子どもたちもいた。親戚がいればまだ良い方で、上野の地下道に眠る。そして翌朝には冷たくなった子ども達の姿も見受けられた。また親戚に預けられた事も、野坂昭如の「蛍の墓」のように、邪魔者扱いされたり、この家には3匹目の泥棒猫がいると嫌みを言われたり、2杯目のご飯茶碗を差し出すと、「米か水か?」と聞かれ、やむなく「水と」答えるしかなかった。
▼また両親の古里に帰っても食べるものはなく、常に空腹で、東京にいる兄のところに「仕事を探して呼んでくれ」という弟も結局行方不明になってしまった。そんな話がたくさんある。また野坂が入ったような施設に入れられた少年もいたが「戦災孤児」たちは、その後、国からの何の援助もなく、過酷な生活を強いられた。
▼終戦は、孤児たちにとって生きるための戦争の始まりだった。番組に登場した自らも孤児である金田茉莉さん(79)は一人奮起し、同じ境遇にさらされた孤児たちがその後どんな人生を送ったのか、約30年調査を続けている。生き残った人達は一様に「あの時、空襲で死んだほうがどんなに楽だったか」と口々に語る。金田さんの「孤児」を探し当てて、おそるおそる電話すると」かなり多くの人が「もう思い出したくないからそっとして」と口を閉ざす人が多い。
▼なぜこのテーマを取り上げたか?金田さんが下町い完成したスカイツリーに上って自分が空襲にあった場所をたしかめる。さらに両国にある、震災記念堂と慰霊碑の前をほとんど毎日バスで通るからだ。最近その脇に「かざず櫻」が蕾を開いて来たので、昨日途中下車をして歩いて見た。国は何の責任もないと開き直る。そして再び戦争への足音が高くなってきた今日。海老名葉代子さんは国に一切頼らない、慰霊碑をたて静かになくなった人達を祈っている。金田さんの調査活動の足跡をたどりながら、戦災孤児たちの悲劇を明らかにする。戦後70年を迎える今、多くの孤児たちが「死んだ方が良かった。生きている方が地獄だ」と重い口を開いた。

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March 24, 2015

見たい映画も見ずに、ひたすら抗議の一週間。

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(23日夜九電東京支社前抗議風景)
▼月曜日夕方九電東京支社前の抗議行動に出かる。気温は高そうに思ったので、一日前より薄着にしていったのは失敗だった。くしゃみと鼻水が止まらなくなってしまう。目的地に着く前に仕事で秋葉原に立ち寄り、ノートPCを3台買って得意先に宅配で送る手配をした。重い荷物を持っていたのでは「抗議行動」に差し支える。
▼出発前に最寄りのバス停まで行ったが、雨がぱらついたので、雨傘を取りに戻って正解だった。
▼昨日で1週間出ずっぱりだった。個人的な用事と、映画鑑賞はすべて取りやめた。わたしは仕事で「書くために見る映画」と「自分の観賞のための映画」は内容が少々違う。前者は誰が見ても「安心して納得のできる」「清く正しく生きて行く姿が描かれて」でなければならない。そちらは来週の締め切りまでストックが3本ほどある。しかし後者の見たい映画は渋谷のアップリンク、「二重生活」。他に青山学院大学の自主上映会「イラク チグリスに浮かぶ平和」だった。これはポルポレ東中野lの上映を見逃した作品だ。「有料講演会もあるが、映画だけでも良いか」問い合わせのメールを出してあったが「OK」の返事が来たんのは上映前日だったので、別の予定を入れてしまった。もう一本は市ヶ谷セルバンテス文化センター 「カルミナ」だ。これは時間の調整が付かなかった。
▼昨日安倍首相が、つい「我が軍は」と口を滑らせてしまったようだ。わが日本国にはまだ「軍隊」はないが、安倍の「夢だけ」が先行してゆく。正直いって課題が多すぎて、ともすと憂鬱になる。そこでわたしは考えた。ツイッターで「怪しいCM]、「NHKのウソ」、「名称言い換え」の3本です。皆様の投稿をおまちしています。

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March 23, 2015

金、土、日と3連続で抗議行動に参加する。

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(関電前の申し入れ風景)
▼金曜日は内幸町関電東京支社前の抗議から始まった。到着すると、再稼働阻止全国ネットワークの皆さんが関電の社員に「署名と、要請書」を渡そうとしていたが、社員が受け取りを拒否していた。そのため代表団の人達は怒って抗議をしている最中だった。1時間ほど抗議をしてテント村を通過する。そこで分かったことは東京地裁の「テント撤去命令」が、東京高裁で否決され、「そのまま使って良い」ことになったと報告があった。補償金の500万円は払ったが、この判決の意味は大きい。あと経産省が「不法占拠していた家賃を払え」と言っているので、とりあえず判決が確定するまで、3千万円の「補償金」を払わねばならない。こちらは総額1億円のカンパを集めると呼びかけがあった。
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(金曜経産省前抗議)
▼この日は経産省前の抗議は9時半ジャストに終了した。明日の事があるので、迷わず帰る。
▼土曜日午後から新宿の柏木公園で「築地でええじゃないかin新宿」デモに参加する。部屋の中は暖かかったので薄着で行ったら外気は結構冷たかった。
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(新宿デモ出発前風景)
▼日曜日は3・22反原連などの主催で「国会大包囲」日比谷公園脇の自転車置き場が、わたしたちの集合場所だった。以下多忙のため、YouTubeをご覧いただきたい。
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(3・22国会包囲デモ茱萸坂付近)

