« April 2017 | Main

May 22, 2017

スマホで診察と処方箋が出る時代がやってくる、かも。

▼昨日は我慢できないほど暑かった。身体が暑さになれていないせいだろう。官邸前には短パンTシャツで行ってが、それでも暑かった。うっかり前日買った「水」を冷蔵庫にしまったままでかけた。内幸町から茱萸坂を登って首相官邸前まで、富国生命地下のコンビニは閉店ししまい、警備上の理由なのか自販機すら1台もない。短い時間の抗議なのでしかたなく、終わるまで待った。昨日は参院の70周年とかで、国会土産を持った見学客が道路を多数歩いていた。普段の「共謀罪反対」もこんなに集まって欲しいものだ。国会饅頭か国会煎餅の包みをもって歩く人の波。治安維持法の様な悪法が明日にでも衆院本会議を通過しようとしているのに、日本は何と幸せな国なのだろうか?群馬に住んでいる友人が新宿の若者デモに足を運んだが「1年前にくらべてとても静だった」とメールを送ってきた。
▼今朝朝刊の新聞広告に某週刊誌の見出しが躍っていた。「危ない病院の見分け方」1)医師の机の上が乱雑。2)初診なのに調薬を10日以上出す。3)ナースステーションが静すぎる。4)すっぴんーの看護師が多い。これは意味不明だ。5)予約したのに長時間待たせる。6)HPの更新が少ない。何かの参考にしていただきたい。しかし新聞の広告を見てからDマガジンで該当する週刊誌を見ても、その記事は見あたらない。「文春砲」の二の舞なのだろうか?
▼土曜日のNHKを(だったと思う)を見ていたら、皮膚科のネット健診アプリを紹介していた。初回だけ面接診断をしてもらう。その後はアプリで予約する。そして自分の、例えばニキビなどの画像を自分のスマホで撮って送る.。医師は拡大したり、場所を指示して再度撮影し、拡大して診断する。そして薬の処方箋は郵送で送る。スマホの診断は10分から15分で終わるので、お互い時間の節約になる、というものだ。
▼このアプリの発案者は農村なの過疎地の画像診断から思いついたという。わたしなど、今は血圧測定をして「目眩や頭痛などありませんか?」と言って3分の診察で処方箋を書いてくれるだけだ。出来れば2回に1回は、こうしてくれると助かる。本日仕事の原稿執筆が忙しいので、これで終わり。

|

May 21, 2017

拘置所では歯医者にも行けなかった山城博治さん。

▼20日朝10ch系の「旅サラダ」を見ていたら、歌手の吉幾三がゲストで出ていた。そして「俺の母親は92歳になるがむし歯は一本もない」と豪語していた。続いて「全部入れ歯だから」と付け加えていたので、大笑いしてしまった。「週刊金曜日」5月12日号で、山城博治さんが「沖縄で戦い続ける」という対談に出演していた。そのなかで拘置所でむし歯が痛いので歯医者にかかりたい」と係官に訴えたら、ここで治療はしないが、もし我慢ができないほど痛ければ抜いてあげる」と言われたという。道理で拘置所や刑務所から出て来た人は「歯なしが多い」と訴えたいた。
▼1994年に見た映画「愛に囚われて」でジュリア・オーモンドが歯医者になって刑務所の内部で受刑者を診察する場面があった。その時「デンタルフロスで歯の手入れをしなきゃダメ」というセリフがあった。日本では上記山城さんは靴下さえ差し入れを拒否された。その理由を対談で「靴下を飲み込んで自殺する恐れがある」と言っていたのには二度びっくりした。昨晩何処かの局で池上某が出演していて、なぜ容疑者を警察と検察が二度も取り調べるのか?という質問に答えていた。それによれば、「容疑者を間違った罪で起訴することがないようにするため検証するのが目的だ」だという。そして「警察の留置場に23日間ですが実際には多くの場合22日間)身柄拘束され、その間に検察官が公判請求をするかどうかを決めます。公判請求された場合、起訴後もそのまま身柄拘束が続きます」。とも言っていた。ところが山城さんの場合は52日間も入れられていた。こういう現実の矛盾を、机上の理論で建前だけを話す池上は説明していなかった。
▼昨日は渋谷イメージフォーラムまで、フランス映画「アムール、愛の法廷」を見に行った。この映画館はとても良い映画lを上映するが、我が家からはかなり遠い。なにせ場所が金王坂にある。映画の内容は後日ご紹介する。チケットをかってから昼食を摂り、時間が余ったので行き付けの古本屋さんに行った。それは二ヶ月ほど前にNHKBSで永六輔の末期の5年くらいを記録したドキュメンタリーがあり、彼が最期に読みたかったのは、「唐詩選」だったと紹介されていた。さっそく図書館で借りたが、2巻から先に来たのでほとんど読まずに返却した。
▼ネットで探しても全巻揃って手頃な価格の3巻セットは見つからなかった。その古本屋さんに行くと岩波の3巻セットが、何と600円で売っていたので、迷わず買ってしまった。

