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April 26, 2017

防空壕は掘ったか?防毒面は買ったか?(冗談)

Kameidofuji423
(亀戸天神の藤開花状況、4月23日)
▼きょうのブログは半分冗談で書いているので、そのおつもりで…。昨日のTVを見ていると立川と岩国の市民が映し出され、北の在日米軍基地へのミサイル攻撃の市民の反応がインタビューされていた。「怖いです」「まさかこんな事が現実に起きるとは?」今まで基地撤去運動を真剣にして来なかったツケである。北の立場になれば、基地を無償でおいてサービスして「アメリカの核の傘が役にたっている」安心していたが、裏目にでてしまった。今朝も友人から電話があったので、防空壕を掘るとか防毒面をもって持ち歩いた方がいいよ」と警告しておいた。わたしが幼い頃は実家にはゴム製の防毒面がいくつか転がっていた。呼吸する部分には何やら塊があって、薬品が入るようになっていた。しかし試しに装着すると息苦しかった記憶がある。
▼しかし土地がある人は防空壕が掘れるからまだ良い。わたしの様なマンション住まいには、ドアや隙間にガムテープで目張りをするしかない。防毒面はネットで検索すると、かなり多くのものが出てくる。しかし「サリン用」はないだろうな?それにペット用のマスクもなさそうだな。目の前で苦しんで死んで行くのを見ているしかない。いや人間もその数分後には死んでしまうだろう。
▼政府は「万全の体制でミサイル発射を警戒する」と言っている。しかし今までの日本政府のミサイル発射情報はいすれも韓国やアメリカの情報提供だった。だから政府を信じていたら日本の領土にミサイルが落ちてからかも知れない。ここはご自分で予知能力を発揮して警戒すべきだ。2週間前のデモクラTVに北朝鮮のラジオ放送をウォッチしている川崎隆章(放送研究者) 氏がゲストで出演していた。川崎氏によると北の放送は国内、国外、南半部向け等、6派の放送が存在するという。ほとんど朝鮮語で、国際放送だけ英語らしい。川崎氏によると、原爆実験をするときやミサイルを発射するときは、国内の電力を融通してそちらに回さなければならない。だから国内向けの中波放送は出力が下がってノイズが多くなるのだという。今までの経験では、その時に必ず原爆実験が行われたと話していた。
▼韓国語や朝鮮語が分からず。高性能のレーダー探査機はなくても、ラジオを聴いているだけで、このように分析でいる人もいるのだ。首相官邸も高性能中波ラジオを買って、首相のマクラ下に置いた方が万全であろう。

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April 25, 2017

転倒防止と、カラス予防対策あれこれ。

▼毎日気温が一定しない。土曜日は岩波ホールへ行く時短パンにTシャツ一枚で出かけてかなり寒い思いをした。気が付けば日本人男性の平均寿命まで10年を切ってしまった。このままではまずいとおもい、自治体の「高齢者筋トレ」なるものに応募したら40倍の競争率を突破して、うまい具合に参加資格を獲得した。毎週某曜日の午後1時間半の12回コースである。初回は遠方の取材があって、間に合いそうもないので、現地から欠席の連絡を入れた。先週実質的な初回が始まった。1人の美人看護師さんと2人のインストラクターが付いて下さっている。
▼初回が終わったあと基礎的な健康調査があった。普通の歩行、急ぎ足、ターンで往復、片足立ち1分、つま先立ち、スクワット、腕力などである。この筋トレの最大の目的は寝たきりにならない事だ。転倒して寝たきりになって長生きしても仕方ない。そのためには下半身の筋力を強めなければならない。下半身を強めるために施設のなかにあるトレーニングジムの機械を使って、集中的に下半身を強める。
▼転倒防止はロコモ対策からとして次の7項目が挙げられている。1)片足で靴下がはけない、2)家の中でつまずいたり滑ったりする。3)階段を上がるのに手すりが必要である。4)家のやや重い仕事が困難である(掃除機の使用。蒲団の上げ下ろし)5)2KG程度の買い物をして持ち帰るのが困難。1リットルの牛乳パック2本。6)15分くらい続けて歩けない。7)横断歩道を青信号で渡りきれない。
▼ただ認知症は筋トレをしていても防ぐことはできない。それは別メニューである。一例が「同じ事を何度も聞き返す」というものもある。歩くときに、100から(-3マイナス3)引き、ゼロまで行ったらまた引き算をしながら歩く。繰り返して言うが車の運転と移動は長生きにも、認知症対策に何の効果もない。トレーニングも去ることながら、「宿題」と称する自宅訓練もあって、これもかなりきつい。
▼家族は花粉症なので2月から洗濯物は外のベランダなどには干せない。予報やニュースを実て「杉」になったのを核にして4月20日頃から外干しを始めた。ところがカラスがそれを狙ってやってくる。大きな古い雨傘を拡げたりしてカラスを脅している。とあるマンションの9階に住んでいる友人はスリングショット(いわゆるY字型のパチンコ)をネット通販で買い求め、タマにはカラスが怪我をしないように、乾燥したマカロニを使った脅していたという。使わなくなったCDをぶら下げても大して効果は期待できそうにない。カラスは頭がいいから、昨年他界した義兄がゴミ捨てをしていると、髪の毛が白いと老人と認識して攻撃を仕掛けられたと言い、ゴミ捨ての外出にも帽子を被っていた。

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April 23, 2017

◇「娘よ」を見る。(於:岩波ホール)

▼久しぶりに神保町出かける。◇「娘よ」をみるためだ。カラコルム山脈の麓にある、パキスタンの村、隣りの村との諍いが絶えない。美しい主人公の住んでいる女性の村での諍いの死者は7人。隣りの村では10人。この落とし前をつける方法とは隣りの村との婚姻関係を築くことしなかい、と隣村の村長はいう。婚姻の相手とは、主人公の10歳くらいの可愛い娘だ。彼女は自分が15歳で嫁いできたため、辛い思いをしている。何としてもこの村を脱出するしかない。カセットレコーダーで母と娘が会話しているような様子を装い、必死で逃げる。と言っても狭い村の事だ。武器をもった夫の手下に見つかるのは時間の問題だ。さらに夫の弟は、夫を亡き者にして、主人公と結婚する事を狙っている。
▼狭い路地を親子はひた走る。幹線道路に出たとき、デコトラが停まっており、その荷物の中に紛れ込む。運転手は途中でそれに気づき、諍いに巻き込まれたくないので、すぐ下車するように命じる。すると母親は運転手の拳銃を奪い、娘の頭に銃口を突きつけ、見逃してくれないと、娘を殺し、自分も自殺すると脅迫する。運転手はやむなく二人を座席の下に隠して運ぶことにする。途中追跡者に追いつかれるが、無事逃げ切る。さらに追っ手は執拗に追いかけてくる。それはトラックのボディの脇に隠したライフル銃で仕留める。そこでデコトラを奪ったワンボックスカーに乗り換えル。途中の村で旧友にあって小休止する。食事くらいして行けと誘われるが、断って先を急ぐがそれが結果的に怪しまれるきっかけとなる。
▼そしてついに運転手の故郷にたどり着く。みんな心優しい人たちなので、ほっとする親子だった。だが母は結婚してから一度も老いた母親に会っていない。携帯を借りて電話すると母は出てお互いに「一目会いたい」と呟く。男はは危険を承知で繁華街に住む老母の近くに案内する。そして娘と老母が出会う事出来た瞬間、一発の凶弾が飛んで来る。古い因習に囚われず、娘だけは自分の辛い思いをさせまいとする、母親の願いは…。28日まで.今年度前半のベスト5に入る作品だと思う。見ていない人は急げ!
▼予告でみたアンジェイワイダの遺作6月公開の「残像」はとても面白そうでした。ポーランドの画家が主人公でスターリンやレーニンなど政府の意向に沿わない画を描かない画家には絵の具や画材を提供しない。最期は「娘を逮捕して刑務所に入れる」と脅すのです。体制は変わってもやることは何もかわりません