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March 20, 2015

チュニジアと九電川内原発再稼働

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(チュニジアのバルドー博物館、筆者撮影:禁複製)
▼チュニジアの事件が起きた博物館には8年ほど前に一度行ったことがある。夜は都庁前で築地市場移転反対の集会があり、終わった後の会話で「S君がちょうとチュニジアに行っているので、彼が殺害されたかと思った」という声も聞こえた。
▼都庁は築地移転反対集会のための周知、プレ集会だ。詳しくは2時間の動画があるのでご覧いただきたい。
▼そして今朝のニュース最大のプレゼントはフクイチの原子炉内の核燃料がほとんど溶け落ちていることを確認したと発表した。燃料溶融を調査により確認したのは初めて、と報道しているが、なぜわざわざこの時期に発表するのか?
▼おまけに九州電力川内原発を7月には再稼働すると発表したこと。原発を再稼働させようとする団体の一番大きいのは、日本経団連、電事連だ。そのほかに政府や市民に原子力をアピールしているのが、日本原子力産業協会である。この加盟団体には各電力会社をはじめ、原発メーカーの日立や三菱グループが並んでいる。さらに自治体や新聞社。最近はこの組織が「原発事故後、多くの市民が脱原発を求めていることで、推進派も市民レベルの視点を意識している」(原子力資料情報室)
▼先の日本原子力産業協会では昨年11月「コミュニケーションの重要性/原子力の理解に向けて、女性の視点から」というシンポジウムを開いている。このような状況のなかで、単に「再稼働反対」という言葉だけを叫んでいても、反原発運動の環は飛躍的に広がらないように思えてならない。

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March 19, 2015

中部電力の安全文化を聞く。(第64回規制委員会)

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(会議風景、左端が中電、左が坂口、右清水)
▼第64回原子力規制委員会を傍聴した。今回は「臨時会議」として中部電力の水野社長と、坂口副社長から「安全文化の醸成」を聞く会だった。これは一貫してブログをお読み下されば分かるが、九州電力から北海道電力まで、全電力会社から「安全文化」について聴取するという原子力規制委員会の方針に基づいて行われている。わたし自宅近くから都バスに1本乗り遅れ、現地受付には開場が始まって5分くらいに到着した。受付の名簿には10人くらいの登録があり、わたしで受付を済ませた人として2本目のマーカーが付けられた。二人目かと思って13階の会議室に上ると、スーツ姿の中電社員とおぼしき人物が5人ほど最前列に陣取っていた。
▼会議はたっぷり時間半あった。問題点はわたした感じたところ「津波は大丈夫か?」と聞かれ「高台だ」と中電は答えた。しかし浜岡は活断層の上にあるので、原発が爆発して放射能漏れた起きたら、社員や家族は生きていられないだろう。江戸時代の、殿が妻子を人質に取られているのと同じだ。
▼次は富士山の噴火と浜岡の位置関係だ。距離にして100km。石渡委員の質問に対して「宝永噴火」という言葉を水野社長は、言葉として言えなかった。つまり中電はペナペナの防潮堤をつくるのが精一杯で、富士山噴火まで想定していなかったのである。
▼3番目は資料32ページの3-3「リスクマネージメントの強化」で「やる気」を社員からアンケートを取った結果がグラフで紹介されている。それは「管理職」と「一般社員」の「やりがい度」がグラフで表示されている。それによれば平成23年の311の東日本大震災のとき、急激に下がっている。しかしこのグラフには分母が示されていないので、石渡委員からは「非科学的である」との指摘をされ、中電側もそれを認めている。
▼結論から言えばわたしが過去に出席した、九電、北電、東電の中では文書としては、一番良く出来ていた。しかし社員、下請け業者間のコミュケーションを活発化させる。という言葉は、各社とも共通しており、同じ仕事をして賃金が違ってはやる気も何もあったものではない。そして「地域の方々とのコミュニケーションとして、キャラバン隊、訪問対話、施設見学、広報誌の発行など、再稼働にむけ住民の「理解を得る」ため活動を活発に行っている様子が分かった。会議の模様の全録画はこちら

