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March 06, 2015

ツイキャス中継が新鮮に見えた日。

▼メルマガは毎月5日と20日の、月に2回発行をして、昨日で500号になった。むかし松本清張が、編集者に「どうして、そんなにたくさん小説を書けるのですか?」と聞かれたとき、「それは締め切りがあるから」と答えた。わたしも締め切り日がなければ、これほどたくさんの本を読むことはなかったと思う。
▼しかし現実には一般読者からの「投稿」はないので、「読者の反応」はほとんどない。実際にお目に掛かって、こちらから聞きださないと会話にはならない。年賀状に何か「一筆」書かれていれば、良い。いま原稿執筆で心かげているのは、「あらすじ紹介」にならないように、という事だ。映画もあらすじだけなら、ネットを探せば分かる。ビデオやTVと大型スクリーンで見る違いは、物語との一体感ではないかと常々思ってる。真っ暗な映画館で周囲との関係を断ち切られて、約2時間別の世界に入っていく。この楽しさは、スクリーンの魔力であると言って良い。
▼昨日二人のかたからメールを頂いた。一人は2ヶ月か3ヶ月に一度メールで情報交換をする方で、一通のメールで価値感を共有できる。もう一人は、時々お目に掛かってはいるが、メールは初めて。数日前に某所でお目に掛かったので、自己紹介がてらメールをお送りした。しかしその返事は、何か納得いかない事ばかり書かれていた。運動の渦中にいるものと、外部にい者の違いだろうか?
▼月曜日帰省したおり、軽井沢で九電と関電前抗議の様子をツイキャスで見た。150kmほど離れて見ると、普段目の前で喋っている人の姿が新鮮に見えて感動する。どうしてなのか考えて見た。つまりこの県は放射能でまったく汚染されていないと県民は思っているのだ。それはフクイチが爆発した直後の話である。アメリカでは東北から、この県までの農産物は「輸入禁止」に指定している。
▼マツタケやブルーベリーが名産だが、チェルノブイリ事故で証明されたように、これが一番危ない。だから原発はおろか、放射能汚染など存在しないと思っている人が圧倒的に多い中での「反原発」の話は新鮮なのだ。だがこの県ではそのツイキャスやYouTubeすら目にする人はまったくいない。事故が目の前で起きなければ「他人事」なのだ。

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