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December 24, 2015

余りにも無駄なものを抱えて生きていないか?

▼いつも抗議活動でご一緒する友人が、使っているマックが2台とも壊れて困っていた。マックがないとネットやFBができず不自由なので、ようやく買い換えたらしい。私が知る限りマックはウィンドウズよりも割高である。売り場に行くと20万円近くするノートは、老人にも文字もはっきり見えて具合がよかったという。しかし予算の関係でそれは買わずもう少し安価なものにしたという。
▼わたしも出来ればPCを取り替えたい。だが収入増は見込めないので、ガマンして今のマシンを使っている。ブログを書いていると、書き込む画面の文字はとても小さく、読みにくい。最近家族がかなり高価なノートを買った。初期設定が終わって見せてもらうと、キーボードに文字を大きくなるボタンがあった。とすると自分の古いマシンにもそういう機能があるはずだろうと、ネットで検索したら「コントロールボタンを押しながら、マウスのグリグリを「上」に押すといくらでも大きくなることが分かった。これで暫くは買い換える必要がなくなった。
▼昨日は「遺品整理」の前準備のような事をやった。人間はいかに「無駄なモノ」を後生大切にもっているかがわかる。100万円以上もする高級時計も、30万円のカメラも、カビが生えていてはすべてゴミ当然だ。わたしはジャケット2枚とバッグを1個頂いてきた。みなさんも大掃除を待たなくても、1年間使わなかったもの、袖を通さなかった衣類は思い切って捨てた方がよい。残された遺族は処分に困るから。冬物衣類の多くは山谷の労働者の支援活動をしている人たちに送った。
▼昨日のアクセスログを見ると「山本義隆」が異常に多かった。わたしは忙しいなか時間をやりくりして読書する時間を作っている。読まない人に「要約」をお伝えするつもりはまったくない。この本は居酒屋で忘年会で使うお金より安い。4時間もあれば読めると思うので、日本文化と思想を発展させるために「自費」(自腹)でお読みになる事をおすすめする。飲んで「ホラ話」や「昔話」をしていても決して世の中は変わらない。黒沢明の名作「生きる」を見直した、ラストシーンで役場に働く人々が主人公の通夜で「課長の遺志を汲んで、住民の陳情をたらい回しにしないようにしよう」と申し合わせる。ところが翌日その勢いで、仕事をしようとすると、昨晩通夜の席で一緒に飲んだ連中がシラーとした顔をしている。日本人の原点がここに凝縮されている。
▼夕方東京ドームの脇を通ったら、「嵐」のコンサートがあったらしく、大勢の若い女性が「チケット1枚譲って下さい」と画用紙に書いて立っていた。このパワーを国会周辺に引きつけられない限り、日本は変わらないと思う。

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