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March 18, 2015

大成建設東京支社前の抗議に参加する。

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(スピーチする筆者。kenさん撮影のビデオから)
▼愛猫の一匹、ロクちゃんがひと月ほど前から、左耳に腫瘍が出て獣医に連れて行った。脂肪浮腫なのだが、CT撮影して、今後の対応を考える。16歳で痛い思いをさせるのは可哀想だ。猫の場合、脂肪浮腫は手術すれば再発することはまずない。しかし美猫なので、手術をしたら、耳は変形してかなり見かけは悪くなる。それに腎臓機能が悪くなっているので、麻酔をしたこtによるダメージも大きい。「痛い思いはさせたくない」という事で注射治療の道を選んだ。この日の検査と注射で約3万円。わたしも月に一度医者に行くが、診察と薬を貰って1500円以内だ。その後猫ちゃんの腎臓治療と、腎検査に毎週かよっているが、一回1万円以上。ペット皆保険は今更入れないし。
▼昨晩は新宿大成建設東京支社前の抗議に参加した。毎回白いマスクをした公安が、10数名遠巻きに監視している。ともすると公安の数の方が多い。しかし一民間企業の埋め立て工事に、なぜ海保から警察まで動員して警備しなければならないのか、不思議な話だ。スピーチ半ばである女性が話している最中、坊主頭の男性が、口から泡を吹きながら「中国が…」と叫んで近寄って来た。これは動画にも撮影したが、どうやら「辺野古の基地は中国の侵略に対応しているものだ」と言いたかったのだろうと推測される。(28分30秒の所)
▼悪意であるとは思いたくないが、新聞やTVの中国脅威論で洗脳されてしまっているのだろう。アメリカの国債を一番買っているのは中国であり、アメリカは中国によって支えられている。安倍が訪米したときは、1時間足らずの会談で食事をすることもなかった。一方中国の習首相とは別荘に行って会談している。その親密ぶりが分かろうというものだ。夜の新宿デモは、今朝の東京新聞に写真入りで紹介れている。わたしは仕事が残っていたので抗議だけで帰宅した。新宿のヨドバシカメラでUSBのブルーレイプレイヤーを見て来たが、意外と高かった。

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March 17, 2015

◇「イミテーション・ゲーム」を見る。

▼これは一言でいうとナチスドイツの暗号作成機「エグニマ」を解読する話だ。しかし話はそれほど簡単ではない。天才数学者チューリングは内務省の密命を受けて解読チームのメンバーを集める。方法は試験会場で「クロスワードを規定の6分の時間内で解ければ、良い仕事を与える」というものだった。8分ないと解けないはずの問題をジョーン(キラー・ナイトレイ)は6分で解いて採用される。
▼莫大な予算をつぎ込んでいるにもかかわらず、解読の糸口すら見つからない。政府の別の部署では「研究所は金食い虫だから閉鎖せよ」と言う圧力もかかる。あるとき仕事が終わって居酒屋に行くと、ドイツのモールス信号を傍受している部署の女性が会話をして「自分が傍受している送信相手は女性であるに違いない」という。その証拠に出だしは相手の名前、次は日時、次はハイル・ヒットラー」だという。
▼暗号文もそれに違いないと巨大な解読器にインプットすると見事それは当たっていた。解読に成功すると、ドイツ潜水艦の位置はすべて分かった。内務省に相談すると、いま回避行動や攻撃をすれば「暗号が解読された」ことがナチスに知られてしまう。そのまま攻撃されるままに作戦を続ける。まさに山本五十六が撃墜されたときと同じ方法が取られる。あのとき日本軍は軍艦を沈められ暗号書を紛失する。アメリカ軍はそれを拾って写真に撮り、再び海に暗号書を流す。日本軍は「暗号は漏れていない」と「確信」してしまう。
▼暗号解読チームで解読されないふりをすると主張するチューリング、それを理解するのは内務省のトップだけ。解読チームに「今晩攻撃される護衛艦には親友が乗っているから知らせてくれ」と懇願されるが、それも無視される。この「エグニマの解読に成功していた」ことが発表されたのは戦後50年たってからだった。チューリングもある事件逮捕され「治療を受け、自殺する」しかし名誉回復されたのは、ずっと後になってからだった。国家の利益のためには個人・国民の幸せ、生きる権利は無視されるのは、国は違っても共通している。

