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July 12, 2016

オバマ広島演説の裏話。

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(11日東京都庁前でコールするかむろテツさん)
▼昨日は午後から佐倉の歴博で記者会見があった。ここでは本日から「シーボルト展」が開かれる。それに先立つ会見だった。ありがたいことに分厚い電話帳のような資料を配付して下さる。ありがたいが、わたしは夜の行動に備えてビデオの三脚や重いライトやバッテリーを持っている。それに加えて電話帳である。それを抱えて新宿東京都庁前まで駆けつける。到着したときすでに目が廻っていた。しかし調べると肝心なビデオカメラが入っていなかった。ガックリ。抗議・要請行動の内容は「誰が都知事候補になっても築地市場移転問題を争点にせよ」というものだ。集会を開いているとインド人らしい男性が「一体何をしているのだ」と聞いて来たので、思いつくありったけの単語を並べて事情を説明したら「分かって」くれた。終わってから大江戸線で飯田橋で乗り換えたが、重い荷物を持っての乗り換えはかなり身体に堪えた。次回は両国からJRに乗り換えにしよう。
▼永六輔さんの訃報があった。彼は戦争中、わたしの故郷の隣りのM村に疎開してきていた。それで現在の上田高校に通っていたのだが、いじめにあって辛くて小諸駅近くにある懐古園の城址に行って、そのつらさを堪えるために作ったのが「上を向いて歩こう」だった。
▼7月1日に放送されたデモクラTV(インターネット有料放送)の「内田誠のデモクラジオ」に詩人のアーサー・ビナード氏が3ヶ月振りにゲスト出演した。オバマがG7で広島に来たとき某放送局と新聞社に頼まれて17分の同時通訳を頼まれたという。わたしの友人にもこのオバマを評価する方々がいらっしゃるのだが、ビナード氏はオバマの所感をつぎのように解説した。事前にホワイトハウスからは5分くらいの演説だと言っていた。所感とはあるところに行って感じた事を喋るのだ。彼は感じたことは一つも言葉にしていない。演説はすべて既製品であって、持ち込まれたものであり、広島で感じたことは何一つしゃべっていない、アドリブはゼロ。森さんと抱き合ったり、安倍とのツーショットも事前に用意されたものだ。オバマは広島で何を感じたのか証拠は一つも何もない。所感とは意図的なペテンである。所感と言ってオバマがさも広島で感じた事を言っているように装っている。日本のメディアもそれを引きずっていた。
▼17分は長い普通は5分で交代する。中身はなかった。ライターが書いた物を自分では直しているかも知れない。しかしその形跡は分からない。人類の歴史を言っていた。そんなところからお前に語って貰っても困る。出だしから71年前、雲一つない抜けるような夏空から死に神が振ってきた。そして世界は変わった、、と主語が全部自然現象になっている。主語が死に神、世界が変わって世界が変わった。所感ならばオバマが広島に来て被爆者の体験から真っ先に誰でも学ぶ事は、原爆は落とさなければ落ちて来ない。だから「原爆が落ちた」とは言わない。ところが責任問題になるから死がとか死に神、天にまします死に神が、自然現象として降って来て、それによって鎮守した。鎮守は否定も肯定もしない。それが一貫して続いていた。(以下明日に続く)

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