|

May 19, 2017

◇「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を見る。

▼西武球場はとても不便な場所にある。数年前某放送局の記者が試合が長引いてしまい、電車がなくなってしまった。そこで上司に「現地に泊まって良いか?」と問い合わせてところ「ノー」と言われ、泣く泣くタクシーで帰ってきたという話を聞いた事がある。さて昨晩ソフトバンクはオリックスとの試合を関西で終え、きょうから西武球場で3連戦である。この場合、当該選手はどこの宿舎に泊まるのだろう。家で色々論議があった。わたしは「池袋のホテルか幕張メッセかと思った。家族は「秋津」なんていう人もいる。こんな時はネット検索である。すると立川のPホテルが西武球場で試合をするプロ野球選手の宿舎に使われていると出た。なるほど…。
◇「マンチェスター・バイ・ザ・シー」主人公のリーはアメリカ東海岸のボストン郊外でアパートの管理人として一人で暮らしている。ある冬の寒い日、兄が病死して、故郷の港街マンチェスター・バイ・ザ・シーに帰ることになる。そこには残された甥っ子パトリックが一人残されており、彼の面倒を見ることになる。葬儀するにも現金がないので、病院の冷凍保存庫に兄の遺体を保管してもらう。さらに家の相続や、遊びに使っていたボートの処分など難しい問題が山積している。叔父の言う事に反発するリーは誰に対しても心を開こうとしない。
▼それはリーが持っていた過去に原因があるそれは若い頃飲み足りないので、近くのコンビニにピール2カートンを買いにいっている隙に家は火災で丸焼けになり、妻が面倒を見ていた幼子が焼死してしまう事件があった。その後二人は離婚していることが流れの中で分かって来る。これが、ミステリー風に描かれており、主人公jの現在の気持ちと、過失にさいなまれて苦しんでいる様子が、反抗期にある甥っ子パトリックの気持ちと重なって見える。
▼故郷の海を見るたびに、(いやTVドラマ「リゾーリ&アイルス」を見てもボストンは美しい海辺の町だと分かる)リーは自分の過去を悔やむ。そして心は不安定で、二人のガールフレンドとの逢い引きにしか興味がない、パトリックとの折り合いをどうしらら良いか分からない。そんな時に兄の遺言を弁護士から受け取る。当面はパトリックの成人になる18歳までは後見人をするしかない。
▼カネとモノが全てなのか?人間の心の葛藤はモノを持ってしても救えない。十字架を背負ったリーは苦悩を重ねながら一歩、一歩前に進みだそうとするのだが…。今年のアカデミー賞で脚本賞と主演男優賞を受賞した作品だ。派手さはないが、どうしたら前に一歩踏み出すことができるのか、スクリーンから目を離せない。銀座シネスイッチで。

