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December 23, 2015

「私の1960年代」山本義隆著を読む。

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(「私の1960年代」表紙)
▼先日故郷へ高速バスで日帰りして、池袋で電車に乗って驚いたJR社内は「有馬記念一色」に染まっていた。それから数日して別の競馬行事、さらに新橋駅前広場は宝くじを買うために並ぶ人で溢れている。みんなお金がないから、そういうところで「一山当てよう」と狙う。わたしは「当てる」自信がないから並ばない。
▼先週の集まりで「最近はクリスマスが近くなってきても、クリスマスソングが聞こえない」と呟いた人がいた。そういえば「ジングルベル」も「聖この夜」も聞かない。山下達郎とかユーミンの曲だけがTVから聞こえてくる。わたしはこの時期バッハの「クリスマス・オラトリオ」と「マタイ受難曲」を聞くが、まだロ短調、ルカが残っている。手持ちのCDを聞く分には一切お金はかからない。
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(四電前で抗議のスピーチする火焔瓶テツさん)
▼夕べは、丸の内の四国電力東京支社の抗議に出かけた。世の中の原発は次々再稼働を決める。そして福島では「もう住民が住む20平米しか除染はしない。山も除染はしないと「宣言」したが、反原発抗議行動の参加者は減る一方だ。原子力規制委員会の傍聴も、六本木ファーストビル前の昼休み抗議も、反原連の金曜行動も同様だ。「何とかなる」とでも思っているのだろうか?相変わらず自宅でツイキャス中継だけ見て、参加したつもりになって、重い腰を上げない人たち。もしも「放射能に色がついていたら」と時々思う。(21日四電前抗議風景動画
▼昨日は「私の1960年代」山本義隆著、金曜日刊をほぼ読み終わった。山本氏は東大全共闘運動の指導者の一人で、1年余、逮捕投獄されていた。本当は物理学者になりたかった。だが時代はそれを許さなかった。前半は安田講堂に立てこもるまでの戦い。後半は東大が政府の軍事戦略をすすめる技術を深めるために作られた事と明らかにしている。だから原発でも東大jは京大よりも権力に忠実な学者を、世に多くだしている。
▼「週刊金曜日」では11月20日号で「大学と戦争・理工系にとっての戦争」というテーマで物理学という学問だけに絞って山本に執筆させていたが、こちらも読んでうならせる内容だった。丸山眞男の東大闘争の時のスタンスも見事に見事に見抜ている。読者諸兄兄弟姉妹のみなさん。エンターテイメントも結構ですが、ぜひ正月休みには本書も読んで下さい。
▼明日はそんな訳で夕方から関電抗議に参加しますので、他行事はパスします。

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