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March 16, 2015

NHK「桜田門外の変」の謎~」再放送を見て現地に行く。

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(資源エネ庁前でスピーチする筆。Keitarouさんのツイキャスより)
▼先週月曜日の防衛省前の抗議で雨が強かったので風邪をひいたようだ。ま、花粉症はではないので、鼻水が出るのも風邪のせいではないかと思っている。雨で困るのはiPhoneとビデオカメラが濡れることだ。ビデオカメラは別の控えがあるが、iPhoneはない。壊れたら(水没)修理にはカネがかかりそうだ。それに雨にもめげず現場の様子、静止画像入りでツイートしても反応はほとんどゼロに近い。金曜日は5時45分頃から関電前で1時間、それから資源エネ庁に向かって2時間の抗議をする。3時間が体力の限界なので、そこでテツさんに挨拶して離脱する。気力の問題で動画は10分少々撮影しただけ、現場からのツイートもしなかった。
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(桜田門の外見、警視庁側から)
▼NHKで水曜日の夜に「歴史秘話銃声とともに 桜は散った~「桜田門外の変」の謎~」(1866年3月3日の事件)の再放送を見たが、かなり面白かった。わたしとしては忠臣蔵よりも、桜田門外の方が好きだ。一般的に小説などでは井伊直弼は「籠に乗ったまま突き刺されて殺された」というのが定説になってい。しかし「一発の銃声がした」という証言もあるのだ。
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(記念の石碑)
▼調べて行くとその短銃はペルーが持って来て将軍に献上したもののコピーであることが分かる。幕府への献上品を手にとって見る事ができるのは、「御三家」以外にない。つまりそれは水戸家の実力者、徳川斉昭だ。献上品はコルトネイビーの一種だ。鉄砲鍛冶に命じてそっくりに作らせ、グリップ外装は純銀、銃把は紫檀を使った豪華な拳銃で美しい櫻の花の彫刻が入っている。
▼詳しくは省くが、まず行列を3人が混乱させる。そこに竿の先に直訴状を付男、森五六郎が差し出す振りをして、隠し持った短銃で直弼の下半身を狙う。今でも籠に使われていた座布団が残されているが、出血した部分はごく少ない。弾丸は直弼の右大腿部から脊椎を貫いたという「検視記録」も発見された。、このとき直弼は下半身が麻痺してしまい、さしもの剣術使いも反撃できず、刺され頸を獲られてしまう。
▼前半は簡単に言うとこういう話だ。だがわたしは毎週金曜日、国会正門前に通ってはいるが、桜田門を潜ったことは一度もなかった。それで15日、日比谷みゆき座で映画を見たあと、桜田門を潜って来た。

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March 13, 2015

防衛整備庁とM14ライフルの事。

▼昨日iPhoneの画面を見ると「設定」の部分に赤いマークが点灯して、何やらダウンロードを指示してきた。システムだから「ダウンロード」が完了するまで消えない。ダウンロードすると「アップル・ウォッチ」との連携ソフトだった。そんな物は買うつもりはない。システムソフトは消せないので、阿漕なアップル商法である。
▼9日防衛整備庁新設に抗議する集会で火焔瓶テツさんがマニアックな事をお話ししているので、若干補足するYouTubeの(2)の14分36秒の部分をご覧いただきたい。ここでM14ライフルについて述べている。戦後日本は38式歩兵銃などは全部米軍に取り上げられ廃棄処分された。しかし朝鮮戦争などが勃発すると、自衛隊員は丸腰という訳にもいかず、新型銃を開発する必要に迫られる。
▼日本の銃器メーカーもなかったのでM1カービン銃の修理を担当した豊和産業(前身は豊田自動織機の関連会社)がその役割をすることになった。M1カービンとはTVドラマ「コンバット」のヘンリー少尉が持っていた指揮官用の寸法が短い、騎兵用小銃だ。M2カービンはゲバラが最後に持っていた銃で、M2には連発機能があるが、外見ではほとんど変わらない。小さな切り替えレバーば銃身の脇にあるだけだ。M1カービンの民間派生型猟銃がホーワM300で、1982年2月寸又峡事件で金嬉老が持っていた銃がこれだ。
▼日本の防衛省などは「武器は国産」が国是だったから開発を急いだが自動小銃は未開の分野だったから、発射速度がコントロールできない。そんなところにアメリカから「M14ライフル余っているから5万丁買ってくれないか」という話が持ち込まれた。慌てたのはホーワ産業と防衛省だ。第2次防衛力整備計画(単年度)で国産化を強調し、押しつけは断った。M14ライフルは4.4kgと重量があって、日本人が持つと銃本体だけで息が切れ、弾丸など300発も持って作戦や行進することは出来ない。M14ライフルは映画で兵士の葬儀などで、空に向かって空砲を撃つとき大体このM14になっている。映画「フルメタル・ジャケット」で、教官のしごき耐えかね、初年兵が口に銃口をくわえて自殺したのも、このM14である。
▼テツさんがお話しした「曲床銃」と「直床銃」については次回までのお楽しみに。

