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May 30, 2017

「横浜事件を生きて」の上映会で…。

▼もうすぐ梅雨入りになる。梅雨は田んぼの草取りで憂鬱だった。小学生の頃学校まで徒歩で1kmあり、クラス中で一番遠かった。さらに中学になると4kmで学校中で一番遠かった。小学校の頃は傘というものが学校にはなかった。だから雨が降ったら親たちは農作業の真っ最中なので子どもなどに構っていられなかった。もう全員濡れて帰るしか方法はなかった。♪「蛇の目でお迎え嬉しいな、ピッチ、ピッチ、ジャブ、ジャブ、ランらんらん」など夢の世界だ。
▼それでも小学校3年か4年頃になると、学校に唐傘(カラサカ=油紙と竹の骨で出来た傘)が設置され、濡れて帰ることもなくなった。洋傘を持つなど夢のまた夢の世界だった。傘がなくても当たり前の世界で育ったので、今も傘を持つより濡れて歩く方が多い。
▼土曜日は築地市場の学習界、日曜日は共謀罪に関連して、池袋で「横浜事件」の勉強会があったので参加した。後者は事前に「横浜事件を生きて」のドキュメンタリー映画が上映された。著作権があるので、これは録画していない。事件の概要はネットなどで調べていただきたい。一事で言えば進歩的文化人や編集者が富山の泊に一泊旅行で行って、集合記念写真を撮った。それが共産党再建の謀議として治安維持法違反の容疑で横浜の特高に逮捕拷問され、虚偽の自白で有罪になる。4人が獄死、30人が有罪となる。治安維持法は戦後も続き45年9月にGHQの命令で法律は停止する。
▼この事件とは関係ないが哲学者の戸坂潤も終戦直前の8月9日に刑務所のなかで獄死している。被害者たちは再審請求をするが、終戦と同時に裁判記録などを裁判所は焼却してしまい。証拠がないので、「免訴」になる。そして元被告は当時自分を拷問した特高を裁判の場に出そうとする。しかしサンフランシスコ条約で「恩赦」がでて収監されないまま生き延びる。映画では2人の元特高を電話インタビューしようとするが「昔の事ですから」と逃げ回る。
▼映画の中では、最近冤罪で逮捕され20日間、警察に留置された50歳くらいの女性が証言する。地元の警察に逮捕され留置されるとき、最初上半身裸にされた。それで終わりかと思った次は下半身もと、あられもない格好をさせられ屈辱的だった。次は警視庁の地下に留置された。今度はあの惨めな身体検査は拒否しようとした。だが警察官がもの凄い形相で迫ったくるので、身の危険を感じて同じような屈辱的な検査をさせられた。要するに24時間観察され、一々忠告、警告されると、自分の思考は停止して何も抵抗できなくなる。まさかあの近代的建築物に見える警視庁の地下に、こんな施設があるとは夢にも思わなかった。というのがこの若い女性の証言であった。
▼関東学院大学の足立昌勝名誉教授の「共謀罪法」の問題点は後日書きます。当日配布された資料の行間を読み取れず。ぼけっとしていても、真実も分からないのです。

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