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April 17, 2017

特集:マダムの「テロ等準備法」素人分析(テキスト全文)

▼以下の論文は4月14日衆議院会館前でマダムこと加藤惠子さんがスピーチした原稿を、ご本人の了解を得た上でスキャナーで読み取てテキスト化したものです。十分チェックしましたが、もしも誤字がありましたらご指摘下さい。転載を許可して下さった加藤さんに心から御礼申し上げます。YouTubeは4-3https://youtu.be/91c3-cB2U6M
のい23分04秒から録画されています。
テロ等準備罪法」は平成の治安維持法ってそれぽんと?と思って調べた結果。「テロ等準備罪法」のほうが数段悪質だと言う事がわかった。素人分析その1
 現在国会に上程されている「テロ等準備罪法」が平成の治安維持法と言われている。その点についての論拠をきちっと説明していただきたいと思っているのだが、専門家の意見には何故かピンとこないし、或る方が議員会館で説明し、ネットにあげられていた点には異議があることもあるので、「自己責任」で勉強した。その結果を書いてみます。これは常に私か申し上げておりますように専門家ではない素人の意見であり、異論があって当然ですし、間違いもあると思います。お気ず気になられた方は、ぜひご指摘いただきたい。
 
戦前の治安維持法が悪法であったといわれるが、単に小林多喜二が虐殺されたとか、創価学会の創設者が獄死したからというような外見の姿では現在の「テロ等準備罪」との関連
性が証明できない。私としては、もっと的確に治安維持法との比較を深く切り込むべきだと考えている。一言で言うと、従来、治安維持法をやみくもに特高警察の駆使する弾圧法規というような紋切り型での捉え方では捉えきれない。むしろ時代の変遷の政治の要求に応じて、弾圧法制の中身や性格が変化していった。その間、改悪かおり、勅令による内容の強化、裁判の判例の変遷等が伴う。これらの政治的な脈略も考慮に入れるべきであると考えるのである。
 治安維持法と言う名の法律そのものは、1925(大正14)年に成立し、TL945(昭和20)年に廃止された。わずか20年にわたるだけの法であったが、この間はもっとも困難な時期で、この社会的にも転換期げて治安維持法は、あらゆる法制度の働きの中枢部にあたる部分を構成していた。この20年間に治安維持法がどのように社会を束縛し、多くの逮捕者をたした。この法がめざしたのは何であったのかを探るべきであろう。
 
 その前に、治安維持法の研究書を読んだ上で、現在上程されている「テロ等準備罪法」(共謀罪法)の関係を平成の治安維持法ということの正当性は否定しないが、治安維持法が20年かけて改悪を進めていった悪法であったことを、テロ等準備罪法(共謀罪法)は初めの段階から最大限に治安維持法の悪法の内容を構成要因としているという驚くべき極端
な悪法である点を指摘しておきたい。それは治安維持法は、最初の段階においては共産党をターゲットにした法である。
第一条がほとんどこの法のすべてであると言っていい。つまり
 第一条 国体(若しくは政体)を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として     結社を組織し又は情を知りてこれに加入したる者は10年以下の懲役又は禁鋼に     処す
     前項の未遂罪はこれを罰す
この治安維持法が拡大解釈される余地がある様にはみえないのであるが、最終的には共産党とも「国体変革」とも関係なく、いわんや結社とも関係なく、当局に異を唱える事でも
なく、国民への威圧を目的としてでっち上げ事件をつくりだした。そこに機能したのが諸個人の純粋な個人的結合関係による諸活動に踏み込み、個人の心情を深部から圧制するために、法としての機能ではなく、逮捕、長期拘留、予防拘束(後に説明)などを使い、国民の自由な精神活動を圧迫し、国家に従属せしめた。この最終的に実現した治安維持法の在り様を、「テロ等準備罪法」(共謀罪法)は法案の初めから目的としている点て、治安維持法とは比較にならない程の悪質性を持っていると言わざるをえない。
 治安維持法はどんな具合に拡大されていったのか。治安維持法は違反者に裁判をつうじて刑罰を科すという、刑事法の形式をとった。しかし実際は、国家権力はこの法律をつかって、多くの国民を逮捕し起訴して裁判にかけ、有罪と判定して監獄に拘禁した。しかし、この刑事裁判権の発動は治安維持法の表向きの姿であり、原則であったわけではない。むしろ、この法律をつかって、容疑者を逮捕するが、起訴し裁判にかけるという正式手続きはすすめずに、身柄を拘束し続けるという方式の方が、数からすれば圧倒的に多かった。治安維持法は「思想犯」を「転向」させるために用いられたことからして、刑事法というより検察や警察にとっての行政運営法というべきものであった。
時代区分(変化のあらまし
1、治安維持法の準備期
ソ連の成立をはじめとする国際環境の変化の中で、社会主義をめざす結社活動その他の大衆運動が台頭し、伝統的な明治国家=的な治安体制では不十分だとみての法的整備の模索。
  「過激社会運動取締法」一審議未了、廃案
2、成立期(1925年4月から1928年3月まで)
26年1月、京都学連事件で正式に適用。社会科学の研究組
織への弾圧。学問の自由、研究の自由の否定という治安維持
法の本質を示している。 しかしまだ、前段階。
3、確立および展開期(1928年3月から35年3月まで)
1928年(昭和3)3月15日のいわゆる3 ・ 1 5。 日本共産党関係者の大量検挙事件。翌29年4月]-6日のいわゆる4・16の再度の大量検挙がなされて、日本共産党の組織的な壊滅を目標に設定された治安維持法体制は、本来の目的を達成した。これ以降は、消失した日本共産党の関係組織の代わりになる新しい標的を求めて拡大して行くことになる。組織等はないから、シンパ、「外郭団体」、文化団体などの幹部をけじめ同人程度の者、つまり間接的な関係者が弾圧の対象に広がり、抑圧の論理の強化という新しい要素が入って来る。そしてもう一つの要素として33年後半には「転向」という新しい強制が加わることになる。外郭団体への目いっぱいの拡大適応という新しい徴候は、今問題にされている「テロ等準備罪法バこおいてはテロとは無関係の277もの罪にすでに当てはめられるという点からも、すでに目いっぱいに網が広げられていると言う点で、極端に悪法といえる。
4、拡張期(1935年春以降、41年春まで)
 「ファシズム」イヒ。外郭団体への適用は正確な法解釈では認め難いと言う認識が権力者側にはあり、その拡大を法的に保証すべく法案の改悪を試みたが、議会を通過しなかった。しかし、実際にはすでに日本共産党も外郭団体も存在しなかったにもかかわらず、研究会や読書会のようなグループが弾圧対象へと格上げされでっちあげられた。この時期「人民戦線」運動が運動として維持されていたが、それまで合法的な組織・活動とされていたものを「反ファッショ人民戦線」運動の脈絡のもとに逮捕され、治安維持法違反とされた。労農派グループ、日本労働組合全国評議会、労農派教授グループ等が検挙された。さらに宗教弾圧が始まる。
5、崩壊期(1941年春から45年10月まで)
41年治安維持法全面改正。それまでの法では逸脱と考えられる事例を改正法に取り込めるように改正したことで、もとより「結社」も、それに至らない「集団」も「類似宗教」も
諸活動を規制し、刑期満了した者に対する「予防拘禁」、検事への強制捜査権付与をはじめとした特別刑事手続きの導入等がある。もはや近代的な意味での法ではない。権力のた
めの強圧的手段である。これによって官僚さえもが逮捕された(企画院事件) 敗戦で治安維持法を国民あるいは戦後内閣が自ら廃案にしたというわけではなかったことも大きな問題として残っている。自主的に治安維持法の解体を要求する動きもなかった。むしろ思想警察断固維持の内務大臣談話が出されてマッカーサーを驚かせた。その後も治安維持法に対する国民の断固たる糾弾の態度は示されず、治安維持法の運用に辣腕を振るった人物が最高裁判事になり、公安審査会委員長になっていたりする。
 治安維持法の運用による拡大とともに、法令の改悪の過程も又、安倍政権が行なっている強引な手法をほうふっとさせる。一回目の改悪は3・15による弾圧を利用し、なんと議会を経ずに緊急勅令で改悪した。ただし、この改悪は後に議会にかけられ議決されている。
 25年法では第一条で「国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し・・・たる者」および「情を知りてこれに加入したる者」を一律に10年以上の
懲役または禁鋼に処するものであったが、改正法は第一条を二つの項に分けて、第一項で「国体を変革することを目的」とする結社の組織関係をあつかい、第二項では「私有財産せいどを否認することを目的」とする結社の組織関係を別個に取り上げた。そして前者の目的をもって結社を組織したものやその指導者たる役割を果たす者は「死刑又は無期もしくは5年以上の懲役もしくは禁鋼」と死刑を導入した。この着眼
点は「国体変革」と「私有財産制度否定」とを峻別し、「国体変革」の目的をもつ者をより厳しく懲らしめると言う意図である。この点が改悪の重要点として、現在でも語られる悪法の重要点であることは変わらないが、実は更に治安維持法逮捕者の増大を引き起こした重要な改変は新設された「結社の目的遂行のためにする行為をなしたる」罪、である。現在共謀罪をめぐる政府の姿勢で、テロ集団対策で一般人は含まないと強調している。これにたいして反対の論の中に一般人が含まれる可能性が強いと言う反対論があるが、この点は治安維持法に関する子の条文の改悪に相当する。つまり、結社の組織罪・指導罪・知っていて加入した知情加入罪・協議罪・扇動罪、治安維持法の犯罪はすべて目的罪であり、行為者が一定の目的意識をもって違法行為をなす時のみ犯罪となる。
25年改悪治安維持法では「目的遂行のためにする行為」という概念によってほとんど検察当局の恣意的判断でひっかけることが可能になった。この点がまさに「テロ等準備法」と相似である。治安維持法も]。930年代には日本共産党は組織としては壊滅しており、党を支援するとかいうことでの逮捕が不可能になる中、当局はなんとこの条項を多用しF究極
において」党の目的達成に成す行為という形での治安維持法の運用、それを裁判で判決文に反映させるという事態を生んだ。反ファシズムのための統一戦線結成の動きが、芽のうちに摘み取られた。なおこの改悪治安維持法は反対勢力はもはや議会にも微々たるものになっていて、衆議院を容易に通過した。しかし、最後まで反対していた旧労農党代議士山本宣治が可決された夜右翼によって刺殺されている。

