« June 2017 | Main

July 19, 2017

東京に雹が降った日。

Hyoyu718
(18日、我が家のベランダに降って来た雹)
▼昨日早朝ブログを30行くらい書いた。しかし操作ミスで全部消えてしまった。その後、早出だったので書き直す気力もなく、そのままになってしまった。世の中色々な事が起きている。昨日だけでも1)六カ所村の予算が7000億円にも増加したが、都議選後になって発表された。2)稲田防衛相が「日報はない」と幹部の指示で嘘の国会答弁をしていた件。大体南スーダンに自衛隊が派遣する時、「発砲が起きた時、それが正当かどうか、民生の小型カメラを自衛隊員のヘルメットの装着して分析する」と言っていたが、これもやらなかった。先週からディスカバリーチャンネルで、アフガンに派遣された米兵のヘルメットカメラの動画を使って、ドキュメンタリーが公開されているが、戦場の厳しさが手に取るように分かる。最初から自衛隊はカメラなど装着する予定はなく、口から出任せを言っていたのだ。NHKの南スーダンに派遣された自衛隊たちからの聞き取りドキュメンタリーは、とても優れた作品だった。近くで戦闘が起きたとき、隊員たちは遺書を書いていたのだ。
▼休みの日は脳みそを絞るアウトプット(執筆)はしたくない。かなり疲れるので、インプット(読書・映画、録画したビデオ鑑賞等)だけにしている。日曜日は有楽町のスバル座でイタリア映画「甘き人生」を見る。紹介記事はいずれ書く。今年後半期のトップ作品だと言って間違いない。その後地下鉄で押上経由で図書館に向かう。地下鉄を降りたら30分ほど歩く。体調を管理するには、わたしの場合、1日1万歩歩くのが一番良い。図書館では先々週の勉強会で話題になった本を引き取るためだ。「赤松小三郎ともう一つの明治維新/テロに葬られた立憲主義の夢」関良基著だ。発行後1年にして3版まで印刷しているが、入手困難という噂の本である。赤松も著者の関氏もほぼ同郷なので興味深く読んだ。
▼連休中に読んだ新聞にさいたま市にお住まいの75歳の女性が小林多喜二の「東倶知安行」が好きで新幹線と電車を乗り継いで小樽まで行って来た」という投書記事を読んだ。連休中のAXNミステリー(560ch)という番組がケーブルテレビで「日本の未解決事件」という特集があった。初日の1本が松本清張原作による「帝銀事件」だった。わたしはこの事件は容疑者が銀行職員に毒物を飲ませる場面しか知らない。ドラマは中谷昇演じる平沢が小樽の実家に両親の介護で戻っており、警視庁の刑事(田中邦衛)が再三平沢の足取りを追って小樽に行く場面が出てくる。そのセリフに「東京まで15時間か」というセリフがある。昭和22年頃の東京→小樽の所用時間はネットによると、青函連絡船も含めて20時間とある。今の人は新幹線を使っても電車で小樽までは5時間くらいだろうか?当時は、今の外国旅行をするくらいの時間がかかったのだ、ということが分かった。刑事も体力勝負であった。
▼昨日は早出で千葉県東部まで取材だった。バスと電車を乗り継いで、目的地まで1時間。周囲の人にお聞きしても場所が特定できない。2時間半で2万歩、歩き回った。水は大量に持参したが、それも1時間で空っぽになった。帰宅途中で雨が降り出し。しばらくすると雹が降って来た。ツイッターに写真をアップしたら20人余がリツイートして下さった。

