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April 30, 2015

「安倍演説」を持ち上げるNHKの体質とは。

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(カンペを使ってアメリカ議会でスピーチする安倍首相)
▼昨日はブログの「午後版」を急遽発行しました。理由は安倍のアメリカ訪問で,「NHKの同時通訳に誤訳がある」と言う指摘を外国在住の方からご指摘をいただいたからです。何度かメールのやりとりの上、NHKのHPと、ホワイトハウスの文章を比較掲載しました。
▼安部は自己紹介で「A級戦犯の孫だ」と紹介したといいます。ここに来てまた「強固な日米同盟」を夏までに成立させる」として「端の上塗り」をしようとしています。「先の大戦で痛切な反省」とも言っていますが、「謝罪」はしていません。先日のデモクラTVで斉藤貴男さんは「安倍首相はアメリカはに負けたと思っているが、中国・韓国には負けたと思っていない」と指摘していました。よく考えれば「従軍慰安婦」問題を無視したのも、東南アジアで海外進出をするとして「中国を敵視」するのもその一端でしょう。
▼アメリカに対してはポチになり、東南アジアに対して「蔑視」という考えは、福沢諭吉の「脱亜論」の域を一歩も出ていないように思えてなりません。
▼連休中の一日、どうしても古里に帰省しなければなりません。それは親戚一同が集まる「従兄弟会」が毎年この時期に開催されるからです。子や孫も集まるので総勢40余人になります。わたしが困ったのは北陸新幹線が全通したせいか、日帰りでもチケットが手に入らないのです。仕方なく行きは午前7時半発のJRバス。帰りはローカル線で乗り継いで帰って来る方法を見つけました。新幹線ならば1時間余ですが、バスはその3倍近くもかかります。

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April 29, 2015

日米会談でNHKが意図的な「誤訳」か?

NHKがまた何か日本政府の都合の悪い部分を変更した様子です。

これはNHKの公式記事です。
これです。⇒ 安倍とオバマの共同会見ですが、NHKがオバマの発言、同時通訳したものを今朝になりニュースで訂正しました。 同時通訳:辺野古については柔軟に対応したい 訂正:グアムへの移転を前進させたい

これ見ました。
こちらが昨日ホワイトハウスのものです。
とりあえず記者会見のやりとりで、オバマは「グアムへの海兵隊移転を進める」、安倍は「危険な普天間を辺野古に移設」と発言しています。

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◇「やさしい女」を見る。

▼路上に頭から血を流している倒れている若い女性,顔は見えない。パリで質屋の店を出している男は、日本の質屋のように客が持ってくる物を品定めして、相応の値段をつけ金を渡す。ある日、若い美しい女(ドミニク・サンダ)がやって来る。そして古いカメラを男の前にさし出す。「立派なカメラだ」と男が褒めると、彼女はそれをひったくるようにとって帰ってしまう。
▼次にやって来た時は、まったく価値のないパイプだった。男は「あなただから特別に」と高いカネを払う。女は評価の高い金額を黙って受け取る。3度目に来た時、彼女は男と初めて口をきく。不思議なことに男は冬の動物園で、女にプロポーズする。しかし彼女は「人を愛するのは不可能だ」と訴える。男は彼女に、世の中の女性はみな結婚を考えるのだ」と結婚を承諾させる。
▼結婚式は終り、彼の言いつけ従って、つつましやかな生活が始まる。ある日、常連客の老婦人が持って来たカメオに彼女がとんでもない高値をつけてしまう。そこから「俺の稼いだカネを勝手に使うなと、二人の間は険悪になっていく。さらに、常連客の男と彼女が親しげにしているのを見て、夫は激しい嫉妬に悩み、尾行する。そんな束縛される生活に嫌気を感じる。ある日の夜明け近く、彼女が夫のデスクに仕舞ってあったピストル取り出し、眠ったふりをする彼に銃口を向ける。だが引き金はひかない。
▼その後、彼女は重い病に陥り長い間、数ヶ月も寝込んでしまう。冬がきて、彼女はようやく病いから快復する。ある日彼は、彼女に、「パリを離れて別な場所で再出発しよう」と穏やかな表情で語るのだた…。途中、朝食でスープを飲む場面がある。彼は一匙掬って、口に入れる前に「フーフー」ふいて覚ましてから食べる。しかし彼女は覚まさずそのまま口にいれる。このシーンで分かるのは,あまりにも生活環境が異なる二人だった、という事をワンカットで表現している。自殺してしまった若い妻の死体を前に、夫は2年間の夫婦生活を振り返り、、夫婦とは、人を愛するとは何かを問いかける。ドストエフスキーの同名の短編が原作である。ドミニク・サンダはわたしのもっとも好きな女優で、この作品がデビュー作である。

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April 28, 2015

1日2万歩で仕事と抗議活動にあけくれる。

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(首相官邸前で日米ガイドライン改定に抗議する火焔瓶テツさん)
▼昨日くらいの気温になると外歩きも快適である。おかげで寝るまでに2万歩歩いた。朝は月末なので金融機関を回らねばならない。連休直前なので、どこも混雑していた。丁度隣の駅まで歩くと駅前に眼鏡量販店があった。サングラスと持っていた老眼鏡を超音波の3分クリーニングに入れる。時間がもったいないので、2個洗っていたら店員さんが「何かお手伝いしましょうか」とでてきたので丁寧に、お断りする。そんなこんなで半日すぎる。
▼夕方から有楽町駅前、九州電力東京支社前で「川内原発再稼働反対」の抗議行動を行う。今はショートリリーフだが一ヶ月の約束なので、きょうも含めてあと2,3回残っている。わたしにはトラメガもない、中継機材もないから頭を下げてあちこちの知人友人に協力してもらう。トラメガはK君が貸してくれた。中継は金曜日に近くで中継なさっていたCさんにお願いした。後でお聞きしたら都下M市から来て下った事が分かった。
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(九電前で抗議のスピーチをする人)
▼K君は始まる前に「お願いがある」というので「カネを貸してと、女性を紹介して以外の話なら聞く」と話す。すると「会社側と団交をするが、それをYouTubeで撮って流して欲しい」という内容だった。会社側が「撮影カメラOK」ならば大丈夫だと答える。
▼あいにく同じ時間に首相官邸前で「日米ガイドライン改定反対」集会が開かれていたので、こちらは少数精鋭だった。いつもデータ満載のスピーチをして下さるK女史からも「欠席連絡」が入っていた。少人数で話を引っ張らなければ1時間半ももたない。終わる直前にツイキャスに向かって「見ているだけでは世の中は変わらない」と積極的に行動に参加するよう訴える。
▼有楽町駅前から日比谷公園を斜めに突っ切って首相官邸前に向かう。動画にもあるが集会が終わる直前に到着した。火焔瓶テツさんのスピーチをご覧いただきたいが、「今晩も抗議ありがとう、と言われる筋合いはない。わたしはあなたのために抗議をしているのではない。自分自身のために来ている」と話しているのでお聞き頂きたい。