 ここで確信を持った。「テロ等準備罪法」はテロという字が一文字もないじやないかという批判はもっともなのであるが、それは現政権にとっではどうでもいいのだ。つまり治
安維持法の先例にてらせば、「究極において」テロに結びっくという当局の判断が運用されるというわけだ。
 テロ等準備罪法第六条の二組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての
共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。事項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれるものの遂行を
二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行なわ
れたときわは、当該各項に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。事項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれるものの遂行を
二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行なわ
れたときわは、当該各項に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
◎治安維持法の「目的遂行のためにする行為」「究極において」がまるまるそのままバテロ等準備罪法」の意味である。
3・15で検挙された者のうち、起訴されたのは480名前後であった。逮捕されたものの多くの者を不起訴・起訴猶予にしたのが特徴的である。これは、権力が治安維持法の運
用を裁判との関係で考えるのではなく、むしろ警察段階での取り調べ、拷問、説諭などに重点をおいてかんがえていたことの表れである。治安維持法は、行政警察的に運用された。
さらに、3・15、4・16の裁判過程で特筆すべきは、政府当局は被告人の弁護・救援にあたる者までも、日本共産党の「目的遂行の為にする行為」をなす者として弾圧したO弁護団20名が検挙されている。]。941年の最後の治安維持法改悪になると、司法大臣のあらかじめ指定した弁護士のなかからしか選任できないことになり実質的に弁護は不可能に
なる。人権侵害の極北だろう。
 ここでまだまだ気づいた点を記しておく。治安維持法は共産党との関係で党関係者、その周辺の人々、大学教員、シンパ、カンパした人、文化運動者外郭団体など後の宗教弾圧をいったん置くとすれば、知識階層が多かった。これに対して「テロ等準備罪法」は277の適応される法令を見た時、その幅の広さに驚く。つまり治安維持法が広げた知識階層を上から網をかけるということとは対照的に、下からすべての人々が絡め取られるという点で、最悪であるし、たぶん国民の誰もが自分は関係ないと言い切れる人はいない範囲だと言うことである。地引網方式で、「究極において」テロの準備をなしたということで、売春防止法違反も公共下水道の破壊も人身売買も重要文化財の無許可輸出も大麻の栽培も強姦も高利貸七児童淫行も売春も・・・犯罪となる。治安維持法は知識人がターゲットであったが、「テロ等準備罪法」は国民すべてがターゲットなっている。最悪だ。

 (つづく)
 治安維持法が法として果たした実質的な問題と共に、考えておくべきことは、治安維持法を中核に据えた社会全体の圧力構造だと思う。幾つかの点が挙げられる。一つは「転向」補導政策。 3・15および4・16の中央統一公判の結果、1932年10月末、東京地方裁判所で無期懲役を言い渡され控訴中であっ九日本共産党中央委員佐野学、鍋山貞親は、33年6月9日突如「転向声明書」を獄中から公表した。この転向が当局が強要したものか自発的なものであったかは明白ではないが、影響は甚大で、これに続く者が続出した。党
中央委員はもとより、末端の者まで転向の意思を表明した。
  