|

May 18, 2017

初めてN鉄道に乗って取材に行く。

Img_0992
(高浜原発4号炉、5月7日撮影)
▼1週間前、みさんにご支援していただいて行って来た高浜原発4号機は昨日制御棒が引き抜かれ、次第に臨界に達しようとしている。自治会で「再稼働反対決議」を上げた音海の町の人々は、高浜原発の前を通らないと逃げられない。袋小路の奥にある。東京新聞の朝刊にも中学校の生徒はどう、避難すれば良いのか?と書かれていた。船を雇って沖に逃げるしかない。反対運動があっても原発を再稼働するのは、「交付金」という鼻薬。それに国家権力と結びついた「電力会社には逆らえない」という諦めの気持ちを植え付けることにある。ブログに書いた8日早朝に校門のところで生徒に挨拶していて、女性教師も、本音を聞いて見たかった。
▼一昨日の新聞を見ていたら俳優の日下武史さんが海外旅行中のスペインで客死したと報じられていた。日下さんは俳優というよりも、わたしが中学生だった頃、深夜番組で「アンタッチャブル」という番組が放送されており、そのFBIのネス隊長の声をやっていたので知っている。実に渋い声で、実際の顔はどんなだろうと、当時は空想していた。敵役のフランク・ニティなんていうのを知ったのもこの時である。ケビン・コスナーが出演したこのリバイバル映画の中で映画「戦艦ボチョムキン」のオデッサの階段シーンがパクられていた。
Img_1016
(N鉄道なのはな号)
▼昨日は午後からずっと取材に出ていた。前者は楽だったが、後半はN鉄道で取材先に行かねばならなかった。生まれて初めて始発のM駅から終点のN駅まで乗ったが、ここではSuicaは使えず、硬券の切符の自販機があった。しかし領収書の方が遥かに大きく高そうだ。終点で降りると目的地よりも「近藤勇陣屋跡」がGoogleマップに出てきたので、そちらに先に立ち寄る。近藤がなぜこのN町にやってきたのか明らかではない。一説には福島へ逃れるために立ち寄ったとされる。役人に「意見を申し立てた」ため二週間くらいで、捕まって殺害されてしまう。何せあの顔つきだから偽名を使っても逃れる方法はなかったに違いない。陣屋跡には新撰組や近藤勇グッズが色々あったが、興味はないので何も買わなかった。
▼逃げるのだったら上野の彰義隊と一緒に闘えば良かったのにと思った。しかし彰義隊は天皇擁護派だったので、プライドが高い新撰組にはその選択肢はなかったのだろう、と思った。取材が終わって再びN鉄道に乗るとH台の辺から高校生がドッと乗り込んで来た。主従人もいたが全員スマホの画面をみており、本を読んでいる生徒は一人もいなかった。うーむ日本の将来はどうなってしまうんだろう。昨日も国会情勢が緊迫して心配だという知人から「日本の将来はどうなってしまうのでしょう」と書いてあった。私は占い師でも、予言者でもないので、どうなるか分からない。後悔しないように行動するしかない、と思う。
▼昨晩午後10時過ぎわたしのfacebookに不正アクセスがあったと連絡が来た。わたしはIDは持っていますが、アクセスは一切していません。みんなニセモノです。近く退会手続きをとります。

|

May 15, 2017

高浜原発再稼働反対集会に行って来た。(4)