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April 27, 2015

24日『安倍晋三訪米直前!日米ガイドライン改定反対などに参加。

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(双葉町の看板の写真のスローガンを作った、大沼さんが、看板の撤去しないようにと訴えます。)
▼一斉地方選挙の開票がほぼ終わったようだ。わたしはいつの間にかあるメーリングリストに入れて貰っている。その中に候補者がいらっしゃるようなのだが、顔見知りではないので、毎朝どう挨拶してよいか分からない。とりあえず差し障りのない「おはようございます」というあいさつだけしている。そのうちの2人が当選なさったらしいが、どう挨拶してよいかわからない。とりあえず顔を知ってる一人にだけ「おめでとうございます」挨拶のツイートだけした。
▼わたしの関心事は埼玉県の小さな町で、数十年間町会議員選挙に無所属として立候補しているが、いまだかつて当選したことのない友人のことだ。2ヶ月前にお目にかかったときは「今度は絶対当選します」とおっしゃっていた。英語教師をなさっていた方で年齢はわたしより数歳上なので、今回最後の立候補になる。600票くらいで当選できるらしいが、前回の得票は370票だった。「万一落ちていたら」掛ける言葉が見つからないので、怖くて電話することもできない。4年間で300票の差を縮めるのはかなり難しいと思い。
▼金曜日は午後5時から参議院第二議員会館前で火焔瓶テツさんの主催する『安倍晋三訪米直前!日米ガイドライン改定反対!「戦争する国」絶対反対!永田町行動』があった。到着したのは5時10分過ぎだった。あえて参加人数は書かないが、みなさん日本がどうなっても良いと思っているのだろうか?前夜の首相官邸前集会よりもさらに参加者は少ない。わたしのメインテーマは「戦争反対」と「言論の自由を守る」だから、これがスローガンになっている集会はかなり無理しても参加するようにしている。
▼自衛隊がアメリカの使い走り(ポチ)となることで、いわれのない戦争に巻き込まれ、原発がミサイル攻撃されるなど戦争が現実的に迫って来る。あとは勉強してご自分の頭で考えて下さい。終わって国会議事堂を時計回りに、反原連国会正門前まで行って2番目にスピーチする。それから午後7時半に経産省前にたどり着く。ここでは『核も武器も新自由主義もいらない!抗議行動があった。途中で福島バッジプロジェクトのMさんにお会いする。月に2回ほどわざわざ千葉の館山からバスに乗って参加されている。「若い人がいたので火焔瓶テツさんやレオンさんのやっていることをしっかり見て、自分の頭でよく考えて行動するように話した」と仰って下さった。少々気恥ずかしくなるがとても嬉しい。
▼東電千葉支社の敷地内に放射性廃棄物を捨てる話。まだ近くにお住まいの皆さんどうなるかまったく心配していない。「決まったときには遅い」です。わたしのような運動に関わっていないかたから問い合わせがあった。「抗議デモをしたいが警察の許可が必要かどうか?」と。わたしは数人でプラカードやポスターを持って三々五々歩道を歩く分には、許可はいらない」とお答えする。「では友人と二人でやる」と言う力強い答えが返ってきた。

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April 24, 2015

チェルノブイリ事故から29年目に考える。

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(23日首相官邸前でスピーチする筆者,ビデオの地鳥り、いや自撮り
▼夕方会議があって電車と地下鉄を乗り継いで首相官邸前に到着したのは、午後7時半だった。この日は「日米ガイドラインと安倍首相の訪米に反対する」集会が開かれていた。iPhoneでツイキャスをチェックすると、火焔瓶テツさんがスピーチしている様子が伝わって来た。スマホもツイキャスも便利だ。どこで誰が何をしているかリアルタイムで分かる。しかしツイキャスを見ている方はそれを見て恰も自分が、その集会に参加したような気分になってしまう。
▼会議に参加した多くのみなさんは居酒屋へ繰り出す。しかしわたしはJRに乗り換えて、本八幡で都営新宿線→神保町→内幸町と急ぐ。いろいろやってみたがこれが一番早く、安い。徒歩20分くらいで首相官邸前に到着する。ホントは60年安保改定と匹敵するような安保条約の中身の改変である。あの時は数十万人が国会を包囲した。だがこの日首相官邸前に集まった精鋭は10数人。
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(集会中盤の様子)
▼火焔瓶テツさんも「安倍がガイドライン改定という、食糧自給率低下で奉仕する手土産を持って訪米しようとするとき、こんな事で良いのか」と訴える。世の中のみんな「ドローン」を肴に居酒屋に繰り出しているのかな?千葉の東電敷地内への放射線物質持ち込みも抗議行動の煙すらみえない。木更津のオプスレイも同様だ。隔晩はマニアックな話をしたらテツさんもそれを受けてマニアッな話になってしまった。動画の28分あたり。
▼夕べは池袋の公園で放射性物質がかなり高いと発表された。わたしの身の回りにも「体調が悪い」という人が結構おおい。もしかしたら放射能で免疫力が落ちている事が考えられる。「線量計くらい高くても買って持ち歩いた方が良い」と話しても耳を貸さない人が多いので、2度と注意を喚起することはない。目の前が「幸せなら良い」と思っている人に何を話しても仕方ない。
▼みなさん1986年4月26日はチェルノブイリ事故が起きた日だ。結果としてソ連は財政的に負担出来なくなって崩壊した。そして子ども達の心臓病が急激に増えたのは、その5年後からだ。いや大人だって様々な病気が増えた。政府の言う事をそのまま信じて死にますか?少しでも抵抗してから死にますか?テレビやツイキャスを見ているだけでは、世の中は決して変わらないことだけはハッキリしている。
▼きょうの東京新聞「こちら特報部」にドローンのコメント出している学者がいる。この人は昔日本学術会議の平和対策委員もなさっていた方で、むかし地雷除去ロボットの研究をしていたした頃、インタビューをしたことがある。