7月までに転向した者、未決1370人中415名(30.29%)、既決393名中133名(3 3.84%)、合計548名に上った。また弁護団すら布施辰治の非転向を除いて全員が転向して
いる。これを契機に治安維持法を思想統制法として、思想転向補導機能を政策的に持つようになる。そしてここで重要になるのが「適当なる身元引き受け大有無」である。「適当なる身元引受人」とは保護者、親族、故旧、学校教職員又は適当なる者」をいうのだがこれらの監視体制のもとにおかれ、すべてが報告される。曰く、「出先、帰宅時間、外出所要時間、手紙の差出人、送金は引受人が保管、通信物はあらためる、出先の用向き、来訪する人の確認、読書内容、研究事項」。プライバシーはない。治安維持法にはこの法が含まれていたわけではなく、転向を強要し、それに応じて転向し、起訴猶予になった者の監視体制である。いわけ「テロ等準備罪法」はこの監視システムを国民の多くにかぶせると言う点て、治安維持法の全面改良型悪乗り監視法になりかねないという
ことを治安維持法が教えてくれている。そして、この監視体制は治安維持法時の当局からみれば「是れ本邦社会組織の根幹をなす家族制度の賜なり」とあり、どこかで聞いたことがある言葉、そうです安倍政権が家族に根幹を置くシステムとかいうもの、福祉を、介護を家族にゆだねるというあれと瓜二つです。家族主義にからめて「転向」を引き出し、家族にその監視の責任を負わせる。これによって一旦逮捕されれば、必ずプライバシーもなく、社会の眼に晒された。そして、共産党との関係者は時のジャーナリズムに一斉に袋叩きにされた。それは今のジャーナリズムの問題と同一で、思想犯が破廉恥罪とされ、社会復帰を不可能にさせられた。この点も無視できないであろう。共謀したが何のためかは論じられず、テロ等準備罪での逮捕がテロ準備者として報じられる危険性は治安維持法の先例が証明している。

 治安維持法にとっては本来の敵であっ九日本共産党は治安維持法によって30年代前半には全国的な組織運動は不可能となり壊滅状態に追い込まれた(余談ながら、こののち、正当性があやぶまれたが地下共産党の組織が残った。実は私はこの地下共産党の指導者と知り合った。もう亡くなられているが宮内という人物で、転向した表の人物だちとの関係は
持っていたらしいOその中には埴谷雄高屯いて、戦後も関係を続けていた)。当局は矛先を新たに探すことになり、規制対象を拡大した。 33年にはプロレタリア文化諸団体や外郭団体は解体声明書を出し、自滅させられた。この時点で日本共産党の弾圧という目標は完了し切った。つぎに広げられた対象は、反ファッシズム・統一戦線とのかかわりのある運動への適用である。これは日本共産党とは関係なく党を支援するものでもなかった。多くはグループで、緩やかな集団匠である。合法性の枠内での運動であったが、突如として治安維持法違反に仕立て上げられた。その論拠は被疑者の思想・心情の内面に立ち入り、無理矢理日本共産党との繋がりをつけ 「国体変革」のレッテルをけるというやり方であった。この点を艦が見れば、「テロ等準備罪法」では、277の適用罪のどれでも持ち出して、テロと結びつけられると言う点と、後から共謀の裏ずけを変えることも可能だろう。
 30年代後半を特徴づけるのは、治安維持法を宗教弾圧に用いる顕著な動きである。「類似宗教」取締である。35年末。大本教を「国体を変革することを目的」とする結社として、
再び治安維持法第一条違反での適用である。
 ついで広げられた大衆的な文化団体、学生、会社員を含む組織の壊滅を図った。唯物論研究会事件。この逮捕の過程が、 「テロ等準備罪法」の危険と同一だという点てある。138年11月末、一斉検挙に乗り出したが、唯物論研究会がそれまで合法組織であったにもかかわらず「革命化」した、非合法へ転化したというわけでもなく、同じ性格の組織でも、取締当局の法解釈の拡大で遡及的に共産党の外郭団体に認定して逮捕したというこの政治的な筋書きは、「テロ等準備罪法」の団体に関する政府見解に使われている。遡及的にテロ団体に認定され、その共謀を遡及的に問われるというのが今回の法令の中心であるが、それを証拠づけるために、それまでの通信傍受(すでに改悪刑事訴訟法で自由盗聴法が成立している)によるデータが証拠として挙げられることになっている。ある時突然、どの罪によるか分からないまま共謀の罪で摘発された時には、過去の証拠は現在のテロ準備のためであるとされる。とんでもない治安維持法も驚く、悪法が「テ口等準備罪法」というわけである。
(※:引用される場合は加藤惠子さんの著作であること、当『鍵盤乱麻』「きょうの目」ブログからの引用であることを必ず明記して下さい。)


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◇「午後8時の訪問者」を見る。

▼昨日は午後2時から「自主国防体制の確立民主国防体制の確立、首相官邸前の月例行動」の中継があった。その前に有楽町ヒューマントラスト」で「午後8時の訪問者」を見た。今週シネマの原稿の締め切りがある。来週は連休が始まるので、印刷所も連休になるので、締め切りが1週間繰り上がった。家庭の事情もあり、精神的に疲れて映画を見る余力はなかった。しかし締め切りは絶対だ。
▼フランスの港街にある個人経営の診療所、この老医師に代わって勤務することを決めた主人公の女医ジェニー.彼女は成績優秀なので大学病院に栄転することが決まっていた。ところがこの小さな診療所で貧しい人たちの力になろうとする。診療時間を5分過ぎていたので、ドアチャイムがなったが、応答しなかった。そしてもうすぐ医学部を卒業して、あと1週間で実習が終わる若い医師の指導を続ける。
▼ところが翌日の報道で、アフリカ系の若い黒人女性の死体が港の工事現場で発見される。刑事がやってきて、診療所の防犯カメラの画像の提供を求められる。1枚だけ姿がはっきり見える写真を返してもらって点検すると、昨晩玄関のドアチャイムを押した女性と同一人物であることが分かる。ジェニーは「あのときドアを開けていれば彼女を助けることが出来たのにという気持ちにさいなまれる。ジェニーが担当している高校生を回診したとき、何か告白したいような様子だ。ジェニーは医師には守秘義務があるからと話を聞き出そうとする。
▼ジェニーはスマホの画面に保存した写真をもってあちこち「この人を知らないか?」と聞き回る。何としても身元不明のまま無縁墓地に埋葬するのが耐えられなかったからだ。この小さな診療所には少年、中年夫婦、老人たちが身体の不振や痛み、それに悩みを抱えてやってくる。ジェニーはそれに出来るだけ誠実に対応しようとする。あるネットカフェを訪問したとき、麻薬を扱っている暗黒社会のメンバーに狙われ、追われて車を壊されそうになる。だがジェニーの心はくじけない。そして少年から殺害された女性は売春婦だったと知らされる。ところがその相手だった老人の弟から「余計な詮索をするな」、と脅迫される。さらに弟は診療所で自殺を図るが、
▼悩みと闇を抱えて生きている港街の人たち。その中でも闇をはらして、死者を無縁墓地に埋葬させまいと奮闘するジェニー.命を大切さとは何かと見る者に教えてくれる。

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April 15, 2017

貴方は何のために力をだすか?