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March 12, 2015

311フクイチ事故の責任を追及する官邸前集会。

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(テントの前に座ってお元気のSさん)
▼日中忙しく、あちらこちらを歩き回った。歩き回ると、iPhoneの歩数計が作動するせいか、電池の減りが早いように感じる。頼まれて都税事務所に確定申告の書類を提出にいく。東武電車のガード下に数人の警察官がたむろしていた。行きは避けて通ったが、帰り道は「ちょと良いですか?」と引き留められる。「高齢者の交通事故予防の案内です」と言って、ティッシュペーパー、豆粒くらいの反射シール、それに反射携帯ストラップだった。お世辞にも美的感覚からかけ離れていたが、ありがたく頂いた。
▼午前中だけで7千歩。午後5時から首相官邸前で「3.11福島第一原発事故の責任を徹底追及する集会 」があったので参加する。その前に経産省前テント広場で、Sさんが座っていたのでご挨拶をする。昨年末「体調が悪い」ということで、たしか入院なさっていた。「お元気そうですね」とお話しすると「原発がなくなる前、死ぬわけには生きません」とニコニコわらっていらした。顔色もよいので体調はかなりよくなったと推測される。
▼首相官邸前集会は1時間で終了して、午後7時から東電本社前抗議に移る。関電前で月曜定例会のメンバーを待っていたが来ないので、東電前に移動する。そこで常連さん、ツイキャスを見せて貰うと、「有楽町九電前」はOさんが一人で頑張っているように見えた。昨今カウンターや右翼の攻撃があるので、「孤立させてはまずい」という判断で、いつものKさんと一緒に、有楽町駅前に急行する。すると心配する人数ではなく、火焔瓶テツさんがスピーチをしていたので、安心する。
▼そこから内幸町の関電前に移動する。わたしは仕事のプリンターのインクが切れてしまったので「青インク」を買って後から合流する。自分のスピーチが終わった瞬間、iPhoneを見ると家族から「体調が悪いので救急車を呼んでくれ」というメッセージが入っていたので、中電、資源エネ庁の抗議はお断りして辞去する。家族は多忙の日が続き、風邪をこじらせたようで、幸い今朝は持ち直している、

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March 11, 2015

11日は午後5時首相官邸、午後7時東電本社に行こう。

▼「東日本大震災から4年」というニュースが駆け巡っています。小林幸子の「別れたあの日も寒い朝、あれから1年たちました」という歌があります。作詞をしているのは「北国の春」と同じ、いではく氏で高校の先輩にあたる人物です。「北国の春」は「東北地方」を歌っていますが、実は長野県のわたしの出身地なのです。しかし高校時代までは春先に真っ白な花を咲かせる辛夷(こぶし)の存在はまったく気になりませんでした。しかし歌が流行ってから、古里の帰省して見る辛夷の花は、かなりまぶしく見えます。
▼安倍首相は国民にビデオメッセージを出したとNHKで報じています。本来ならば3月中には汚染水を止めるメドがたっていたはずです。しかしそれはあくまでも机上の理論だけであって、港湾はプールのような囲いがあった訳ではないので、「完全にブロック」ところか「全てスルー」していた訳です。首相はこの期に及んで「汚染水情報公開を徹底」と記者会見で言っていますが、この落とし前をつけて貰わなければなりません。
▼さらに今朝のNHKではガレキや放射能汚染物質の処理ができない。置き場がない事を報じていました。「中間貯蔵施設」という名前でごまかした、実質的な「最終処分場」が、住民合意のないまま次々「建設」されています。今朝の東京新聞には「手賀沼」から「花見川」にいたる千葉県の汚染地域が掲載されています。地元市町村の市会議員に聞いても「汚染調査をするよう要請しても自治体が動かない」というのが実情のようです。つまり自治体が調査すれば「自治体公認の数値」として認知されてしまうのが怖いのでしょう。何度も言いますが、該当地域にお住まいの方は、高性能の線量計を買って、自分の身は自分で守って下さい。
▼一番傑作なのは双葉町の「原子力明るい未来のエネルギー」看板を撤去する計画です。フクイチ事故以来、この看板は笑えないブラック・ユーモアになってしまいました。このスローガンに採用された人は、時々パロディで文字を自分が作ったモノと入れ替えて写真を撮影しています。
▼という訳で、本日は午後5時からの首相官邸前抗議から東電本社前抗議に参加する予定です。