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April 23, 2015

見知らぬ人から励まされる。

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(4月23日有楽町、九電前で雨に降られて抗議をする。トラメガを担ぐのは筆者)
▼昨日もまさか雨が降るとは思わなかったが、念のため傘を持って抗議に出かけた。テント→日比谷公園→有楽町駅前、に到着したら降り出した。NHKに出演している気象予報士のIさんに「抗議電話」でもしようとしたら、今朝の放送で謝っていた。
▼日比谷に向かう地下鉄の中で一本のメールが届いた。メルマガをお読みの皆さんには最近号の編集後記で「お願い」を書いた。*メルマガはツイッターで繋がっている方には無条件でお送りします。HPの申し込みフォームでお願いします。お願いは東電千葉の敷地に放射線物質が保管(埋められる)という。千葉在住の皆さんは抗議に立ち上がって頂きたいと言う内容だった。メールを下さった方はメルマガは読める環境にない。年賀状の交換くらいだが、わたしが反原発運動を熱心にやっていることはご承知である。「もう黙っていられない。東電千葉の抗議行動があったら、参加したいので、日程を教えて下さい」という内容だった。
▼昨日は鹿児島地裁で再稼働禁止差し止め裁判は「禁止」の仮処分が認められなかった。これが裁判官なのかと聴く耳を疑った。九電前で抗議をしていたらある青年がわたしのツイッターアカウントで話しかけて下さった。今年20歳の青年で相互フォローの関係だという。3年前に何かしなければと思った。2週間前の関電前の抗議に初めて参加して会社側の人間の顔を初めて見て、「これが原発を動かす側の人の顔なのか?」と驚愕したと仰っていた。この方とは20分くらい「今後どうやって運動を拡げたらよいか」という様な話をした。
▼4年前の同じ時期は20万人の人が国会を包囲した。わたしはその輪に加わって感激し、毎週参加するようになった。だからこのお二人のような方に声を掛けていただくととても嬉しい。原発を巡る状況はそのときよりかなり悪化している。「ドローンからセシウムなど放射性物質が検出」と○カTVやバ○新聞は報道しているが、そんなレベルの放射性物質は日常生活に溢れている。だから皆さんいま立ち上がらないと、本当にあとで取り返しのつかない事になります。電力会社、原子力規制委員会に直接電話するか、ファクスを送って下さい。メールは読まずに捨てられます。どうか抗議活動に参加するか、直接声を届けて下さい。
▼わたしがスピーチするには本はたくさん読み、一日200ページか一冊で理論武装する。あとは貴重な情報を教えてくれる友人がいる。その友人asukaさんはいまはシンガポールに住んでいらっしゃる。3ヶ月ほど前に知りあいになって、専門家の立場から色々データを提供して下さるので、とてもありがたい。先日もシンガポールから学会でアメリカに移動する1万メートル上空の国際線の中からツイキャスをご覧になって応援して下さった。asukaさんの名前を出すことはご本人の許可を得ています。
▼声を出さない(出そうとしない)皆さん。いまこそ声を上げて下さい。日本中で安全なところなど何処にもありません。「しらない」ではすみません。(政府は隠して知らせない)だけなのです。
▼ドローンを使った世論操作も書きたいが紙数も執筆の時間もないので、明日にご期待下さい。今朝のツイッターには書きましたが、すでに20人くらいの方にリツイートして頂いています。
▼以下は経産省前で反原連の抗議行動の様子です。「雨や風で中止しないで決行して下さい」とメールを送ったら「決行」してくれた。

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April 22, 2015

◇「パプーシャの黒い瞳」を見る。

▼今朝のツイッターにフェニックスTVの記者に対する麻生の態度と、日本の記者の対応を批判するツイートをしました。
◇「パプーシャの黒い瞳」1910年。ポーランドの小さな町で、ジプシーの赤ん坊が生まれる。人形好きなだ若い母親は、その子に「パプーシャ」(人形)と名付けた。しかし呪術師は、「この赤ん坊は将来恥さらしな人間になるかもしれない」と予言する。
▼時代は1921年になる。まだ少女のパプーシャは、泥棒が木の幹に隠した盗品の中から、文字が印刷された一枚の紙を見つける。ジプシーたちは文字を「悪魔の力」と呼んで嫌っていた。しかしパプーシャは文字に惹かれどうしても勉強したいという気持ちを抑えられない。そこで自分の家で飼っていた鶏を授業料代わりに納めるから、「読み書きを教えてほしい」と頼み、学校で勉強が始まる。
▼だがある日、町の酒場で起きた揉め事で、ジプシーたちの馬車が焼き討ちされた。パプーシャには、それが文字を覚えた自分への天罰にだと思い込む。1949年に移る。ジプシーたちに混じって暮らしていた男は、何気なくパプーシャの口から出た言葉を耳にして、彼女の詩の才能に気付く。また時代は1925年に…。まだ15歳だったパプーシャは、父の兄に当たるディオニズィと結婚する。ディオニズィは単にパプーシャの美しさに魅かれたのだ。しかしパプーシャは遥かに歳の離れた父親のような夫を拒む。
▼そしてまた1952年になる。ポーランドではジプシーたちの定住政策が実施される。フィツォフスキはパプーシャの詩を、ポーランド語に翻訳して出版することを思いつく。これをきっかけに、やがてパプーシャは、ジプシー詩人として大きな注目を集める。しかしそれは彼女に対して幸せをもたらすことにはならなかった。
▼岩波ホールで上映中。2時間15分の長編、時代が輻輳し錯誤してかなり難解である。