▼某日私鉄ローカル線に乗っていたら、定年退職してヒマをもてあましている風情の二人の男性が乗り込んで来た。明日も働かなくてよいという、悠々自適の生活は釣果の心配だけらしい。夜議員会館前で開かれた「共謀罪反対アクション」中継にでかけた。朝はかなり早かったが、一端自宅に戻り撮影機材をもって、場所を間違え参議院開館前でセットした。音を出さず6時ちょっと前から音声を消して待機していたら「動画が動かない」「せっかくだから黙っていないで、いる人だけで抗議したらどうか」という書き込みがあった。わたしも含めて、勤務時間があり、終わってから来るので6時に来るのはかなり難しい。みんな仕事で時間のやりくりをしている。「黙っていないで抗議をというご意見もごもっともである。しかし一度でも国会前に来て頂きたい。私の撮影機材の重さは全部で6kgある。そのほかにトラメガに予備の単一電池10本に一脚をもってあるくことは不可能である。
▼てつさんが時々仰っている、一人1トラメガ」とはそういう事だ。いまツイキャスを見ている人が街頭に出て声を上げない限り、全ての法案はするりと国会を通ってしまう。まして、わたしたちは「プロ市民」ではない。韓国で朴大統領を辞任に追い込んだのは、路上を埋めた何十万の人の力だ。「あなた路上で動く人、わたしネットで応援する人」では絶対、世の中は変わりはしない。昨年の香港の雨傘運動も同様だ。台湾の国会を市民が占拠して原発をゼロにしたのも同様。よその国をうらやましがって指図してもらっても困る。貴方が机上のPCや、スマホにしがみついている限り政治は絶対動かない。日本の国会前に何人の人が共謀罪に反対して、3時間余も立ちっぱなして抗議しているか、この目でしっかり見て欲しい。国会包囲どころが議員会館すら包囲できる人数ではない。旧経産省脱原発テントくらいしか包囲できない。
▼抗議が終わって重い足を引きずってJR市ヶ谷にでる。このルートだと、半蔵門線よりも早く帰宅することができる。45歳くらいの女性の部下に向かって、家を3回も転売して、今は以下に豪華な家に住んでいるかという自慢話をしている60歳近い男性がいた。わたしが下車するまで延々と話は続いた。そうかこの人は家が全てなのだ。JR某駅で降りてマンションの入り口までたどり着く。一階上の会社経営者が「こんな遅くまで何しているの?」と声を掛けてきた。彼はわたしと同じ年齢だ。夜は酒場かキャバクラに行くのが趣味だと言っていた。「仕事ですよ」と答える。「まだ仕事しているの?」「そう昼間は仕事、夜は趣味の撮影」という事にしておいた。詳しく説明するのが面倒なので…
▼趣味に生きる、豪邸建築、キャバクラ大いに結構。どのみちわたしは後10年くらいしか余生はないので、少しでも良い世の中にするため微力を出したいと思っている。
▼もう一つ野党はなぜ共謀罪反対に力を出さないか?それは都知事選を控えているからだ。国会の廊下に座り込みでもごぼう抜きでもされている場面をマスメディアに流され、安倍に「野党は北の国と同じだ」などと言われるのを畏れているからだ。

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April 13, 2017

12日11時半、星になってしまったナナちゃん。

Sakura121
(ナナちゃんの棺に入った桜と、後ろはお世話になった動物病院)
▼家族が2匹の生まれてまもない仔猫を見つけたのは、11年前の9月だった。仔猫と遊んでいたのはマンションの9Fに住んでいた小学生だった。家族は小学生と一緒にそのご家庭を訪問して、「野良ちゃんでもきちんと責任を持って飼って欲しい」とお願いした。ところが「うちにはすでに猫はいるので、そこまで手が回らない」という。家族は引き取って家で飼う決意をする。そして翌日、仔猫がいた小公園の隣にある動物病院で健康診断を受け、1匹はナナちゃん。もう一匹のオスはハッちゃんと名付けた。そのとき我が家には2匹の猫がおり、ずっと飼うのは難しいと考えた。ハッちゃんは川崎に住んでいる友人に飼ってもらうことになり、わたしが電車で運んだ。
▼もう一匹のナナちゃんは里親に出そうと決め、動物病院に張り紙を頼んだ。一人の老婆から引き合いがあって、手渡す場所と時間を決め、その直前まで話は進んだが、家族から「1週間でも飼えば家族と同様だ」との猛反対にあい撤回する。生まれたときから右目に傷(白い点)があり、念のため入谷にある動物専門の眼科に紹介状を書いて貰い連れて行って手術が可能かどうか看て貰った。すると手術をした方がダメージが大きい。そのままでも拡大しないから大丈夫という診断をいただいた。
▼その後5年ほど前に診察のとき右手小指に悪性の腫瘍が見つかり、切除手術を受けた。この指の切除手術代金が15万円だったので驚いた。もしも5本切ったら65万円になるのだろうか、と心配した。以下詳細は省略するが、里子の一件いらいナナちゃんは私に対して、親しみを感じなかったような気がする。それでも3年ほど前から顔に鼻を近づけて親愛の情を示してくれるようになった。以下大幅に省略して1ヶ月前になる。
▼2月29日の深夜ナナちゃんがかなり吐瀉した。これはブログを遡ってみていただければ分かる。いまその29日深夜にナナちゃんが苦しんでいたにも関わらず、夜間緊急病院につれていかなかった責任をかなり厳しく問われている。2回目の入院からカテーテルを使って鼻から胃袋に直接栄養を入れられるようにした。これは手術をしていないので、痛くはなかったと思う。何枚かの写真でご覧になると名前をテープで切り抜いた首輪を看護師さんが作って下さった。綺麗に花模様も入っている素敵なものだ。昨日は洗浄が済んだ遺体を返していただくとき、首輪が切り離されていたんで、懇願して頂いて来た。ただ今にして思うとナナちゃんは首輪をしたのは幼い数ヶ月間だけだったので、幅の広いベルトは応援団の学ランのカラーのように窮屈ではなかっただろうか、と思う。
▼遺体をいつまでも手元に置いては悲しみが続くばかりだ。家族と相談して5年前に行った浅草橋のペット専門の火葬場に向かった。ボラカイで買った大きなバッグに入れたナナちゃんを担いでいると、何かふと動いて生き返るような錯覚を覚える。バスに乗る前に動物病院の隣りにある、ナナちゃんが生まれたと思われる小公園の桜が満開だった。根本の小枝を折ってナナちゃんの入ったバッグに手向けた。ナナちゃんありがとう。また会おうね。
ナナとハチの格闘、生後半年くらいのもの動画のみで、音声はありません。)