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March 10, 2015

冷たい雨のなか、防衛装備庁新設に反対する集会に参加。

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(8日海保前で抗議のスピーチをするkenさんの動画から)
▼夕べは市ヶ谷の防衛省前で「防衛装備庁新設に反対する集会」があった。おりからの冷たい雨。小柳ルミ子の「雨」。「冷たい雨、雨、雨、雨。いまさら、あなたがこんなにいとしい。」中島みゆきの作詞で、わたしは中島みゆきのCDを持っている。家の前からバスと都営大江戸線を乗り換えて、市ヶ谷の防衛省まで行こうと思った。しかしダイアを見ると午後6時台はバスが一時間に2本しかない。仕方ないので最寄りのJR駅まで歩く。
▼火焔瓶テツさん主催の集会は午後7時半開会だった。というのはその前に辺野古問題で一坪反戦地主の皆さんが集会を開いていたからだ。ほどなく前の集会は終わり、残ったのは20名くらいになった。ブログをお読みのみなさん、ご存じのように日本の自衛隊は制服組が力を持ちつつあります。中谷防衛長官をして、「戦前の軍部がやったことを知らない」ととぼけています。中谷は防衛大学の出身ですが、何を勉強して来たのでしょう。それに新年の習志野空挺団「降下始め」の勇ましい写真が新聞紙面を飾りました。しかし、あれはそれからパラシュートで降下したのではなく、10mくらいの降下塔から飛び降りただけです。
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(9日防衛省前で抗議スピーチをする。Keitarouさんのツイキャスから)
▼そうやって制服組の力をアピールします。大体、防衛整備庁にしても、新しい利権構造を作ることが目的です。つまり自衛隊を退職した、将官の新しい就職先の確保が一番の狙いです。そのために「特定秘密法」があって、武器の価格は闇の中。大体オスプレイ1機が、イスラエルでは30億円。ところが日本では約100億円と3倍に増えてしまいます。その理由は明らかにされていません。それどころか復興予算15億円を流用して、自衛隊のヘリコプターを修理してしまう。
▼今朝のNHKニュースによれば阪神大震災の時に比べ、震災4年目で比較すると東北で仮設住宅から復興住宅に移れている人は、まだたった3%。阪神大震災の場合は40%くらいだったと言っていました。他人を犠牲にして防衛利権だけを増やすなど許せません。動画をご覧になれば分かりますが、火焔瓶テツさんは最後に動画を見ている人に訴えています。今行動しないと将来に禍根を残します。この場に来て一緒に抗議の声を上げましょう。ツイキャスでつぶやいて、一向に顔を見せないみなさん。PCに向かっているだででは世の中は、絶対変わりません。「あじさい革命」どうなりましたか?あの「革命」をフェイスブックを操り、裏でうごめいていたのはCIAだったでしょう。ツイキャス画面で叫ぶ時間があったら、最寄りの私鉄駅の駅頭で地声で訴える。それとも隣り近所の人に口頭で説明して下さい。その方が影響力は絶対に広まります。

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March 09, 2015

◇「妻の家路」を見る。

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(8日反原発大規模集会のあと『希望のエリア』の皆さんと記念撮影しました。)
▼金曜日は関電東京支社前の抗議から始まった。6時10分前に到着したとき、前のグループは立ち去るところだった。場つなぎで川崎のかたが、小さなハンドマイクを持参して喋っていたので、テツさん大型トラメガをお貸しすると時間を過ぎてもしゃべり終わらなかった。この日のビッグニュースは沖縄の辺野古でツイキャス中継をし絶大の視聴率を誇る、アツシ君が参加して、生々しい報告をしてくれたことだ。その様子の一端は海保前の抗議で分かる。そこで小一時間行動をして、経産省テント広場を激励してから正面玄関に向かう。ここは30分くらいで、海上保安庁抗議に向かう。余り大声で告知すると、警察に通行妨害されるので、三々五々海保に向かった。ここは9時10分くらいに離脱する。
▼土曜日は課題の映画を近場のシャンテシネに行く。◇「妻の家路」文化大革命下の中国。夫は大学教授だったが、「右派」と認定され、「下放」される。妻(コン・リー)は20年間じっと夫の帰りを待つ。一人娘はバレーダンサーとして育てる。それは抗日線を鉄砲を持って踊る、あれである。娘は踊りが一番上手なので、当然プリマドンナとして選ばれるかと思っていた。しかし、父親が「右派」ということで外される。
▼途中一度夫は脱走を図るが待ち合わせ場所の陸橋の下で官憲に逮捕され、それっきりになる。やがて文革は終わり、娘が迎えに出る。何か「話す事がある」というが、それは母親が、長い間孤独の辛い生活を送っていたので、過去の記憶を忘れて夫を認識できなくなってた。夫は娘を振り切って帰宅するが、誰なのかわからなくなっていた。そして昔出した手紙を持って引き揚げ船が入る場所に大きなプラカードに夫の名前を書いては出迎える。一度は再び引き揚げ者を装って上陸してみるが、夫の事は分からなかった。
▼次は配達されなかった大量の手紙を持ち込んで一通一通読んで聞かせる。しかしそれでも手紙を読んでいる時は良いが、夫と二人になると、「恐怖心」で怯える。それは夫が銃殺になるのを取りやめさせた代わりに、妻に言い寄った党幹部の存在があるらしいことが分かる。夫は怒って元幹部の家を訪ねるが今は行方不明。そして老いても二人は「戻って来る夫」の姿を求めて毎月5日に、岸壁に立ち尽くす。

