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December 23, 2016

撮りためたドキュメンタリーを見る。

▼昨晩はこの2週間の間に録画して見る時間がなかったドキュメンタリーを見た。タイトルはいい加減だが、「NYのビルの屋上で仕事をする人」レース鳩を飼っている人。「木造の給水タンク」をつける人、「屋上菜園で地産地消野菜」を作る人。「蜂蜜を作る人」などが登場した。中でも給水タンクはまったく知らなかった。要するに高層ビルの給水は電力を安上がりにするため、近くで伐採した杉だったかで樽を作って屋上に設置する。これは収縮があり、すべての季節に適合する。主として夜間にモーターで屋上のタンクを満水にしておく。住民はいくら高いビルでも、快適にシャワーを浴びることができる。日本のような浴室を使わない。洗濯機が使えないので、これで足りるのだろう。
▼一番良かったのは人生の終末を迎えた人たちに対する、ケア組織の事だった。スポットが当てられたのは牧師の資格をもつ日本人だった。相手の人間としての尊厳を保ちながら,全面的に援助するのではなく、個人を尊重しながら、人生を全うするための方法を苦心しながら模索する医師や看護師などの姿は素晴らしいと思った。
▼もう一つはシリアの難民を追ったNHKのドキュメンタリー。2時間だったが良く出来ていた。シリアはアサドに反対していた一家が脱出を図る.父親はアサドに反対する自由シリア軍に入るが、足を切断する大けがを負う.残る家族との連絡は時々かかってくる携帯だけ。父親以外はトルコ経由でギリシア、ドイツを目指すが失敗して元の場所に戻る.父親がいないので長男がアルバイトをして稼ごうとするが、小さい事もあって仕事が見つからない。そのうち空爆にあって、姉をかばおうとして足に大けがをしてしまう。ほどなくして一番小さい三男が生まれる.その間父親は密航業者を使ってオーストリアにたどり着く。
▼母たちは国連の助けでカナダに脱出する。だがその時パスポートを質入れして飛行機代を工面する。ところが長女は19歳で「自活出来る」と判定され、一緒には行けない。長男は「勉強をして良い仕事に就くのだ」と意気盛んだが、学校に行っていないので「勉強」が身に入らない。次男も机に座るのがイヤ。言葉が通じないので学校に行くのがイヤと不登校になってしまう。西欧文明と医者は無料だ、と憧れて行っても、言葉が通じないと「最低限の意思疎通ができない」と判定されて仕事もない。学校に行ったことがないので机に座るのが苦痛で、午後から勝手に帰宅してしまう三男。一様に「シリアに帰りたい」と言い出す。
▼だが足を失って大けがをして父親は逃げ場がない。ドイツ語が分からないが必死である。幸い近所の移民の人たちを助けようとする二人の婦人と親しくなり、庭木の片づけなどを通じて親しくなる。シリアに残して来た長女も国連の助けでオーストリア行きの飛行機に乗るところで番組は終わった。風景は美しいしオーストリアならば、わたしも移民したいと思った。

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