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April 11, 2017

自己紹介の仕方を考える。

▼猫の病気に気を取られていたら、自分の薬がゼロになっていた。前回から早いもので28日過ぎていたのだ。まず7時半にクリニックの前に並んで順番を取る。8時から看護師さんが受付を始め、1番を取れた。とって返して猫を8時45分に動物病院につれていき、家族にバトンタッチして自分のクリニックへ再び行く。診察開始の時間になっても医師はなかなか来ない。20分ほどして名前を呼ばれる。入れ替わりに一人の患者さんが出てくる。医師は「いまの人の胃カメラでポリープの切除をしていたんだ。詳しくしらべるけど、ちょっと危ないな」と呟く。この医師とわたしの相性は良く、前に胃カメラをやって貰った事がある。家族にも勧めたら「」酷い目にあったので二度といかない」と言っていた。そういえばわたしの友人も大腸カメラでポリープを8個切除したとブログに書いていた。別の友人は大腸カメラをやったが苦しくて途中で、医師に頼んで中断したという。個人差はあるのだろう。
▼終わって昼から参議院議員会館前でね種子法が参議院で審議入りになるので、抗議集会の中継に行った。なるべく皆さんが行かない場所の中継をしたいので、無理して時間のやりくりをしてでかけた。主催者の山田正彦元農水大臣にご挨拶して名刺を交換させていただいた。「テーマがわかりにくいので、一般の人の関心は今ひとつですね」と言ったら「そうなんです」とお話しされた。しばらくするとツイキャスの大先輩K氏の姿も見えた。夜勤明けでいらしたと思う。集会の内容はYouTubeに全部録画してあるので、ご覧いただきたい。男性で発言はありませんか?と司会者は発言を促すが、この時間に国会前に来れるのは、失業者か、自由業しかいないだろう。時々見かける、ある参加者が「いつもかむろてつさんのところにレギュラーとして参加している」と自己紹介したのは、大いに驚いた。山田氏とてつさんの関係を知っていたら、決してそのような自己紹介はしないだろう。住んでいる場所と名前くらいで十分だと思う。どこかに所属していなければ発言できないというももおかしな話で、自信があれば肩書きのない自分の声でスピーチすれば良いはずだ。
▼しかし今朝のマスメディアを見るとNHKから朝日、東京新聞までみんな「浅田真央引退」で右へ倣えだ。シリアのトマホーク58発の爆撃にしてもこれは国際法違反である。国連決議も安保理も開いていない。たとえシリアがサリンガスで人を殺してもこれはあくまでも国内問題である。さらにWHOなりが実地に検証しているわけではない。それなのに、イタリアに行った岸田外相はアジアでも大量殺戮兵器の危険が迫っている、と発言している。しかしイラク攻撃の口実となった「大量破壊兵器の保有」はイギリスでは当時の首相ブレアが「なかった」と反省しているのに、小泉は反省の「はの字」もなく平気な顔して「脱原発」だとか抜かしている。それを追及しないマスメディアも政治家も同罪だ。

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April 09, 2017

金曜日に友人が国会前まで来てくれた。

Harto
(九段「昭和館」入り口の展示より。石炭が必要で戦争をしたのか。戦争を継続するために石炭が必要だったのだろうか?
▼ブログを3日ほど書かなかった。先週木曜日は1週間ぶりに中継にでかけた。中継はわたしだけだったので、お役にたてて良かった。ところが帰宅してから久しぶりの中継だったので、夜中に足が吊れた。金曜日は連続の中継は止めようかと迷っていた。ところが都下T市に住む友人が、行きたいとラインで連絡があった。この方は普通の主婦で、こういう事には興味がないと思っていた。しかしブログやメルマガはきちんと読んで下さっていた。4月10日号である、最新号のメルマガの<編集前記>で「明日6日は現在の治安維持法である「共謀罪」は衆議院に上程され審議がはじまる。公明党は自民と一緒なので、国会を通過することはまず間違いない。」と書いたのを覚えていて下さった。
▼先週ほとんど休んだのは退院後の猫ちゃんの介護である。4時かおきにカテーテルを使って給餌するのは意外と面倒なのだ。病院で貰った低カロリーの缶詰めを家庭用のミキサーに入れてチューブが詰まらない大きさに砕いて液状のペーストにする。それを注射器6本で吸い取って、猫の首→鼻→胃袋と繋がっているカテーテルに6本500CCを15分くらいかけて流し込んでやる。時々嫌がるので、一人は猫の頭を撫でてやらなければならない。これが4時間おきにきちんとやらねばならない。注射器に吸い取ったペーストは湯煎で体温に近い状態にする。朝6時から午後11時までそんな事を毎日くりかえしていた。
▼ところが7日朝から、獣医の指示で基本は今までの缶詰め(ナナちゃんは牛肉が好みだ)と、病院で貰ったカリカリという乾燥エサに切り替えることにした。そして上記カテーテルは午前6時と11時頃の2回にすることにした。これだけ4時間の時間を気にせず行動できるので、夢のように楽になった。今は動物だが人間の介護となったら、スプーンを使って口からの食餌、入浴、排泄などがあるから、もっと大変だろうと思う。
▼連絡を受けて押っ取り刀で機材を準備し、バスと地下鉄に乗る。中継の予告アナウンスは地下鉄のなかで行い6時15分には現地、第二議員開館前に到着することが出来、スタートに間に合った。初参加の方にはサングラスかマスクを持参するように連絡をする。わたしは国会周辺には今年で6年間も通っているから地理はわかる。その方からは午後7時頃「国会記者クラブの前に到着した」という連絡がラインで入った。到着したら関西にお住まいで反原発の行動をしていらっしゃる方とご一緒だった。10分弱お話しをして、場所は動かないまま、適当な時間で引き上げるようにお話ししする。帰りに関西の方から握手を求められ、気恥ずかしい思いをしたら握手を返してお別れした。
▼土曜日は1週間前に桜の開は二分咲きだった千鳥ヶ淵に再びでかける。雨模様だったので人手は少なかった。近くにお住まいの方に金曜日お聞きしたら「もううんざりするほどの人出で参っている」というお話しだった。土曜日は日大の入学式で、その参加者の混雑は激しかった。桜のほうは空いていてゆっくり見る事が出来た。桜のシーズンになると九段下駅は上りのエスカレーターは中止になる。わたしは大丈夫だがお年寄りは登山のように辛いと思う。トップの写真は近くの昭和館の展示の一つである。

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April 06, 2017

何の役にも立たないリツイートを考える。

▼原稿を3本も書いたのでブログを更新する時間がすっかり遅れてしまった。5日は本を読みすぎてもう夕方になると焦点が合わなくなってくる。しかもその後遺症できょうは頭(眼)が痛む。『鍵盤乱麻』トップページの写真を気合いをいれて入れ替えたのでご覧いただきたい。やはりiPhoneではこういう夜景を撮影するのは無理がある。写真をクリックすると拡大してご覧になれる。この技術はヒミツでも何でもない2枚の写真をリンクさせているだけだ。
▼半月ほど前に申し込んでおいた区主催の「高齢者筋力向上トレーニング教室」に見事当選して、毎週金曜日の午後3ヶ月間12回通うことになった。脚力に自信はあるが、柔軟性とかになるとかなり怪しい。
▼ドアホンを、かねてアマゾンに申し込んでおいたビデオ機能つきのものに交換した。いちおう工事はじぶで出来たが、AC100V電源線への直結は、電気工事士の資格がないと出来ないので、いつものA君に頼んで来てもらう事になっている。
▼さて、リツイートについて考えて見たい。実は昨日「石原伸晃、元「金目発言」大臣がトランプや花札を政治資金で購入していた」という週刊現代の記事を、朝7時頃試しに自分でツイートしてみた。どのくらいツイートがあるだろうか?見ていたら夕方で100件を超えた。話としては面白いが、ツイートしてもリツイートしてもまったく意味はないと思う。というのは「石原はケチくさいやつだ」とか「ギャンブル依存症か」という立ち飲みやで一杯ひっかけてする、雑談程度の話だ。たとえここでリツイートしても、石原はこんなツイートを見ているヒマはなかろう。2chなみの盛り上がりかなというのが、正直な印象だ。相手に参ったと思わせるならば、プラカードもって自宅周辺でスタンディングするのが一番だろう。あるいは政治事務所か宿舎にファクスを送るなどだ。それが証拠に石原は政治資金報告書を訂正するくらいで終わってしまう。
▼もう一つわたしがツイートしたのは「民進党の前原が、何でも反対しているから支持層が増えず経るばかりだ」という発言に関してツイートした。こちらはお一人さまだけがリツイートして下さった。わたしがリツイートして欲しかったのはこちらなのだ。だが政治家を揶揄することはお好きでも、政治を変えようとする動きにはならない。
▼今朝いつものように朝、動物病院に猫ちゃんを診察につれていったら4chの朝の番組を放送していた。すると若い評論家らしい男が「共謀罪で民進党は条件闘争をすべきだ」と寝ぼけた発言をしていた。ちなみに不思議なことに病院の待合室は4chに固定されている事が多い。これは機器納入業者が、医療機械納入の見返りとして、4chに設定しているらしい。映画「すべての政府は嘘をつく」ではないが、仕立てのいいスーツを着て、したり顔で喋る奴らは大体、大嘘つきであることが多い。注意して見るべし。