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April 21, 2015

暴風雨のなか、九電と関電前で抗議行動を敢行。

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(九電東京支社前抗議の様子)
▼おはようございます。昨晩はまず九電東京支社前抗議に行きました。抗議行動には色々手順があります。昨日の場合トラメガをK氏から借りるための許可を得ることから始まります。夜間勤務もあるK氏は中々つかまりません。DMでもツイッターでも連絡がつきません。わたしたちの場合、最悪の場合に備えて電話番号の交換はしていません。連絡が付いたのは午後1時頃でした。連絡が付かなかったら自分でトラメガを買わなければと考えていたところでした。午後2時からは自宅居間のエアコンの清掃を専門家に頼んでいました。かなり丁寧な仕事ぶりで終了まで2時間余。
▼時間がなくなってしまったのでJRで有楽町まで行き、経産省テントまで日比谷公園を駆け足で突っ切ります。雨脚は強くなる一方。九電前に到着すると、参加をお願いしてあったWさんが「中止になったかと思った」とニコニコして待っていて下さいました。このままではトラメガが雨で濡れないよう、近くのコンビニで70リットルのゴミ袋を買って全体を覆います。ツイキャスで中継して下さる方が到着したので、照明とカメラがセットが完成と同時に抗議行動を始めました。
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(関電前抗議の様子)
▼わたしの場合レインスーツにポンチョを用意して行きましたが、横殴りの風雨が強くて効果はほとんどありませんでした。真冬ならとても耐えられる状態ではありません。しかしお彼岸を過ぎたので、何とか我慢できる雨水でした。でも有楽町駅前ではさすがにビデオカメラは回す事が出来ませんでした。帰宅したら足がむくんでいました。
関電前抗議の動画はこちらです。筆者のスピーチは30分あたりから始まります。ブルーのポンチョ姿です。
▼トラメガを担いで日比谷公園を移動中、テツさんにもしやと思って話したら同じ趣味を持っていて話しが弾んだ。とても楽しかった。

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April 20, 2015

追悼愛川欣也さん。

▼金曜日のブログを書いていたら愛川欣也さんの訃報が入って来た。わたしが愛川さんの報道に対するこだわりを知ったのは7~8年前のことになる。友人から「愛川欽也のパックインジャーナル」という番組がある」と聞いたからだ。当時は朝日ニュースター」の番組の枠内でたしか土曜日の午前11時から2時間の番組で、進歩的なジャーナリストやリベラルと思われる政治家が登場して、世相に切り込む大胆な番組だった。その番組の進行役が愛川欣也さんだった。
▼土曜日の昼頃は大体映画館に通っていることが多いので、すべて録画して見ていた。番組は一週間に4回くらい再放送されていた。その中で川村晃司さん、田岡俊二、内田誠さん等の存在を知った。その後4年前に朝日ニュースター突如番組の縮小が発表され、愛川さんは放送枠の縮小に抗議してインターネット放送として番組を引き継ぐ決意をする。愛川さんは自身目黒のキンケロシアターの一角にスタジオを作って一日も途切れることなく放送を続けた。
▼その放送が1年続いた頃、愛川さんは本業が役者なので、報道番組は中止して俳優と映画作りに集中したいと発表があった。わたしは愛川さんのこの3年間に作られた映画はすべてキンケロシアターに見に行った。「昭和の赤い灯」「黒駒勝蔵」などだ。番組に出演していたジャーナリストたちは驚愕jして、すぐさま自分たちで資金を出し合って会社「デモクラTV」を立ち上げた。わたしは参議院会館で開かれた発会式の記者会見にも駆けつけ、その様子はYouTubeにアップしてある。
▼最初は画像も安定ぜず音声も途切れる事が多少あった。しかし愛川氏の思いは彼らに引き継がれた。わたしは愛川氏の有料放送に切り替わってからは「会費」を払って視聴してきた。デモクラTVになってから、さらに2年間継続してきた。インターネット放送は免許制度ではないので、多少の資金と技術力があれば誰でもできる。だからこそ権力に対抗出来る唯一の放送手段である。愛川さんはその後半年前に、ご自身の放送を復活させたが、体調の悪化もあって途中で終わってしまった。
▼ということで口先で政府を批判する事は簡単だが、愛川さんのように身体を張って政府のやり方、311で原発はどうなっているか、事故直後に京都大学の小出弘章助教をスタジオに呼んで、解説してもらっている。民放の何処にも出来ないことを愛川さんは放送して警鐘を鳴らし続けていた。
▼権力に屈しない姿勢と行動力を愛川さんはわたし達に身をもって教えてくれた。

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April 17, 2015

「孤立と独善を戒める」という規制委員会だが?

▼15日に開かれた第三回原子力規制委員会の補足。高浜3号機4号機の行政不服審査だが、これはツイッターの文書を見ていただければ分かるが、原子力規制委員会が、国(福井地裁)に対して行ったものだ。辺野古の防衛省と農水省で明らかなように、行政不服審査とは立場の弱い国民が国に対して行うものだ。電力会社は四国電力などでお分かりのように、反対運動をしている住民に対して、億単位の巨額のスラップ裁判を起こしている。
▼一方住民は裁判をするにしても、カネも時間もない。泣く泣く裁判を取り下げるしかない。こういう無法が許されて良いはずはない。原子力規制委員会に戻ると、不服異議申し立ては第三回会議の議題4である。ところが第三議題は「原子力安全文化に関する宣言」であった。その「組織理念」の(3)に「透明で開かれた組織」という項目があり、「意思決定のプロセスを含め、規制にかかわる情報の開示を徹底する。また、国内外の多彩な意見に耳を傾け、孤立と独善を戒める」とあるが、第三議題と第四議題はまったく矛盾しているのだ。
◇「マジック・イン・ムーンライト」ウディ・アレンの最新作。1920年代のドイツ。奇術師の男スタンリーは舞台から象を消す中国人を演じている。舞台では拍手喝采を浴びるのだが、友人から「霊界と交信ができるマジシャンの女性ソフィがいるから会ってみないか」と進められる。「どうせいかさまに決まってい」と魔術師は高を食って会う、しかしソフィは、次々とスタンリーの過去や経歴を暴いて見せる。
▼最初は女のイカサマを暴く目的で接近した英国人の魔術師スタンリーだが不思議にあたるsフィのあまりにも見事な透視術に「もしかしてこれはホンモノに違いない」と思う様になる。ソフィに透視パワーがあると信じ始めたとたん、疑うことしか知らなかったスタンリーは人の言う事を素直に信じる男へと変わっていく。やがてスタンリーはsフィに淡い恋心が芽生えていく。
▼つまり信じられない事が、いやいままで信じる人間に出会えなかったから、こそ「運命の人にで会えた」と錯覚してしまうのだ。一度はプロポーズするのだが、スタンリーの親友が仕組んだ冗談だと分かると、ソフィから去っていく。スタンリーは作り上げられた「事実には興味はなかった」。このウディ・アレンが何かを無条件で信じる経験をしたからこういう脚本を書けるのだろう。つまるところ「恋愛とは自己の思い込みがなせる想像の産物」なのだ。マジックがあろうと手品、奇術があろうが関係ない。