Wadaeki
(若狭和田駅の銘板、駅舎まで原発マネーとは)
▼野暮用が多くてブログの執筆が遅れている。高浜から帰ってちょうど一週間目になった。12日、3週間振りに共謀罪の抗議行動に参加した。この日は民進党だった。みなさん暖かく迎えて下さった。なかには「最近LEONさんを見なかったが警察に捕まったのでは…」と噂されていたというので驚いた。この調子だと警察に捕まっても誰も助けに来てくれそうもない。薄着で出かけたら、心配した方がご自分のダウンベストを脱いで貸して下さった。「捨てても良い」と言われたが、昨日クリ-ニングに出したので、きょうの宅配便でお返しするか、持参したい。
▼高浜の続き。デモ行進や会議が続いたので、夜の町に繰り出す時間などまったくなかった。しかし行進や移動の合間に見える砂浜は真っ白だ。地図で見ると、若宮、城山、鳥居、白浜の各海水浴場がある。とくに白浜は砂が真っ白で全国的に有名だ。だが高浜原発からかなり近い。時々ご紹介する僧侶の中嶌哲演さんは、デモの休憩している時も地形の説明や、海水浴場のお話しをして下さった。「海水浴場に関しては、一時期原発の事故もあって客足は激減してしまった。しかし今では微増している。」との事だった。はっきり言って、この地域で生きていくくには、海産物の漁獲か、民宿で生きて行くしかない。それ以外は原発関連労働だろう。再生産可能な仕事と言えば、漁業にちがいない。
▼しかし何度も話をするが、「交付金」で町を縛り付けている。朝も町役場に向かう途中、立派な中学校があった。生徒を校門で出迎えている女性教師に「お早うございます。立派な学校ですね。」と声を掛けると「ありがとうございます」という声が帰ってきた。表現の仕方は悪いが、住民は「交付金」でシャブ漬けにされている。おそらく高校を卒業しても、町の中にはそれほど大きな企業な見あたらないので、県外に働きにでなければならない。もしくは関電の城下町の原発で下部となって働くかだ。
▼前回民宿に対する警察の脅しを書いた。このデモの終盤でもおかしな事があった。休憩していると、前の方から右翼の街宣車がやってきて(33分58秒のところで音声が聞こえる)、休憩している我々に悪態をついて行ったのだ。デモの再後尾には私服警官が2名付いて無線連絡をしながら歩いていた。普通デモを探すならば後方から迫ってくるはずだ。警察の誘導を受けてこの場所にやってきたのだろう。右翼が立ち去ってから警察官は言い訳気味に「あまり気きに、せんといてください」と言う。
▼歩いているとこの地域では50人に一人くらいの地元の人たちが手を振って下さった。若狭和田駅に着いたのは11時半頃だった。この和田駅舎にも「平成16年電源立地地域対策交付金施設」の銘板が打ち付けられていた。東京組は荷物を、再びトランクルームに入れて帰途に就く。しかしバス運転手さんが渋滞に巻き込まれるのを嫌い、昼食を摂ったのは午後2時過ぎになってしまった。だがそのおかげで午後7時半には新宿西口に到着することが出来た。つまり行きよりも1時間も早かったのである。(終わり。ご協力頂いた皆さま、ありがとうございました、)

|

May 12, 2017

高浜原発再稼働反対集会に行って来た。(3)