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April 05, 2017

銃剣術の復活は「気合い」の復活。

▼銃剣術が中学校の正式科目として体育に取り入れられるという。10年くらい前だが、わたしが住んでいる近くの体育館で、銃剣術の訓練をしているのが、外から見えた。見ているだけで気持ちが悪くなる。銃剣術とは白兵戦で一対一で闘う方法だ。だがいまは日露戦争の時代ではないので、こんな事をやっても何の役にもたたない。映画「戦争と人間」の第三部で山本圭が演じる左翼学生が、特高により、小林多喜二がやられたような拷問を受け、その後、懲罰として兵役に就く。さらに反戦兵士となって前線に配置されるが、その時の肝試しとして、捉えた八路軍兵士を十字架に縛り付け、刺突(銃剣で刺す)訓練をさせられる。
▼しかしヒューマニストである山本は上官から叱責され、脅されても生きている捕虜を刺突することができない。拒否していると八路軍が攻めて来て日本軍は散り散りばらばらになる。刺突をして兵士は処刑の対象になるが、山本は生き残った捕虜から「この人は殺さなかった」と証言され、助かる。一方山本の留守宅には憲兵が執拗に家宅捜索に来る。そこで留守宅を守っていた妻の吉永小百合は「山本が生きているに違いない」と確信し、彼が好きだった歌を復唱しながら口ずさむ。吉永はダイコン役者で嫌いな俳優だ。しかし唯一このシーンだけは泣けてくる。
▼いまは大量兵器の時代である。地上戦に入る前に、クラスター爆弾で徹底的に隙間なく攻撃する。さらにクラスター爆弾を使うからたとえ地下30mにコンクリートの地下壕を作って入っていても生き残る事は不可能である。まして生き残って、竹槍や、銃剣術で対応するなど馬鹿げた、空想の世界だ。もっと戦争が起きないように力を注ぐべきだ。軍事評論家でも「銃剣術」」の復活には疑問を呈している人が多い。今朝の「東京新聞」で思想家の内田樹氏は「今、礼儀や愛国やらのための武道を学校教育に導入しようとしているが、非常にイデオロギー敵で悪質な政治目的を感じる」と書いているがまったく、その通りである。みなさん、銃剣道もパブコメを募集していました。すでに終了していますが、書いて出しましたか?自衛隊は組織的にパブコメを書いていました。

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April 04, 2017

監視カメラはついたけれど。

▼昨日は月の内でもかなり集中を要する仕事にかかり切りで、午後9時まで掛かった。そして今朝再点検して送信終了。昨年9月から必要あって携帯を3台持っていた。理由はツイキャスをなさる方ならば想像していただける。2台目はWIFIで3台目はツイキャスのカメラだ。これは市販の安い中古のアンドロイドを買えばよかった。うっかりiPhoneの5Cを買ってしまった。ツイキャスアプリをダウンロードするにはどうしてもSIMカードが必要になる。仕方なく6ヶ月間という一番短い契約にした。カードはその時一回だけ使い、後は外して半年間一度も使わなかった。初心者は手探りで色々試行錯誤を繰り返す訳です。OCNに電話したら解約手続きは10分くらいで済み、かなり肩の荷が下りた。今まで携帯使用料金は約8千円払って来たので、今後は2台で5千円くらいになるはずだ。
▼実はわたしの住んでいるマンションにもダミーカメラから本格的な監視カメラが導入された。何度もアンケートを取り、総会の場で反対の意思表示をしたのはわたし一人だった。変な人に見られないように、親しい人には「総会の場で反対の意思表示をするから」と根回しはしておいた。総会ではカメラは必要最低限の2箇所で管理会社やネットに接続しない。録画は2週間で上書きする。必要があって画像を見る権限は理事長と三役だけ、という事で議案は可決された。工事は5日ほど前に半日ほどかけて終わった。最近の監視カメラは、カメラの形をしていない。とくにエレベーターの中のそれは、小型照明のようにしか見えない。我孫子の事件にしても監視カメラの目はかいくぐっていて、未だに容疑者は特定出来ない。しかし国会で重要法案が審議される時に限って、何故か猟奇的な事件がおきるのは何故だろう。
▼今朝のモーニングバードではヤマト運輸の長野支社で、上司から暴力を受けて自殺した事件があり、遺族が損害賠償を求めて提訴した事件を報道している。ヤマトは素晴らしい会社だと褒める人もいるが、我が家の地域の担当さんはとても仕事熱心で、こちらの動き把握した上で無駄のないように、嫌な顔一つせずに配達して下さる。しかし狭い路地を自転車で配達している方は、本当にご苦労さまだと思う。

