« 「いまここにある、危機」を考える。 | Main | 高原野菜は深夜に収穫される。 »

July 25, 2015

▼猛暑の佐久平からのレポート

Img_1962
(帰りの高速バスの窓から見る八ヶ岳、右端は蓼科山)
▼猛暑の佐久平である。この地域は高原でかつ火山灰地で水はけがよいので、昔から葡萄の栽培にてきしていた。それも巨峰の産地だ。ところが軽井沢に暮らしていたエッッセイストの玉村豊雄氏がこの地に目を付けて引っ越して来てワイナリーを作ってからレストランは大人気となって、首都圏のお金持ちが高級車で押し寄せ、「ベンツ通り」ができている。
▼そして将来自分でワイナリーを経営しようという若者たちが、研修と仕事に押し寄せているという。中でも「夕陽を見ながらのディナー」がカナリ人気だという。
▼叔母の葬儀はいろいろあって僧侶も戒名、焼香もないものだった。最初に島崎藤村の「母を恋ゆる歌」というプロの録音による朗読があった。この藤村の詩は初めて聞いた。そして動画の中に故人も気に入った写真を取り込んだ過去を振り返りながら、生き様を振り返った。
▼あとは菊ではないカーネーションなどの花の献花があった。読経も会社関係者の挨拶がないものよい。ただ弔電の紹介はみんな国会議員だった。この地域も「選挙制度改革」で「減区」になるようでみんな必死なのだ。「お別れの会」は全部で40分くらいだった。
▼その後の「お斎(とき)の席」のという会食会がある。このとき喪主である従姉妹から「献杯の音頭」を頼まれる。もう自分もその年代になってしまったと感じる。母の弟さんも88歳で健在なのだが、もう外出はしなくなってしまった。大役だがどうやら役割を果たせた。
▼会食ではお酒をお酌して回る。喪主の従姉妹のところにいったら「何か国会にいっているらしいが何をしているのか?」と聞かれたので「戦争法案」の説明を手短にする。「子どもや孫たちが兵隊にして引っ張られる」と話すと「それは大変だ頑張ってくれ。オレ(この地域の年輩の女性は自分のことをこういう。以下品のない話しだが実話なのでガマンしてほしい)は従軍慰安婦くらいしかできないが…」という。わたしは彼女にあなたの年齢では無理だから、反対するほうが良いと話して分かれる。
▼という事で現地を6時28分のバスで出発して、池袋には午後10時着になります。


Duke(iPhone)

|

« 「いまここにある、危機」を考える。 | Main | 高原野菜は深夜に収穫される。 »