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April 16, 2015

朝は規制委員会、夜は関電抗議で終わる。

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(原子力規制委員会会議室、開会前に撮影。Tの耳に念仏、15日東京新聞朝刊を持つ)
▼昨日は第3回原子力規制委員会の傍聴申し込みをしてあった。出かける前にクリニックに立ち寄り、間違えて持ち帰った傘を交換してくる。わたしの傘だけ残っていた。帰る時院長にバッタリ会ってしまう。
▼原子力規制委員会はいつもの時間に到着すると一番だった。前日に福井地裁の「高浜3号機と4号機稼働禁止命令の仮処分」がでたので、どういう対応をするか興味があったが「不服申し立てをするが、それは非公開でやる」という事を決めて散会した。いったいこの国の原子力規制委員会は国民の生命と財産を守るという思想がまったく欠如している。電力会社のための原子力規制委員会に成り下がってしまった。
▼夜は関電前で「有志連合」による。「関電は福井地裁の判決に従え」という抗議集会があったので参加する。YouTubeの録画ビデオは1時間なのでぜひご覧いただきたい。海外にお住まいの友人であるAさんは、お友達を誘ってビデオを視聴して下さった。
▼辺野古で基地建設反対運動をツイキャスで、日本中、いや世界中に拡散しているアツシ君の事を少しお知らせする。1日1万人くらいの視聴者がいたが、先日アカウントが使えなくなってしまった。おそらく何らかの組織が瞬間集中的にアクセスすると「使えなくjなる」「アカウント凍結」になってしまうようだ。カンパを下さった方はしばらくの間以下で視聴して頂きたい。

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April 15, 2015

キューバの「テロ国家解除」に思う。

▼天気が悪い日は医者が空いている。午前中いつものクリニックに駆け込む。1時間余で薬局まで終わり、正解だった。ただ傘を間違えて持ち帰ってしまった。一両日に交換に行かねばならない。
▼今朝の大ニュースは「アメリカによるキューバの制裁解除」だ。こうなった最大の原因はベネズエラの原油価格が急激に下がってキューバに安く援助できなくなってしまった。アメリカの経済制裁による慢性的な燃料不足に食糧不足。わたしは2年前キューバに行ったときある理由で「国を挙げて食糧自給率を上げよう」としていると感じた。
▼キューバは革命当時、カストロはアメリカとも対等の関係を続けようとしていた。ところが、アメリカ人の所有する土地を接収し始めてから急激に関係が悪くなった。革命する側から言えば、アメリカ人の持っていた土地を貧しい農民に分配することで支持を増やそうとするのは当然のことだ。
▼しかし世の中カネがすべてだ。日本を見ると日露戦争の資金を調達するため高橋是清は、イギリスにいって戦時国債を募集しようとしたが集まらない。結局アメリカを中心とした資本家から国家財政の5倍もの借金をする。それが払い終わったのは昭和61年のことだ。ポツダム宣言の14条を見れば分かるが、国家間の賠償は免除するが借金は返せと書いてある。で、アメリカは日本を空襲するときも、戦後借金を早く返せるように、重化学工業は爆撃しなかった。個人の借金はチャラにできるが、国家間のそれはできない。第一次大戦のとき、ドイツが負けてナチスが台頭したのは、その巨額の賠償金だと言われている。ポツダム宣言でも、アメリカはそのことをやんわりと入れて、各国に日本に大して賠償金を求めないように仕向けた。
▼キューバに行けばわかるが「アメリカの権利保護局」という実質上のアメリカ大使館がずっと存在していた。大きさは日本の外務省くらいだ。そこで難民問題や接収された土地の管理をしてきた。だからオバマがここで「テロ国家を解除」したのは、今でもキューバに利権を持っているアメリカの資本家の人気取りである。そして最初に書いたキューバの思惑が一致したのである。外資が入るとキューバは残念だが急激に普通の中南米の国になり、観光立国として生きて行くことになろう。

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April 14, 2015

長野まで日帰り往復、夜は九電抗議行動

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(懐古園入り口)
▼一ヶ月前に手術をした母の具合が少々悪い。日帰りで見舞いに行ってきた。ツイッターに詳細は書いたのでそちらをご覧いただきたい。病院に行くには軽井沢で「しなの鉄道」に乗り換える。新幹線「はくたか」を降りると横殴りの雪に出迎えられた。ビデオカメラは今回南側の八ヶ岳方面を向けたが、あいにく曇り空と雨で八ヶ岳はまったくみえなかった。
▼駅前に到着、面接時間まで時間があるので懐古園の桜を見に行った。詳細はビデオにある。続いて付属の動物園を見学する。月曜で休みかと思ったが大丈夫だった。むかしタモリが「家畜なんかがいてさみしい動物園だね」と言っていた。わたしの幼い頃は猿、熊、それにクジャクがメインだった。昨日もクジャクの檻を覗いたら中に涼めがたくさん遊びに来ていた。
▼終わって駅前の食堂Eという店に入った。駅の脇には洒落たレストランもあったが、東京で食べるより高価なので入らなかった。手早く食べられる天丼を食べたが、具にはふきのとうが入って工夫してあった。店の備え付けの「信濃毎日新聞」があって長野県議会でも共産党が躍進した」と見出しが躍っていた。母との面会の詳細はプライバシーなので省略。
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(雨の九電前抗議を続ける)
▼夕方から有楽町駅前の九電東京支社で抗議行動があるので、それに間に合うように戻らねばならなかった。何人もの人と連絡調整事項がたくさんあるのだ。長野は寒いと思っていたので冬支度で靴下は二枚重ねでゴム長を履いていった。東京は横殴りの強い雨なので、バッグからポンチョを取り出して身につける。
▼月曜例例会の主催者が「1ヶ月ほど休みたい」と仰っているので、交代してお引き受けすることにした。川内原発は近く試運転をすると言っている。しかも高浜、美浜、今朝は伊方も再稼働させようとしている。「破滅の道をまっしぐら」日本は人の住めない国になろうとしている。わたしは長野の往復で疲れているので午後7時に戦線を離脱する。
▼帰宅してCASをチェックすると「見て応援」している人達は「九電や関電の入っているビルを撮せ」など勝手な事を言っている。見て呟いているだけで、本当に世の中が変わるとでも思っているのだろうか?病気を持ちながら強い風のなか雨に濡れて抗議を続けている人達の立場になってほしい。今朝のNHKで内橋克人氏は先輩記者の教え「記者3訓」を紹介していた。その1、現場で自分の目で確認せよ。2は攻撃される側に立てだった。CASだけ参加のみなさんはどちら?

