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July 31, 2015

言論の自由がない会社(含む社会)に未来はない。

▼猛暑が続く。房総半島の某地域の駅前広場に近い場所に「プロレタリア作家」の記念碑が突如建てられた、という。それも私財を数百万円もかけて。わたしは大昔それらの本は数冊読んだことはあるが,今はまったく興味がない。建立した方は生きているうちに何か世の中のためになることをしたいと,お考えになったようである。守銭奴のような政治家が溢れているなかで、頭の下がる思いである。
▼ある人物はご自宅にご母堂がお買い求めになった、上記作家の全集を後生大切にしまってある、らしい。夫君からは「そんな役に立たないものは捨ててしまえ」と言われているが,捨てるに忍びないらしい。わたしの職場の先輩(もう10年ほど前に他界している)その作家のファンだったらしく、長女(もう50才くらいだと思う)にその作家の著名な作品のタイトルと同じ名前を命名されている。
▼本は捨てられるが名前は捨てられない。「自分はこの名前が大嫌いだ」と、たとえ裁判所に頼んでも「改名」はかなり難しいだろう。時代は変わる、流行も変わる。思想も時代とともに、その実体は変化していく。一例が「ロシア」→「ソ連」→「ロシア」→「CSI」。中国も実体は「自由経済」で中国共産党も,指導部とは名ばかりで利権集団になって腐敗が進んでいる。つまるところ一党独裁になった国は一様に同じ運命をたどっている。ベトナム共産党、朝鮮労働党しかり。キューバは今後大丈夫かな?
▼一党独裁で「命令」さえ出せば国民は付いて来るのだから、これほど楽な支配体制はなかろう。だが権力が集中した組織に腐敗はつきものである。卑近で一番良い例が東芝の「粉飾決算」事件だろう。この「言論の自由」が失われた、ソロバン勘定だけで動く会社には原発を作る資格も、ロボットを作る資格ない。

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