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January 22, 2016

電子「免罪符」について考える。

▼わたしはいま長野に向かう高速バスの中でブログを書いている。昨晩寒い風が吹く内幸町関電東京支社前で、高浜原発再稼働反対の集会に参加していた。詳しくはYouTubeをごらんになっていただきたい。火焔瓶テツさんはその中で「免罪符」の話をした。iPhoneの電子辞書によれば「1)免罪後で、宗教上の罪に対して予定されている煉獄でのあがないの罪へのローマ法王への赦免。2)人の願望に屈してしまう傾向、とある。
▼テツさんは電力会社の事を言ったのだが、わたしは別の事を考えた。たとえば一昨日、石田純一さんが愛読している「原発メルトダウン」の本に関して約40人のリツイートと「いいね」があった。わたしはツイッターのリツイートが免罪符になっているような気がする。
▼もう3年ほど前に日比谷野音で反原発集会が開かれた時、坂本龍一氏が来ていた。参加者は若い人が多かったような気がする。特設ステージの、前で坂本が一歩でも動くと、それにそれに併せて参加者もドッと動くのだ。ああこの人たちは、反原発ではなくて坂本の顔を見に来たのだと思った。有名人に釣られてくる。前出の石田氏が推薦した本だから、我も我もとリツイートに励む。こんな事で運動広がるのかな?
▼昨晩の行動もTKCinさんが中継をして下さった。終わってからお聞きしたら、地方にお住まいの方が多くごらんになっている、との事だった。都心のみなさんは、こたつから出る気にならないのかもしれない。より大勢の中に埋没しれいれば安心。大多数の方に自分が属している安心感かもしれない。
▼わたしにもても、行けない理由や、行きたくない健康上の理由を上げれば一つや二つある。だがそれで果たして良いのか?昨年11月の戦争法反対の運動はそれなりに盛り上がった。年賀状に私に触発されて、国会前に行ったという方が数人いらした。自分がサヨクの流行に遅れてはマズイと思ったのだろう。その一、二回で終わりですか?一昨日の四電抗議は前回よりも多少多かったかな?昨晩の関電前は、黒沢明の有名にした映画のタイトルのような参加者だった。ちなみに私の一番好きな黒沢作品はマクべスを飜訳した「蜘蛛の巣城」である。
▼わたしは大勢の後にくっついてみんなと同じ事をやろうとは思わない。ツイキャスを見て書き込んでも決して「免罪符」にはならない。あとはブログを呼んでいるみなさんが「心の対話」をしてご自分で決めることだ。何度も言うがPCやスマホをいじっていても、絶対世の中は変わらないことだけは、ハッキリしている。いまあじさい革命と言われたチュニジアがどうなっているか、ご存じですか?ご自分で調べて見て下さい。

Duke(iPhone)

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