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August 13, 2015

「1★9★3★7」(辺見庸)の続き

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(スピーカースタンドの変換ネジ拡大図)
▼昨日は何故か朝からアクセス数が上がっていた。午後気づくとツイッターの変なDMグループに編入されていたので、すぐ脱会。夜沖縄のヘリ墜落でコメントしたら、「いがかり」をつけられたので電源OFF。護法、虚報は大手メディアの方が圧倒的に多いので、そちらに言って頂きたい。「いいがかり」や「難癖」はコミュニケーションにならないし、相手をしても時間の無駄なので、即時ブロック。
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(スーツデモの人達による九電前抗議)
▼夜は九電前に出かけるも、運営や発言になれていない人が多かった。スピーカースタンドは最初水平にしていたら、いつもの飲み屋の親父さんがクレームを付けてきた。スピーカーはスタンドから外して垂直に担ぐようアドバイスをする。スーツ姿で蒸し暑い中ご苦労なことだと思って見ていたら、しばらくして垂直に据え付けるネジアダプターを持って来た。これさえあれば、重いスピーカーを長時間、担ぐ苦労はなくなる。メーカー製なのか調べて貰っている。
▼「1★9★3★7」(辺見庸)の続き。タイトルの★は原作のタイトル通りの表記である。この連載が始まったころ、辺見は「少年の頃空気銃で雀を落とそうとしたが、下手でどうしても当たらなかった」と,書いていた。ところが父親が「貸してみろ」と言って雀を狙う目は鬼気迫っており、怖いほどだったと言う。そこで父親が中国で「敵」を狙っている姿を想像させる。
▼最終回では米軍機による無差別爆撃で東京は10万人がのが焼き殺された。罹災者はざっと100万人で,見渡す限りの焼け野原になった。その爆撃の8日後天皇がピカピカに磨き上げられた長靴で何故か大きな勲章をつけた軍服姿で「彼」は「行幸」で姿を見せる。深川富岡町を偶然通りがかった,堀田善衛はその姿を見て仰天する。
▼さらに廃墟となった焼け跡を片づけていた人々は鳶口や円匙(スコップ)を前に置き、しめった灰のなかで土下座をした。そして涙を流しながら「わたし達の努力が足りません,むざむざ焼いてしまいました。申し訳ない,生命をささげまして、といったことを小声で口々に呟いていた、というのだ。(以下長いので要約する)
▼辺見は言う。いま日本と日本人は戦争の加害者ではなく「被害者意識」をもって(もたされ)いる。官民あげて歴史の大胆かつ危険きわまる書き換え、侵略や傀儡政権樹立、大量殺戮、強制連行などの負の歴史の消去と忘却されている。
▼日本はかつてなんとなくそうなってしまった戦争に巻き込まれ、何となく兵隊になり、なんとなたくさんの人を殺すことになり、いつのまにか原爆がおとされ、気がついたら戦争が終わって焼け野原になっていたのだろうか。安倍政権誕生、秘密保護法、武器輸出三原則変更、防衛装備移転三原則、憲法がいつのまにか有名無実になり、いつのまにか戦争法案が可決されることになっていた。こんなことで良いのだろうかと,疑問を投げかける。
▼わたしの疑問はいわゆる左翼の人達の反戦運動というのが「被害者」だけの運動になっていて、「加害者」の歴史を葬り去っていることだ。これは家長三郎さんの著書でも再三指摘されていることで、しっかり考え直さなければ、再び、日本は三度戦争の道を歩くことになるだろう。

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