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July 11, 2016

ボラカイへの旅(10)最終回

Watasibune
(ボラカイ島への渡し船)
▼昨晩から「バンザイ」のラッシュである。この「バンザイ」という言葉が発明されたのは、大正天皇が生まれたとき東大の某教授になにか誕生を祝福する良い言葉はないか、と研究を依頼した。教授は「奉賀(ほうが)」がもっとも適当であろうと結論を出し、生徒を大勢集めて練習に励んだ。しかし何度やっても「アホーガ」(阿呆が)と聞こえるので、この採用を中止し、「バンザイ」に決まった経緯がある。もともと空疎な言葉なのである。
▼ボラカイへの旅(最終回)昨晩初めて、旅に関する読者からのお便りを頂いた。ありがとうございます。わたしがポルトガルを旅したとき、あのエンリカ皇子に率いられた海洋国家はなぜ、衰退してしまったのか考えた。それはポルトガルもカトリック国家だったからだ。それはカトリックの教え「教会に貢げば死後に幸せの国に行ける」という甘言に釣られたのである。たしかポルトガルの教会建築は素晴らしい。ただそれだけだ。売り物のポートワインもイギリスに依托して生産されている。プロテスタントの教えは「自助努力」である。だからアメリカに渡った、聖教人の人びとはそれなりの努力をして国を築き上げた。キューバもフィリッピンも「寄進組」である。教会の建物は立派になったが儲けたカネを社会資本として投資することをしなかったので立ち遅れたのだ。
Hotel
(宿泊したマンダリンホテル正面)
▼午前4時には目を覚まし、フロントに行ってチェックアウトの手続きをして貰った。飲み物はすべてDマートで買い入れて補充したので支払う金額はなかった。ランチを受け取り感想を聞かれたので、素晴らしかったと答え、ここへ来た本当の理由を英語で答えたら「今年亡くなったのか?」と聞かれた。感謝の言葉を述べ、ガイドの到着を待つ。「早いですね」と言われるので「家には猫がいて毎朝4時には起きています」と答える。来る時は真っ暗で外の様子は一切分からなかった。渡し船の場所には午前7時頃に着いたが、出勤や通学の人達が大勢順番を待っていた。
▼今回通信にどれだけ掛かるかわからなかったので「イモトの海外WIFI」に入ってきた。料金は1週間で8500円くらい。しかし高速WIFIは僻地のせいか使えず常にG3だった。ブログ更新やツイキャス視聴など僻地でやるべきではなかった。そのためドコモへの通信料が4日間で別途9000円ほどかかった。いちおう一家の代表で来ているので、連絡を密にしなければならなかった。海外通話の場合、受信も送信もわたしが負担しなければならない。帰りはトランジットもあまり待たされなかった。ただ荷物は地元空港で「成田ダイレクト」にして貰った。しかしわたしは受け取る時ソックリの荷物を間違えてをWIFI返却場所で開いたら他人の荷物だと分かって、その返却と交換で手間取ってしまった。さらに税関では怪しまれ「開けても良いですか?」とニコニコと聞かれ詳細に調べられた。しかし酒もタバコも見つからなかったので、無罪放免となった。税関の職員は怪しいと思った該当者の「そぶり」で判断するのだろう。しかしバゲッジの鍵が違う鍵で開いてしまうのは驚きだった。みなさんも鍵はあまり当てにしない方がよい。
▼それに旅は見知らぬ土地に住む人たちとのコミュニケーションがなければ「JALパック」と同じで、日本人社会をそのまま移動しただけだ。相手が何を言っているのは聞き取れなければまったく意味はない。NHKラジオの基礎英語を5年真面目にやれば大丈夫。わたしもこれから3ヶ国ほど一人で廻る予定である。
▼参考文献「物語フィリッピンの歴史」、「ニュースのなぜ?は世界史に学べ」以上2冊でした。YouTubeにのせたボラカイの動画を見て、ご自分が行ってきたような文章は決して書かないで下さい。(記事写真の転載・引用は固くお断りします)感想をおまちしています。

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