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August 16, 2016

NHK「満蒙開拓団はこうして送られた」を見る。

▼昨日実は靖国神社の軍人コスプレを撮影に行こうと思っていた。ところが再び経産省脱原発テントが襲われるらしいという情報が入ったのでそちらに切り替えた。いつものようにビデオカメラとデジカメ、それにモノポッドを持ってでかける。到着したのは1時半頃だった。5時まで待機したが、右翼の街宣車は、韓国議員が竹島に上陸を許した外務省に抗議に来ただけで、こちらには1台も来なかった。顔見知りが数人いるので、情報交換をするのが楽しい。ここにはとても書けないマル秘情報が飛び交って楽しい。前日よりは多少過ごしやすいが、持っていった水はすぐなくなる。
▼帰宅してNHKで前日に放送された「満蒙開拓団はこうして送られた~眠っていた関東軍将校の資料~」を見る。わたしの故郷の村にも満蒙開拓団に志願して帰ってきた人達がいた。何度か書いたがその村の出身で憲兵になった人もいた。ある日村人の前に憲兵がやってきて「俺は今から独り言をいう」と前置きして演説を始めた。「命が惜しかったら、荷物を持たず今すぐ身体一つで汽車に乗ってすぐ日本に帰れ」という内容だった。村人が汽車に飛び乗った翌日ソ連軍が国境を突破して満州に攻め込んで来た。上記ドキュメンタリーでは、日本は農民に土地を無償で与えるというエサと、地物には「補助金」というエサをばらまいて「開拓団」を募った。開拓団とは名目だけで、男性は予備軍人として屯田兵のような役目を負った。
▼番組ではその「動員」の片棒を担いだ、元村長の残した記録を元に、子息が語っていた。村長は現地の人びとの耕した土地を奪って日本人に配る政策が上手くいく筈はないと書いていた。さらに逃げ遅れた婦女子や子ども達は、親がまず子どもを殺してから自分たちは自害する。幼い子どもを殺すのを手伝った人の証言もあったが、悲惨きわまりない。
▼食料増産の目的で満州に行った人達は、関東軍が戦局の悪化とともに南方に「転戦」させられる。実はその補完勢力として「軍人」の代わりをさせられるのは最初から決まっていたのだった。あとケーブルTVでドキュメンタリー映画「筑波海軍航空隊」を半分まで見た。

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