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April 13, 2015

◇「ギリシアに消えた嘘」を見る。

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(4月9日防衛省前抗議の様子。kenさん撮影の動画から)
▼10日金曜日は関電前から抗議に参加した。しかし雨は予想よりも強くなってきた。スピーチするときは傘を差せないので、ダウンのままで喋っていたら雨が身体まで浸みてきて寒くなった。さらに歯がガチガチいって震えが止まらない。このまま9時半までいたら身体が保たないと思ってテツさんや他の皆さんにお断りして午後7時で現地行動を離脱する。これは正解で、翌日寝込むこともなかった。
▼土日とも映画館に通った。
◇「ギリシアに消えた嘘」原作は「太陽がいっぱい」のパトリシア・ハイスミス。主演のヴィゴ・モーテンセンが好きなので彼が出演する作品は一応全部見ている。ギリシアを旅している中年夫妻。カネに不自由はしていないようだ。そこで団体行動からアメリカ人青年ライダルをガイドを雇って自分の好きな観光地を巡る事を考える。青年はアメリカのイェール大学を卒業したと言っているが、父親が死んだという連絡が来ても葬儀には出席していないので、母親から彼の行動を批難刷る手紙を貰っているので気が重い。観光地巡りではギリシア語が分からないのを良い事に抜け目なくチェスター(旅行客の夫)から手数料を抜いている。
▼途中縁起がよいという蛇のブレスレットを買う。だが妻のコレットはタクシーを降りるとき、ブレスレットを座席に落としてしまう。ホテルに戻って一休みしていると、ドアをノックする音がする。扉を開けると見知らぬ男が立っており、投資した損失を補填せよと迫って来る。だが相手が拳銃を抜いて脅すのでそれを振り払おうとして、相手を死なせてしまう。死体の処理に困っていると、先のライダル青年が忘れ物を届けにやってくる。
▼現場を見られたからには、青年を協力させて巻き込む意外にない。偽造パスポートを作ってくれと頼むチェスター。ギリシアの離れ小島からアメリカに戻ろうと考えたのだ。しかしバスを乗り継いで逃避行を続けているうちに、妻との気持ちが次第に離反していく。そしてカネの切れ目が縁の切れ目という状態に近づいていく。そして目にする新聞には二人の顔写真が掲載され、警察官は厳しい目を光らせて、絶対絶命に追い込まれていく。

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April 10, 2015

「辺野古の新基地建設反対」防衛省抗議行動に参加する。

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(防衛省前抗議の様子、左火焔瓶テツさん)
▼昼から某所の取材。まったく行ったことのない場所に出かける。「12時20分の○○○行きのバスに乗って終点でおり、下記の携帯番号に電話せよ」というメモがあるだけ。土地勘のない場所をバスで行くのはとても疲れる。インタビューは1時間。作業場で立ったままの聞き取りだったので、これも疲れた。大体駅前に着いたとき、1時間に1本しかないバスに乗るには、手早く食事を摂らなければならない。この駅前の「カツカレー」だったがこれも極めてまずかった。相手の人はとても親切な人で会話は途切れることなく進んだのでよかった。
▼夜は市ヶ谷の防衛省前で『辺野古の基地建設に反対する抗議行動」があった。疲れていたが午後6時からの行動に参加する。昼間は暖かくして出かけたが、風が冷たかったので、さらにシャツを増やし、ネック・ウォーマーと手袋を持参する。前回の時は防衛省の正門四ッ谷側には右翼が押し寄せて罵詈雑言を投げかけていた。しかも雨降りでとても寒かった。今回は右翼なし、抗議が始めると警備の警察からはトラメガの音量が大きいと、付近の住民や、防衛省の仕事に差し障るので小さくしてくれ」とい趣旨の申し入れがあった。
▼そんなこともあって抗議は2時間半だった。抗議の最後尾には白いマスクをした公安が配置される。抗議が終わると何処にいたのか7,8人の公安が一斉に出て来て、参加者のチェック(人体=にんてい)をしていた。反原発や経産省、海保と違って国家権力が直接絡んでくるので、それだけ厳しいのだろう。こういう気持ちはツイキャスを見ているだけでは味わえません。
▼現場から二度写真入りでツイートしたが、アツシ君登場にリツイートは増える。帰り支度をしていたら海外に住んでいる友人が見ていて声を掛けてくれたその国では日中が31度。夜でも28度だと言っていた。抗議の動画はこちら。