▼昨日は木曜日でシネマの締め切り日だった。それで、「弾丸高浜ツアー3」はお休みさせていただいた。「シネマ」はれが最終原稿ではない。さらに400字程度まで縮めなくてはならない。図書館に返還するべき本があって出かける。途中千葉大の東京サテライトオフィスが出来る場所を通るのだが、中学校の改築やら、引っ越しを目当てにマンションの建設が始まっている。先日もその場所を通ったら、近隣住民が作業員の人に「住民説明会はやったの?」と詰め寄っていた。
▼「高浜弾丸ツアー3」1日目夜の意見交換会は弁当を食べながら午後7時45分まで続いた。「2」は中嶌哲演さんの発言を一部正しく訂正してあるのでご覧いただきたい。会議が終わってから宿舎に引き上げるのが一苦労だった。というのはデモの時、リュックは重いのでバスのトランクルームに入れたままだった。そのバスはメインのホテルに戻ってしまった。充電するための機材はそのリュックに入ったままだ。仕方なくホテルの送迎バスに乗った。トランクルームの鍵はかかっていなかった。さてそれから。わたしの宿泊するのは、まったく別の民宿(釣り宿)だった。地図は不鮮明で分からない。ホテルのフロントで場所を地図に書き入れてもらったが、昼間場所を確認すれば行くことが不可能ではない。しかし夜道は目印もなく真っ暗である。ホテルの送迎車の運転手さんに泣きついて、釣り宿まで無事送ってもらった。
▼午後9時なので自主交流会の飲み会は既に始まっていた。わたしは何としても風呂に入りたい。しかし午後8時で火は落とされている。若干冷たい風呂で洗髪、ひげ剃りを完了する。飲み会は20人弱だった。Nさんからなぜこの釣り宿にしたか説明があった。それによれば昨年と同じ民宿に頼もうと電話したら「実は警察から連絡があって、あの連中を2度も泊めたら承知しない」と警告された、というのだ。妨害はそこまで来ていた。この釣り宿にはPサイクル(ピース・サイクル)のメンバーが多く泊まっており、お話しをおききする事が出来た。それにいつも国会正門前や亀戸団結まつりでお目に掛かる方と同宿で、お話しができた。
▼朝食はおにぎり2個と味噌汁だけだった。しかし前夜参加者が持ち込んだ「烏賊の煮付け」の残り物があって、再びそれをただく。
▼翌朝は高浜町役場への申し入れから行動が始まる。町長への要請は5人プラス、カメラマンという事で中に入ることが出来た。その様子はYouTubeに乗っているが、町長の代理に防災課長さんが対応して「町長にきちんと伝える」とお話しして下さった。同席して下さった僧侶の中嶌さんのお話しによれば、高浜はまだ話を聞く姿勢を持っている。他は会おうともしないところが多いという事であった。(「4」に続く)

|

May 11, 2017

◇「『知事抹殺』の真実」を見る。

▼2006年9月、5期18年に渡り、県民の厚い支持を得て福島県を作ってきた佐藤栄佐久知事は、突然辞任させられた。それは東京地検特捜部が作り上げた架空の「収賄罪」であった。しかもその結果、裁判所は、前代未聞の「収賄額ゼロ円」であるにも関わらず、有罪判決を出した。一体何の罪で有罪になったのか。なぜ、原発に近づくものが消えていくのか。
▼佐藤知事は地方分権・道州制・原発問題など様々な国策と命がけで闘った。朝食を食べている最中に警察はやってきた。簡単な事情聴取で済むと思い、食べかけのラーメンは「汁が美味しいから、帰ったら残りを食べる」と妻に言い残し出かけた。しかしそのまま逮捕、収監、関係者の事情聴取がされる。裁判に至るまでの検察側によるマスコミ報道の信用性。一人の人間を破壊し政界から抹殺。報道されなかった本当の真実が佐藤栄佐久の証言でいま明らかにされる。
▼ふるさとを守るためなら、財界であれ政府であれ、どんな大きな力とも対峙する気持ちを秘めているのが保守主義者だ。佐藤栄佐久氏は当初、東電と良い関係を築こうとした。しかし「大丈夫」という東電の発言を裏切る原発事故が再三発生した。そのため佐藤栄佐久は、東電に厳しく臨まざるをえなくなった。ところが、全く覚えのない「知事の汚職事件」が起きる。それは佐藤が父の作った会社の役員を引き受けており、実際は弟が経営に携わっていた。しかし役員報酬は一切受け取っていなかった。ところが「知事の天の声で収賄が行われた」という事件がでっち上げられる。
▼その後、大規模な検察不祥事が浮上して佐藤氏の事件が改めて注目された。部下の土木部長の「天の声」証言とは実質的に佐藤氏がその場におらず「声」すら出せない。ところに、原発事故が起きた。検事は取り調べの時、「知事は、日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する」とはっきり言われる。そもそも取り調べされると、自宅周辺には常時20人以上の記者たちが三脚とカメラをもって24時間体制で取り囲む。近所の人たちは疑惑の目を向ける。そして収賄容疑で逮捕。有罪判決が下る。さらに1年後の二審判決で、収賄額ゼロだったとして「実質無罪」の内容だった。
▼なぜか有罪だたのか?どうみても明らかに意図された冤罪である。その5年後、2011年のあの福島大原発事故で、知事の懸念は現実のものとなった。しかし、最高裁への上告は棄却される。佐藤栄佐久が原子力村と命がけで闘ったのは、福島そして国民の命を守るためだった。知事の潔白であるという正しさは証明されたが、人間佐藤栄佐久は抹殺されたままだ。「司法の中立・公正とは何なのか?」「日本は民主主義国なのか?」「マスメディアの果たすべき役割」とは何なのか・日本の民主主義とは何かを根本から問う映画だ。渋谷アップリンクシアターで上映中。
▼「高浜原発弾丸ツアー3」は明日書きます。