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March 06, 2015

ツイキャス中継が新鮮に見えた日。

▼メルマガは毎月5日と20日の、月に2回発行をして、昨日で500号になった。むかし松本清張が、編集者に「どうして、そんなにたくさん小説を書けるのですか?」と聞かれたとき、「それは締め切りがあるから」と答えた。わたしも締め切り日がなければ、これほどたくさんの本を読むことはなかったと思う。
▼しかし現実には一般読者からの「投稿」はないので、「読者の反応」はほとんどない。実際にお目に掛かって、こちらから聞きださないと会話にはならない。年賀状に何か「一筆」書かれていれば、良い。いま原稿執筆で心かげているのは、「あらすじ紹介」にならないように、という事だ。映画もあらすじだけなら、ネットを探せば分かる。ビデオやTVと大型スクリーンで見る違いは、物語との一体感ではないかと常々思ってる。真っ暗な映画館で周囲との関係を断ち切られて、約2時間別の世界に入っていく。この楽しさは、スクリーンの魔力であると言って良い。
▼昨日二人のかたからメールを頂いた。一人は2ヶ月か3ヶ月に一度メールで情報交換をする方で、一通のメールで価値感を共有できる。もう一人は、時々お目に掛かってはいるが、メールは初めて。数日前に某所でお目に掛かったので、自己紹介がてらメールをお送りした。しかしその返事は、何か納得いかない事ばかり書かれていた。運動の渦中にいるものと、外部にい者の違いだろうか?
▼月曜日帰省したおり、軽井沢で九電と関電前抗議の様子をツイキャスで見た。150kmほど離れて見ると、普段目の前で喋っている人の姿が新鮮に見えて感動する。どうしてなのか考えて見た。つまりこの県は放射能でまったく汚染されていないと県民は思っているのだ。それはフクイチが爆発した直後の話である。アメリカでは東北から、この県までの農産物は「輸入禁止」に指定している。
▼マツタケやブルーベリーが名産だが、チェルノブイリ事故で証明されたように、これが一番危ない。だから原発はおろか、放射能汚染など存在しないと思っている人が圧倒的に多い中での「反原発」の話は新鮮なのだ。だがこの県ではそのツイキャスやYouTubeすら目にする人はまったくいない。事故が目の前で起きなければ「他人事」なのだ。

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March 05, 2015

長野県、市町村の8割は「消滅」の危惧

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(「テントを守ろう」と訴える渕上太郎さん)
▼昨日夜は第一水曜日なので再稼働反対全国ネットの抗議に向かった。月曜日は出席出来なかったので、会えなかった方々と話していると、得意先から電話の着信。「トラブルは解決したので5日は来なくても大丈夫」という話だった。はっきり言って助かった。木、金がとめどなく忙しい。
▼2ヶ所の抗議はそれぞれ150名を超えているので、妨害はなかった。テツさんは珍しくマスクをしている。風邪をひいた、との事。みなさん一様に「体調が悪い」と仰っていた。
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▼写真は帰省した前日の「信濃毎日新聞」3月1日号。限界集落は全国にあるのだ。この紙面の一位になっている市は人口約4万3千人。3万人前後と思っていたがHPにはそう書かれている。数人の人の意見をお聞きした。市の高低差が高く海抜600mから1000以上もある。だから水道、道路などのインフラを整備するにもカネがかかる。しかも大きな企業がないので、税収も就職先も期待できない。大きくはその二つらしい。しかもブランド農産物がない。古里への移住や空き家の提供がまだシステム化していない。etc,etc

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March 04, 2015

超多忙な一日でブログは大幅に遅れる。

▼某所のパソコンは寒くなると必ずトラブルを起こす。長野の行っている時は、ウィンドウズ7が動かなくなったので、サポートに電話したら「OSを上書きするように」と言われたという電話が掛かってきた。問題はそのPCを購入した時のインストールディスクを紛失してしまったことだ。昨日あちこちのPCショップに電話したら、「もうすでに生産中止」になっている、とのことだった。それでも購入したショップに行くと、「プロフェッショナルバージョンならある」という。説明を聞いてとくに問題なさそうだったので、それを購入して来た。
▼ところが先方に行ったら今までのHDDをすべて上書きしてしまった。幸い今までのデータはDVDに保存しておいたから良いようなものの、復元するための、アプリケーションソフトが必要になった。私鉄電車に20分乗り、最寄りの家電量販店に出かけた。ソフトを購入して戻ったのが11時半ころだった。それからまた3時間ほど悪銭苦闘が続いた。だがそれも1日では解決できず、翌日に持ち越しとなった。
▼第一水曜日なので九電・東電抗議にむかう。