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April 03, 2017

◇『標的の島 風かたか』を見る。

▼今週はシネマの原稿の締め切り日がある。既に執筆する本数は見ている。しかし友人がポルポレの『標的の島 風(かじ)かたか』のチケットを下さったので、これを見ようと思った。今は外出するには時間の調整をしないと出かける事ができない。猫の給餌だ。先週は4時間間隔だったが、今は5時間間隔になったので助かる。日曜日は職場が休みの人がいる。給餌と投薬は2人体制が望ましい。人間の介護とほとんど変わらない。
▼9時45分にポレポレの前に到着すると、既に10人以上が列を作って並んでいた。わたした見るのは12時半からだが、良い席に座るには早く行かねばならない。席を確保してから開映まで2時間半あるので、千鳥か淵に行こうと計画していた。実は昨年も4月2日にここ千鳥ヶ淵に行ったが満開で、人出も最高潮だった。今年はYouTubeでご覧のように2分咲きだ。毎年そうだが、日本語が通じない人が多く、止まってはいけないところで立ち止まって写真を撮ったり、左側通行が守れないので、渋滞がおきる。15分の撮影は終わり、再び東中野へ。駅前で丼ご飯を掻き込み、映画館に並ぶ。わたしは12時半の一番だった。並んでいると背中を突く人がいる。振り返るといつも議員会館前でお目にかかる同郷の人だった。この方も参加者が少なくても、スピーチもせずに必ずスタンディングをして下さっている。
◇『標的の島 風かたか』三上智恵監督作品である。三上さんのスピーチは最初の映画の時、座席でビデオカメラを回して30分くらい撮影した。その後三上さんは自分の思いを貫いて撮影を続けるために退社して沖縄のドキュメンタリーを撮影し続けている。
▼映画のタイトルはわかりにくいが、沖縄地方の方言で「強い風から、自分の家族や子どもをまもる」という意味だ。比重はどちらかと言うと高江のヘリパッド建設反対行動と、石垣島に自衛隊がミサイル基地を作ろうとしている。それもジャングルだったところを先祖や自分が自力で開墾した場所だ。人は水がなければ生きていけない。それなのに沖縄防衛局は住民の意見を一切聞かず、命の綱である水源地の上に基地を作ろうとしている。しかも市長を取り込んで議会に建設案を提案する。住民説明会では賛成派も多くおり、「中国は、南沙諸島など領土拡大政策で、沖縄も危険になっている」と喋らせる。防衛官僚は住民に言質を取られず、言い逃れが上手い奴らが出世する。
▼沖縄の地上戦を体験している90歳近いひとたちは、日本軍は戦前も住民の命を守るどころか、壕から追い出した、証言する。今年から娘さんを島外の大学に進学させる、と言う農家の男性はミサイルが配置されたら、中国にとって最大第一の攻撃目標に設定されてしまう。もし撃ち込まれたらどうやって島外に避難するか方針はあるのかと追及する。つまり米国の手下に成り下がった防衛省は、何が何でも沖縄に基地を作ろうとしている。島に基地を作れば自衛官は選挙権も移動するので、その後の島の世論構成は次第に自衛隊に有利にはたらく。
▼高江では博治さんが運動の中心になり、あの道路に自家用車を並べて合法的に最大の抵抗運動を繰り広げる。だが機動隊はネームや階級章を外して弾圧に臨む。女性が機動隊員に首を絞められた場面を目撃したところから、抵抗中止を叫び、「女性の首を絞めるなんてなんて卑怯な奴らだ」と涙する。
▼沖縄地裁の「埋め立て無効」裁判での翁長知事の毅然とした態度。抵抗することに何の意味があるのだろう?と自問自答する老婆。その答えは抵抗の事実が歴史の1ページに刻まれるということだ。ともすると機動力jと武力を持った警察と自衛隊、それに米軍は太刀打ちできないような巨大な権力に見える。だが自国の国民に敵対して、見方は今後増えるメドはまったくない。武力にすがるものは武力に滅びる。

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April 02, 2017

ヤクルト応援グッズ傘の直径は40cmです。

Kasa
(傘の実寸)
▼金曜日は雨が強く、自分の傘とカメラの傘を2本もっていったが、カメラをセットしてから交換する時間はなくそのまま、最期まで傘を持っていた。というのは風も強く大きな傘だと三脚まで倒れてしまう。2ヶ月ほど前に厚労省のまえで風に煽られビデオカメラはダメージを受けてしまった。さらに大きな照明も風の影響を受ける。そこでかねて内定していた、ヤクルトの傘を買いに行こうと思い立った。ネットでも買える住所氏名などを入れてファンクラブに入らねばならない。それはかなり面倒である。ならば試合がある日は応援グッズの店は開いているというので、行こうと思い立った。信濃町から歩いて10分少々だ。信濃町で下車するのは3年くらい前にkM党に抗議に行って以来だと思う。その前にガザ空爆に抗議があった。
▼だいたいわたしはロッテの選手など一人も知らない。元監督の古田さんくらいしか知らない。最近インターネット放送を聞いていたら、次のWBCの日本監督を誰が良いかという話をしていた。脱線するが今回の小久保は元気と気合いが感じられなかった。別の情報によれば彼はFXだが投資で大失敗してどれどろではないらしい。さて古田は良いと思う。しかしその放送によれば昔、プロ野球労働組合の委員長をしていたとき、待遇改善を求めてストライキ直前までいった。その行動が経営者(資本)にとって二の足をふませる原因だという。自分の将来を犠牲にしてまでして選手の待遇を求めて頑張ったなんで素晴らしい事だ。
▼経営者が選手の待遇改善にそんなに内向きだから、良い選手は出てこない。多少よくなるとメジャーに行ってしまう。もう一つは巨人の人気におんぶしていることと、とワンマンオーナー存在のと思う。
▼傘は開いて直径が30cmだ。大雨の時は横方向からの対策も考えなければならない。使用結果のレポートは追々ご紹介する。ショップの場所は警備員さんにお聞きしたので、すぐ分かった。お金を渡してもレシートが出ない。傘には販売証明のシールを貼ってもらい、アルバイの店員さんに「領収書を下さい」という.「宛先はどうしますか?」というので「うえさま」にして下さいとわたし。アルバイト女性は相棒の女性に「うえさまってどういう字だっけ」と聞いていた。高校では領収書の書き方までやらないのだろうか?

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April 01, 2017

4月1日、新聞の1面トップ記事に驚く。

▼お早うございます。毎度おなじみの猫ちゃんの話題から…。昨日は昼間は帰宅しており、夕方6時半の診察で病院に泊まるか、帰宅できるか判断するということだった。自分では水がうまく飲めないので、金曜朝病院に引き取りに行くと、ラクダよろしく背中に水を注射しておいてくれた。夕方血糖値を図って問題なければ帰宅できる、という手順だった。昨晩6時半の獣医の判断は「帰宅問題なし」だった。しかしそうなると、給餌は4時間ごとなので、午後7時半と、11時半になる。そうなると永田町アクションにはすべて参加できなくなる。これは予想だが雨の日は参加者が少ないと思う。それで猫ちゃんには可哀想だが、獣医にはウソをついてもう一泊お願いして、6kgの中継機材をもってバスに乗る。地下鉄にのってから「中継予告」を発表する。
▼永田町駅を降りて第二議員会館方向に向かうと、てつさんの声はするが、まっくらだった。力さんが手持ちカメラでツイキャスをして下さっていた。雨のなかなので機材を入れたリュックを地面には置けない。背負いながら三脚とL字型アームにビデオ、iPhone、WIFIと照明を取り付ける。5分くらいでセット完了。ピークで50人余の方々がツイキャスをご覧になって下さって、トータルで200人余だった。猫ちゃんには寂しい思いをさせてしまったが、無理して来て良かった。夜の給餌の時間が上記のようなので、病院に預けない限り永田町や国会周辺には来る事ができない。おそらく来週後半には自力で食べる回数が多少増えると思うので、4月第2週から普通の行動ができるのではないかと思う。とにかく4時間おきの給餌が待っていると、集中して何かすることができない。
▼集会が終わり、JR市ヶ谷に出て帰る。この方法だとバスの待ち時間がないので、10分くらいは早く帰宅することができない。撮影機材はから拭きし、三脚も延ばしてから拭きし、そのままベッドの下にいれる。2本のYouTubeアップロードが終わったのは、ほぼ午前零時だった。
▼たまたま今朝のWEBで某政党新聞の1面を見て、腰が抜けるほど驚いた。1面トップの記事が「反原連の首相官邸前抗議が5周年」だという。いくらエイプリル・フールと言っても酷すぎる。きっと選挙の票にならない事は何もしないつもりなのだろう。その点、東京新聞は「自主避難者、家を奪わないで」だった。
▼昨晩の抗議で8時頃マダムがスピーチされ、配布した資料は以下にあります。「みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会」

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