|

May 10, 2017

高浜原発再稼働反対集会に行って来た。(2)

Photo
(後ろは高浜町役場)
Photo_2
(文化センターの表示)
▼高浜市役所は建て替えなったばかりだ。Googleマップでは、未だに空き地になっているが、現実には超豪華料亭という感じの4階建ての建物である。そして会議をひらく文化センターもまた豪華で、例のプレートが取り付けられている。「原子力発電施設立地地域共生交付金事業」の文字がここかしこに見受けられます。
▼会議の様子はYouTubeにすべてアップしてありますので、ご覧下さい。この高浜で影響力を持っているのは宗教家で僧侶の中嶌哲演さんです。あるイエスズ教会の牧師が本国に出した報告書が残っている。その資料によれば、この地域は天正の大地震 冠島 波へき地蔵 真名神社で検索して見て下さい。今海上に浮かんでいる冠島はかつて陸地と繋がっていて、その地震と津波の激しさを訴えます。この若狭では木原壮林さんが京都から若狭に移住して、原発反対運動を組織しています。木原さんは独特のアメーバ方式という方法で運動を拡げています。つまり黙ってビラやチラシを配布しても効果はすくない。ならば鳴り物で注目を引いてチラシを配布する。そして話し合いのきっかけを作るというものです。木原さんとは3年前に鹿児島でお会いして名刺をいただきました。
▼その時のお話しで原子力規制委員会2の田中俊一氏とは大学時代同期だったとお聞きしました.詳細は書けませんがある時期から田中氏は右カーブ。木原氏は反原発に歩を進めることになります。このアメーバ方式は全国で実践されつつあります。10月に泊原発に行きましたが、その立地の岩内にも小樽から単身移住して、運動をしている方がいます。その方が、昨年10月にご紹介した、原発立地点で発がん率が多いという統計を取ったのです。今回もこの会議が終わった後、夜の交流会があり、「トリチウムの3つの危険姓」とういパンフレットを限定配布されたので、頂いてきました。とくに北海道保健所別のガン死亡率/女性版などを拝見しますと、乳がん、子宮ガンなどいすれも原発立地が多いことが示されています。詳しい事を知りたい方は「泊原発とがん」斎藤武一著750円というブックレットが札幌の「寿郎社TEL011-708-8565」で発行されていますので、購入してお読み下さい。
▼同書のキャッチコピーは「北海道における腫瘍死因の概要から明らかになった(がん死)の多い町ーそれは(泊村)だった。アメリカでは原発から160k圏内で(乳がん)が増えたという。では北海道はどうなのかーー道内179市町村(がん死)を掲載した衝撃のレポート。
▼発言の全ては先ほどのYouTubeにありますので、ご覧下さい。これが終わって市内のデモ行進が行われ3挺団で400人ほどの皆さんが参加しました。これもYouTubeにあります。おおそらくこれほどの大きなデモは、高浜町では開かないでしょう。町民の皆さんはある意味では驚いて受け止められていますた。そしてほんの僅かですが手を振ってくださる皆さんもいました。それに珍しく右翼の方もいらして、デモに参加していたコンクリート労働組合の方に一人でトラメガをもって悪口を叫んでしました。デモは午後5時半頃に終わって、午後6時半から夜の交流会が始まります。この時初めて予約しておいた、まともな食事として弁当が出て来ました。会議は非公開ですから詳細は書けません。福島から参加した女性は、「もう先がまったく見えないので、絶望的な気持ちになる」と絶句して、会場は水をうったようにシーンとしてしまいました。(明日に続く)

|

May 09, 2017

高浜原発再稼働反対集会に行って来た。(1)