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April 09, 2015

第二回原子力規制委員会を傍聴する。

▼冬が逆戻りしたような昨日、ダウンジャケット、防寒ズボンを引っ張り出す。さらに手袋、ネック・ウォーマーで六本木の原子力規制委員会の第二回委員会(新年度になったので)の傍聴に出かける。バスの連絡が悪く、地下鉄は遅延していで一般受付に到着したのは10時02分。IDカードを貰って13Fの会場に急いだが、一般人はわたし一人だったのでガックリ。雨降りで寒いなか、わざわざ六本木のファーストビルまで傍聴にきたくはない。家のコタツに潜ってTVを見ていた方がよっぽど楽だ。
▼しかしそうやっていて原発が再稼働しなければ言うことはない。さらに辺野古の米軍基地建設が止まればよい。しかし現実には逆の方向の事が着々と進んでいる。あえて言えば、ツイキャスで電力会社に口を極めて悪罵したり、罵詈雑言を投げつけても、相手は何とも思わない。抗議メールも同様。わたし個人で言えばDM、CMメールは開かずに削除している。ツイキャスの画面で叫んでも電力会社や政府はガス抜きの場になっていると感謝しているだろう。
▼一回でも良いから原子力規制委員会の傍聴に申し込んで、抽選に当選したら会議場で、新聞TVですでに顔なじみの委員に向かって不規則発言をしてみると良い。一声でも叫んだら警備の職員がすっ飛んできて「会議中です。静かにして下さい」と、あなたの目の前に立ちはだかる。もしも繰り返したら、退去させられ、次回から傍聴を拒否される。繰り返して言うがPCの画面でいくら叫んでも意味はない。
▼ではどうするか?PCの画面ではなく、実際に肉筆で電力会社に手紙を書く。夜中でも沖縄の防衛施設庁や海保に直接電話をする。わたしの身の回りには、現実の抗議に参加して、なおかつ現地に電話をしている方がいらっしゃる。ご自分の身を安全な場所において何を叫んでも意味はない。
▼昨日の原子力規制委員会は安全審査の手続き問題がほとんどだった。ところが議題が終わった11時44分頃いつもの悪い癖で田中俊一委員長が口を開いて「美浜3号機の稼働審査を早めろ」と発言したのには驚いた。問題は原子炉下にある地層が活断層かどうかが焦点になっているが、それを無視しろと言ったのだ。石渡委員はそれに批判的な態度を取っていたが、マイクが回っても今までの慎重から「異存はない」という姿勢だったので会場からヤジが飛んだ。これはわたしが撮影したビデオに声が入っている。原子力規制委員会でも公式ビデオを撮影しているが、議場の記者席より前の撮影場所にいるので、ヤジの音声は入っていない。美浜3号炉の問題点は本日の東京新聞1面に掲載されている。

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April 08, 2015

「中島みゆき」と美浜原発のCMソング。

▼冬に逆戻りしてしまった。NHKの気象予報士の伊藤みゆきさんも、「クリーニングに出し忘れたダウンを着て着た」と言っていたがわたしも1枚は残してあったので、それを着て六本木の原子力規制委員会に出かける。反原発派の傍聴も2~3人しかいない。原子力規制委員会も「飽きっぽい連中だ」と思っているに違いない。要するに彼らは「何をやっても効き目がない」と諦観を持たせるのが目的なのだろう。
▼3月20日の関電前抗議では、わたしは関電と中島みゆきについてスピーチした。なぜ戦前に黒部ダムを作る調査が始められるようになったか?関電は戦後高度経済成長で電力が不足して計画停電を週2回以下にしようとしていた。2002年の紅白で中島みゆきがトンネルの中で「地上の星」を唄ったとき、関電は60人の社員を配置して放送を万全の体制バックアップした。中島は放送が終わったあと、急にここに泊まりたいと言いだし、場所を作り今もそこは「みゆき御殿」として残されている。
▼2011年に中島は「糸」という曲で関電のCMを唄うようになる。1本は黒部ダムをバックにしており、2本は美浜原発をバックにしている。中島はかなり映像に厳しい人手CMはおろかミュージックビデオも細かくチェックしているので、自分の歌がどういうシチュエーションで使われているか知らない筈はない。
▼わたしは初期の「タクシードライバー」が好きなのだが、最近はときどき「鼓舞」するような曲が出て来ている。これは見方によれば「行進曲」や「動員」にもつながる。わたしはこの日「紅白の動画」をiPhoneに入れてご紹介した。喋ってもツイキャスを見ている人は意外にすくないこ都が分かった。

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April 07, 2015

◇「間奏曲はパリで」を見る。

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(月曜定例会、九電前スピーチ風景)
▼月曜定例会で九電東京支社前抗議に出かけた。当初参加者が少なかったので1回目は簡単に済ませて。2回目は「日本電力戦争と権益…」の内容を話そうと準備をしていった。ところが話を始めたら「原発容認派を自認する女性がやってきて、参加者と大声で話を始めた。結果として大声で話し女性の声に邪魔され、ちゃんと話しが出来なかった。来週暗記してきちんと話そう。
◇「間奏曲はパリで」フランスノルマンディ地方に住む50代後半の夫婦、ブリジット(イザベル・ユペール)とグザヴィエ(ジャン=ピエール・ダルッサン)は、酪農家として生計を立てている。仕事は順調で、手塩をかけて育て牛は地方で「金賞」を受賞する程の腕前だ。しかし一人息子がピエロになるための学校に入ってからも、二人で穏やかで平凡な毎日が続いていた。唯一心配のタネは胸に湿疹ができてなおらないことだ。
▼妻のブリジットは生活に何か変化をもたらそうとしても、仕事一筋で無骨な夫は無関心だ。そんなある日、パリからやって来た若者の誕生パーティが隣家で開かれ、マッチを貸して、ローソクを貸してという事に応対しているうちにパーティに参加すると魅力的な若い男性と知りあう。そして湿疹の治療と称して義妹に紹介してもらったとパリ皮膚科に出かける。
▼しかし夫が妹に連絡すると「皮膚科はすでに廃業しているはずだ」という。心配になった夫は近くに住む牧童に牛の世話を頼んでオンボロ車でパリまで出かける。妻の泊まっているホテルを突き止めると、何やら知らない男と一緒にいる姿を目撃してしまう。すぐ妻の前に出て突き詰めようとしたが、思いとどまり一人息子の芸だけ見学して一人牧場に帰ってくる。留守をしていた牧童にそのことを訴えると、「あなたが若い頃浮気をしていたとき、奥さんは泪を流して我慢していた。突き詰めてはいけない」と諭す。パリで2泊した妻を出迎え、レストランで食事をして治療の方法を聞くと「イスラエルの塩湖」が良いと聞いたというので、奮発してイスラエルの旅をプレゼントするのだった。
▼ジャン=ピエール・ダルッサンは「サン・ジャックへの道」で初めて見たがホントに上手い俳優だ。映画は18禁で、濃厚な中年のラブシーンでもあるかと思ったが、それは牛の出産シーンだった。