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March 03, 2015

◇「女神は二度微笑む」を見る。

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(夜の軽井沢駅)
▼親しい方にはお話ししてあるが、昨日は急用で古里に日帰りで帰省した。チケット金曜日に買ってあった。しかしそれを事情で日時変更して貰った。ところが昨日の朝は長野新幹線「あさま」が停電で軽井沢までしか運行しなかった。のちにこれは長野県最大級の大停電になっていた。軽井沢でしなの鉄道に乗り換えると、親子4人連れ外国人観光客がチケットを見せて身振りで「この電車で良いのか?」と聞くので「Yes next staton」と応える。
▼一日中ひたすら待つ。午後6時近くに終了するので、到着時に連絡しておいた、高校時代の先輩と30分ほど話し込む。こういう時に限って遠方から「PCの調子が悪いので至急来て欲しい」という連絡が入る。軽井沢には、早めに着いたが一度時間変更をしてしまったので、1時間近く待つしかない。新幹線に乗り込んでからツイキャスを見ると、みんなが月曜定例会で九電前から関電前でスピーチしている様子が見えたのでエールを送る。テツさんもKさんも真剣な様子で訴えているのが、手に取るように分かる。体調はイマイチだったが午後10時に自宅に到着する。
◇「女神は二度微笑む」インド映画で2年前に、日本の地下鉄サリン事件のような事件が起こり200人が死亡する。(架空の話)ではその「毒ガス」を作ったのは誰か?ロンドン在住の主人公ヴィディヤは身重の身体で事件が起き、夫が行方不明になったコルカタ空港に降り立つ。夫の勤め先、高校時代通った学校、警察を聞き回るが「そんな人は存在しなかった」と突き放される。意気消沈していると、コルカタ警察の下級警官が親身になって同行してくれる。
▼そして夫は何やら「情報機関に勤めていたのでは…」という疑惑が持ち上がってくる。そこの元上司は彼の名前が掲載されている筈のファイルを検索するも「アクセス不能」と出てくる。なおも探ろうとすると自宅に押しかけて来た殺し屋に殺害されてしまう。それどころかヴィディヤにも殺し屋は迫って来て、地下鉄ホームの最前列にいたところ突き落とされてしまう、という悪夢が襲う。
▼もう手がかりはないのか?夫が下宿していた安アパートの少年のかすかな記憶が、その解決の糸口となっていく。そして暗黒組織のナンバー1で情報部に勤める男が帰宅してから職場のパソコンを、解析して闇の組織の一端が分かって来る。しかし、追い詰められたヴィディヤは…。4年前に行ったことのあるコルカタの猥雑な雰囲気はまるでその場にいるかのような気分になる。そして女神の祭りもわたしが行ったコルカタでは最高潮だった。
▼脚本が緻密で、独特のインドの踊りもなく、グイグイと見る者を最後まで引きつけて放さない。今年前半ナンバー1の力作と言える。主人公を演じるヴィディヤの美しさもまた唖然とする。最後のどんでん返しまで息をつくヒマもない。

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March 02, 2015

第59回原子力規制委員会を傍聴する。

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(会議が始まる前に原子力規制委員会で撮影)
▼金曜日は原子力規制委員会で東電の「安全文化」を聞く、だったので傍聴を申し込んでおいた。5時現地着で、5時半から会議が始まると、広瀬社長と姉川常務が出席。社長は各社と同様、できあがったばかりのパンフレットをパワポにして読み上げる。その様子は動画で1時間半撮影してあるのでご覧いただきたい。要点だけ言うと、東電は社員相互のコミュニケーションが必要だと考えているので、外注業者も含めて点数方式を採用して、上司が採点をするようにしている、という。
▼質疑では更田委員が「東電は必要な情報を早く出して欲しい。困ったら何のどういう点が困難なのか、早く原子力規制委員会に知らせて欲しい。中村委員は「文書の中に放射能という言葉がひとつも出てこないが、危険な事を分かっているのか?」。田中知委員は「核セキュリティはどうなっているか?」と、問い「イギリスの専門家に依頼している」と社長は答えた。続けて田中知委員は「広瀬さんはアメリカの大学で経営学を勉強しているらしいが、マネージメントの文書としては良くできているが、安全対策の面では不安が残る、と指摘。
▼田中俊一委員長をはじめ各委員からは文書はよく書かれているが、美辞麗句に終始しており、これが完全に実施されるかどうか、現在東電で起きていることと比べるとにわかに信じられない、と言った発言が多数だされた。
▼同席した姉川常務は最後まで一言も発言しなかった。広瀬社長は最後に「会社としては下請け業者に規定の賃金を払っているが、実際どうなっているか調べたい」と締め括った。という事は社長は8次下請けまであって、その人達は1万円以下の手取りしか受け取っていない事を知らないのだろう、と推測された。
▼その後地下鉄神谷町から一駅先の霞ヶ関まで歩く。ご一緒したUさんは全部徒歩だったが、反原連国会正門前で合流し、久しぶりにスピーチをする。最後で時間がなかったので二人一緒にステージに上った。
▼その後経産省前に行く。テツさんが前振りのスピーチとコールを終えようとした瞬間、通行人の暴力行為があり、40分ほど抗議は中断した。1日は経産省脇のテントに某団体が大挙して押し寄せた。これからこういう妨害行為が増えていくだろう。

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