▼みなさんお早うございます。福井、高浜まで弾丸ツアーに行ってきました。出発は6日午後10時半に新宿西口のスバルビル前に集合して、近くの工学院大学前から11時過ぎ、貸し切りの高速バスはひた走ります。もう後は夢うつつというか、意識は半分もうろうとしながら朝6時半に「伊吹」というJRで言えば米原駅近くjに到着jしたのが7日午前6時半でした。とりあえず、ここで朝食のサンドイッチと牛乳を買い込みました。そこから北上する事1時間余で、高浜駅前には午前7時に到着します。しかしレストランなどは開いていません。今回のツアーの責任者N氏からは「高浜原発正門付近にはお店が何もない。昼飯も何時に何が食べられるか分からない」と半ば脅されたので、朝と昼と2食分の食料を近くのコンビニで入手しました。パスタはレンジで温めてもらい、バスに再び乗り込みました。
▼高浜原発までは約30分くらい。定期バス便等は何もありません。道路を歩いているとお猿さんが群れて遊んでいます。現地に着いたのは午前8時。近くの展望台の小公園で小休止。しかし北ゲート前抗議集会までは4時間もあります。そのうち警備の警察官が2名やってきました。何もやることはありません。いつも抗議でご一緒するOさんはiPhoneの中に入っているEブックでひたすら読書をなさっています。この方は勉強家でバスの中でも、それを使って読書に集中していらっしゃいます。しかもちょっと見せていただいたiPhoneの中には数十冊の本が図書館の書棚の様にきちんとならんでいます。それのみならず政府統計や防衛白書までちゃんとサイトからダウンロードしてあり、すべて理解して、比較検討して説明して下さいます。
▼4時間、さしてなすこともなく北ゲートまで20分ほど歩いて散歩します。高そうなスーツを着た私服警官と話をしました。「原発が何号機か分からないので番号ふってもらいたい」とか。半分冗談のように「原発作ってしまえば、もうお終いですから冷たいもんですよ」とも言います。しかも展望台の小公園にはトイレがないので、車で来た方に隣の音海地区の公園のトイレまで送り迎えしていただきました。この音海地区とは高浜原発に最も近い漁師町で、地区で初めて「再稼働反対」の決議を上げた地区でもあります。西各方面から集まった皆さんと、正門抗議に出かけます。
▼どこの原発んも有刺鉄線はあります。九州の川内原発に比べて安い鉄線で、先があまり尖っていません。その点川内は刃にカミソリ状になっていて、触っただけで皮膚が裂けます。抗議は小一時間で終わり、40分ほどかけてバスで集会場の高浜町文化会館に向かいます。