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April 06, 2015

金曜は取材終了から執筆完了まで2時間

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(3日農水省前抗議、テツさんからトラメガを引き継ごうとしている筆者)
▼金曜日は仕事で歩き回って、5時40分農水省前に到着したとき、既に1万歩を超していた。元気みなぎる皆さんは海保、「自衛隊は軍隊」発言に抗議して首相官邸などに10時過ぎまで抗議に回っていたようだ。本当煮お疲れS様でした。わたしは8時過ぎに離脱したが、それでも1万6千歩になった。土曜日は前日の疲れが残っていた。しかし日曜日の天気は悪そうだったので墨堤の桜撮影を午後から挙行した。浅草まで歩いて都営地下鉄線で東銀座に出る。角川シネマで見たい映画があった午後2時50分の上映開始ギリギリに到着する。
▼日曜は校正に原稿執筆。そのほか様々な連絡の電話が入る。毎日曜日夕方からの校正はかなり心理的な負担になっている。金曜日は午前10時に歴博の取材があり、午後4時には原稿を書き上げ内部チェックを終える。4時半には家を出ないと夕方の抗議に間に合わない。校正でミスを2つほど見つけてだめ押しをする。本当は校正でこんなに直してはまずいのだが、取材から執筆まで、時間の制約があったので仕方ない。締め切りは木曜日ですでに過ぎている、原稿は大至急かかないと、次号に掲載していたのでは、行事が終わってしまう。

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April 03, 2015

◇「カフェ・ド・フロール」を見る。首相はバカか?

▼昨日「爆笑問題」の太田が「安倍首相はバカだ」と連発したことに対して、安倍は「首相をバカと呼ぶことは許されない」とか「首相をバカ呼ばわりするやつは日本から出て行け」と言ったとツイートされている。わたし達の仲間は国会抗議のとき大体同じ言葉を使って首相を懲らしめている。大体お笑い芸人が言った言葉尻をとらえて、向きになるのは大人げない。首相こそ、早く日本から出て行って欲しいものだ。大体安倍は外遊好きなのだから、もうシンガポールあたりに、永住して寝ていてもらいたい。
◇「カフェ・ド・フロール」モントリオールに住む、二人の女性が主人公だ。一人は世界を飛び回って活躍するDJと熱愛中の女性キャロルで、娘二人と暮らしている。だが離婚していまのDJをしている男性と同居しているが、理想の男と信じて別れた前の夫の事がどうしても忘れられない。一週間交替で娘は元夫と、自分が恋しているDJの家を行き来する。おそらく裁判所の裁定の結果なのだろう。しかし娘は、今の夫の元に行くのを次第に嫌がる。
▼もう一人はダウン症の子どもローランを出産した。産婦人科医は赤ちゃんがダウン症の症状を持った子どもを出産した事を伝える。夫はあ「完全介護の施設に預けるべきだ」と主張するが、妻(バネッサ・ファラディ)は、「愛する自分の子どもはどんな事があっても自分の手で育てて見せる」と宣言し、夫とは離婚する。それから女手ひとつで苦闘が始まる。だが彼女はくじけない。バネッサは容貌もうすよごれた下町に住む叔母さん。しかもオンボロのアパートに住んでいるので、彼女とは後になって気づいたほどだ。
▼学校に行ってからお好みの「彼女」が出来るが、その家族からは授業に集中できないから「転校してくれなか。費用はこちらら、持つから」と申し入れがあるが断固「普通の学校で息子を教育させる」とはねつける。結果ガールフレンドは転校する。しかし家では落ち着かない息子との格闘が続く。
▼最初のキャロルは神経症を病み、事故にあうという妄想にとりつかれる。それでマリファナに手を出すが、娘たちとの関係を取り戻すなかで、ようやく薬物依存から離脱する道を選ぶ。やはり自分の選択は間違っていたと気づくのだった。
▼これから8時半の電車に飛び乗って取材だ。では、また来週。

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April 02, 2015

大成建設早朝抗議から、農水省前の夜間抗議に終始する。

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(新宿大成建設前早朝街宣)
▼昨日は新宿の大成建設東京支社前で「辺野古の埋め立て反対」緊急抗議行動、朝の街宣があった。入社式があるというので、それに合わせた抗議だ。最初はビデオ撮影だけ頼まれていたのだが、現地に8時半に到着すると、発言する人も少なかったので、スピーチもすることになってしまった。その間ビデオはバッグをクッションにして地面においた。ここでは、前回の10日ほど前に来たスキンヘットの、一見右翼風の男がまたやってきて「中国が攻めてきたらどうするんだ」とスピーチしている男性に30cmくらい近づいて文句を言って、ビルに駆け込んだ行った。参加者に聞いたら「おそらく会社からカネを貰ってやっているのっだろう」という話だった。約1時間の抗議が終わり、せっかくなので、北の丸公園千鳥が淵公園によって桜をビデオ撮影してきた。ビデオカメラは説明書にない使い方をしていたら1時間で撮影が切れてしまう。
▼「説明書にない」とは大容量の外部電池を使っている。これを使えば何時間でも(理論的には)録画することができきる。しかしそれも1年間もやっているので、ロックがかかってしまった。このビデオは2012年12月に購入したが、軽くて取り回しが楽だ。約2万円と格安だったが、今年いっぱいは騙し騙し使わないと、元が取れない。天気が良かったので、千鳥ヶ淵からJR飯田橋まで歩く。
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(農水省前、火焔瓶テツさんもタブレットを購入ツイートをしている)
▼夜は農水省前抗議があった。一休みして体制を整えてから、雨空だったので合羽をきて出かける。林農水大臣はそもそも自主性がない。翁長沖縄県知事が「申請通りに工事が行われているか調査してくれ」と防衛大臣に訴えたのに、のこのこ農水大臣が出て来て「訴えを却下する」など論理的におかしい。寒い雨空の下だったがご高齢の女性など30人くらいが農水省前で2時間ほど抗議をした。抗議をしている間農水省には「寿司」桶が何度も運び込まれて行った。新入職員の歓迎会なのだろうか?「食糧が足りなくなったらタロイモを食えばよい」という農水省なのだから、タロイモで十分ではないだろうか?そういう話をして来た。
▼しかし帰宅してTVを見ると日本は「幸せでノーテンキな国」にみえる。フクイチは放射能汚染水対策が出来ずに大変なことになっている。国会では安保法制墾で戦争する国になろうとしているのに、国会前まで来て声を上げようとする人はほとんどいない。
▼明日も早朝から取材で終わったらすぐ記事を書かなければならない。ブログを書く時間があるかどうかまったく不明。筆者の情報を知りたい方は「ツイッター」をご覧下さい。一日10ツイートくらいしています。

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