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May 01, 2016

社会進歩には具体的な行動が必要だ、という話。

▼木曜日、参議院議員会館前で「刑事訴訟法改正反対集会」で、火焔瓶テツさんは「ネットに書き込んでも何の意味もないです」と発言していらっしゃる。これにはわたしもまったく同感である。話は少々大きくなるが、人類の歴史は原始共産制から、富の格差と集中が始まると、より多くの富を楽をして手に入れようという考えが生まれて来た。その結果、支配層と非支配層が出来てくる。富を持っている階層はより長い間努力をせずに自分の地位を保持しようとする。それが武力であったり武士という階層であったりする。抑圧されている非支配層には「賦役」や「税」負担を増やされる。
▼支配層は非支配層を押さえつけるために武力を恒常的に使うため、「武装勢力」である「武士」や「軍隊」を保持する。一般論でアメリカの軍隊や警察に膨大なお金を掛けている。しかし支配層はそれでもなおかつ、自分を安全地域におくためには「安いコスト」だと考える。一方日本は明治になって「欧米並みの国」を目指して来た。欧米並みとは武装もそうだが、朝鮮はじめ大陸への進出である。それが証拠に西郷隆盛から福澤諭吉までみんな同じ論拠で、日本以外のアジアの人々を蔑み、自分より能力や知力も劣った民族であると決めつけてきた。
▼さて国内の非圧迫者たちは江戸時代には、打ち壊しや百姓一揆で権力者に立ち向かい、明治になってからは米騒動などで抵抗してきた。千葉県佐倉で起きた「佐倉宗吾」は年貢の軽減を要求して幕府に直訴をして、要求は一部受け入れられたが、夫妻は磔になり、子ども4名は打ち首の刑に処せられた。今のところ日本は街頭宣伝行動をしても、その心配はない。
▼現代の「ネットに書き込む」は、直接行動とはかけ離れているjから、そのいずれの抗議行動でもない。電脳空間のそれは「抗議」に見えて「抗議」とは異なる。相手に何の打撃も与えない。書いた本人が「効果があるように感じて」満足しているだけだ。現実空間に姿を見せて示威行動をしなければ、意味はまったくない。片一方の現実行動は3時間から5時間空腹で街頭にたちっぱなし、トイレも我慢して自分の意思表示をする。方や暖かく危険もなく、トイレも自由に行ける空間でPCかスマホをクリックして「行動した」つもりになって満足感を味わう。
▼公安9課の「攻殻機動隊」をみているわけではない。世の中をよりよい状態にしたかったら街頭に立とう。北海道5区の選挙結果をどうご覧になるか?民主党の支持率は民進党になってから減っている。民進党の支持母体はとこか?連合である。トップの岡田氏をして選挙運動一つとってもビラまき、ポスター貼り、一つとっても、手足はない。連合の意向を受け入れなければ何ひとつできない。
▼行動を呼び掛けると「自分は遠くにいるから何も出来ない」と言い訳をする人がいる。近くには伊方の再稼働が迫っている原発はある。わたしが関東から抗議に行くより遥か近いはずだ。上関は毎週月曜日に住民のみなさんの定例デモがある。皆さんは小学生ではないので、宿題を忘れた言い訳のような参加できない理由など聞きたくない。そのところをよくお考えになって、何をすべきか「出来ること」を考えて頂きたい。
▼「前夜/日本国憲法と自民党改憲案を読み解く」梓沢和幸・岩上安身・澤藤統一郎:共著/現代書館2500円。焼く400ページを半分まで読んだ。今日中に読み終える予定。

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