|

May 06, 2017

「北爆」と「朝鮮有事」を考える。

▼今晩から福井の高浜原発再稼働阻止行動に出かける。ふと常備薬をチェックすると残り3日分しかない。連休中でクリニックは休みかな?と心配しながら、午前9時に電話すると「通常営業している」というのでホッとする。30分もすると順番がやってきた。診察室にいくと担当医は、わたしが海外旅行が好きだという事を覚えていて「チリにでも行ってきましたか?」と聞く。チリには一度行ってみたいが、ゲバラ終焉の地、ボリビアの方が先だろう。わたしは「いや外国には行きません。今晩から福井です」と答える。「福井かいいですねぇ。今の時期は蟹かな?」と聞かれる。蟹シーズンは終わっているはずだ。行動内容は濃いので、食べ歩きしている時間はないと思う。明日の昼は弁当の予約までしてしまった。しかし片道8時間の高速バスに身体が耐えられるかどうか分からない。
▼一昨日はバスの疲れが残っていたが、2册の歴史関連書を2冊、合計1400ページほど読んだ。昨日はかなり集中力を必要とする仕事。夜CATV「ヒストリーチャンネルで「オリバーストーンのアメリカ史」をやっていた。10話で、延べ10時間もある。昔NHKで放送されたもので、NHKBSで最初に放送された。そのシナリオになった10册の本も読んだ。例によって1・6倍速で8巻まで見た。アメリカ人歴代大統領のトルーマンの評価は、日本人では分からないので、それなりに面白い。今回一番面白かったのはベトナム戦争の北爆のやりとりだ。アメリカは北ベトナムが中々屈服しないので業を煮やしてソ連に圧力を掛ける。それはB52に原水爆を搭載してパトロールし、ソ連国境まで行って連日脅すのだ。
▼その点、北ベトナムもしたたかで、コスイギン首相が訪越しているとき、「アメリカの北爆だ」として、わざわざ防空壕に避難させているのだ。「ほら、俺たちこんな目に遭っているんだよ」と実地に体験して貰った訳だ。これ「コスイギン幻の空爆待避事件」という。当時ベトナムに行っていて実際防空壕で空爆を受けている様子の録音テープを聴かせてもらった事がある。
▼翻って、今回の北朝鮮問題で、習近平がトランプの別荘にいるとき、わざわざシリアにトマホークを撃ち込んで見せて反応を見る。その後の電話会談で「北に圧力をかけてくれ」と習に頼むというのは上記「北爆」の再現であろうと思った。これで中国がアメリカの言いなりになったら、アジアにおける影響力は明らかに減る。だから決して「ウン」とは言わないと、わたしは思う。
▼それにしても緊迫状態にあっても、我が国の首相は、別荘でゴルフ三昧で、バーベキュー・パーティとは良いご身分である。「週刊金曜日」4月28日、5月5日合併号で、元外務相主任分析官だった佐藤優の「朝鮮半島有事」をめぐる発言に対して取材班がインタビューした記事が掲載されている。言っている発言がかなりデタラメであること。「共謀罪はやむを得ない」と発言するに至っては、開いた口がふさがらない。
▼一昨日わたしの使っているメールに不正アクセスしようとした奴がいる。すぐにパスワードを変えたが、こいつは誰だ。あなたのIPは分かっているからね。

|

May 03, 2017

旅の途中で、

▼夕べもそれほど早く眠った訳ではない。メーデーだったが、仕事に追われて一日中PCに向かっていた。最初の10%が後々の出来具合にかかってくる。夕方には目が痛くなってきた。完成したものを第三者の目でチェックしてもらってメールで送り、念のため先方に電話を入れておく。 ▼もう高速バスに乗ることは二度とないと思っていた。しかし従兄弟との待ち合わせ場所の関係で2週間前にバスを予約した。池袋からバスに乗車するとき「S鉄道某駅前下車に変更して欲しい」と運転手さんに頼むと「そこには止まらない」という。仕方ないので高速バスの「○○高原駅」にしてもらう。 ▼バスの中は揺れるので本は読む事ができない。わたしの場合、いつも聞いている「デモクラTV」と「ラジオなんです」がかなり溜まっているので、それをICレコダーに移し換えた。運転手さんは発車前に誘導係りの方と会話していた。「明日は大渋滞だろうな。過去に3時間半も遅れた事があった」と苦笑していた。わたしも3年前に体験した。現地についたら会議が終わるところだった。 ▼バスは万事順調に運行してくれた。高度800mくらいの場所は桜が満開だった。500mくらいのところでは、河津桜、中間は山桜を楽しむ事が出来た。
DUKE

|

« April 2017 | Main