|

July 14, 2017

木曜夜は半蔵門のMXTVの抗議に行く。

▼昨晩は隔週木曜日に開かれる、(動画)MXTV前の抗議の中継に行った。するとツイキャス中継で「話題」になっている某氏が来るとツイッターで予告があり、話題になっていた。聞くと参加者の顔を撮影したり、主観的に実況中継をするのだという。しばらくしてご本人が見えたが、麹町警察の制服、私服警官2名によって集会に近寄れないよう、ブロックされ混乱はなかった。ここで言いたいのは警察はツイッターを常に監視しているという事。もう一つはDM(ダイレクト・メール)は秘密が守れると思っているノーテンキに誤解している方々である。過去に警察の留置場に入れられた複数の人の話では、警察はそれをちゃんと読んで解析しており、仲間内の不仲をついて取り調べで揺さぶりを掛けて来ると言っている。ネットは決して安全ではない。ウェブメールも危ない。いちばん安全なのは直接口頭で伝える。もしくはお手紙以外ない。ある組織では、重要な文書は郵送や宅配も使わず、必ず手渡しにしている、という。
▼様々な抗議集会を取材にいらしているB紙、C記者、差別問題ではとても良い記事を書いている。ある時、話かけて見た。「生きていれば、あなたの大先輩になるD記者をご存じですか?」「ああ知っています。入社した頃、色々教えて下さいました。そしてC君使える原稿を書くには馬に食わせるほど大量の原稿を書かねばならないんだよ」という言葉が印象にのこっていて、自分は今でもそれを守っています」と話して下さった。D記者とわたしは大学時代同じゼミにいたが、彼は当時からDM新聞で活躍していた。しかし20年近く前、ガンで他界してしまった。闘病記は新聞に連載され話題になった。世の中は意外と狭かった。

|

July 12, 2017

7月11日首相官邸前「共謀罪施行」の日に…

Img_0264
(7月11日、首相官邸前でコールするかむろてつさん・中央)動画はこちら
▼昨日首相官邸前に出かける前に北欧にお住まいの友人からメールが来た。日本の皆さんが「安倍は辞めろ」と頑張っているのに、何もしないのは申し訳ないと、ランチのついでに日本大使館前で「安倍は辞めろ!!」と叫んだ。するとしばらくして大使館職員らしい日本人に制止されたという。翻って昨晩の事。わたしは午後5時には仕事が一段落する筈だった。しかし現実に片付いたのは6時半。これから首相官邸前に行っても7時40分になる。一瞬もう止めようかと思った。しかし半年間抗議行動をしてきて、「施行日」に抜けたら、」意味は半減してしまう。ここで自分の意思を示さねばならない。地下鉄の中で7時40分からとツイキャス開始予告をして、自分の退く道を断つ。
▼首相官邸前のスピーチで記者クラブについて批判が出た。この問題はわたしは一貫して追及している。昨日正午のNHKニュースは鹿児島で地震があったので「九州電力によれば原子炉の異常はなく、モニタリングポストの値も変化がないとのことです」と原稿を読んでいる。バ○じゃないか?九電は過去一貫して嘘をつき続けている。それを取材もしないで口移し。NHKには記者はいらないから、鸚鵡(オウム)でも飼った方が良い。週刊誌やテレビの娯楽番組は「船越英一郎×松居一代」の夫婦喧嘩でもちりきである。
▼わたしは記者クラブも大問題だと思うが、片一方ないことをもの凄く盛り上がっているかのように書く新聞もおかしいと思う。集会写真の一部を切り取ってあたかも共謀罪に反対する大勢の市民が国会前に押しかけているような報道をしている新聞がある。そして記事には「廃止の戦いを大きく広げるとき」と書く。どうして「いますぐ国会前に集まろう」と書けないのか不思議でならない。それを自分の都合良く解釈して、自宅から一歩もでないで満足している人とも、これからは一線を引こう。しゃべるだけ時間の無駄だ。
▼ツイキャスで中継してしている皆さんは、帰宅するとバッテリーの充電が待っている。わたしの場合、それプラスYouTubeのアップロードがメガのスピードですが300メガにしませんか?と話を持ちかけられる。そうなると処理速度は3倍になり時間が節約できる。以前は光の1ギカでとても早かった。ところが電柱の地下工事で、その会社はサービスを中止してしまった。数ヶ月前に再び売り込みがあった。しかし勝手に引き上げやぁがって」という気持ちがあるから「お断り」した。300メガの話もモデムを交換しなければならない。そうするとHDDに録画してあるビデオはすべて再生できなくなってしまう。なので、残念ながらお断りした。
▼首相官邸前にこなくても、たった一人でスタンディングをしていらっしゃる方がいる。九電前、東電前、東京新聞前で3時間もただ一人プラカード一枚をもってひたすら立ち続ける。誰に評価されるでもない。自分の心の問題だから…。

|

July 10, 2017

猛暑のなか中継を2本する。

▼日曜日は午前11時から近所の「キラキラ橘通り」の七夕パレードの撮影に出かけた。これは10日ほど前に友人から「彼女たちのパワーは凄い。これぞ地元密着で怖いもの無しだ。最近見ないけど元気ですか?」と話しをされたことによる。ミニコンサートはほぼ毎週やっているが、こちらも土日は予定があって、行けなかった。昨日はネットでチェックして出かけた。丁度どこかの団体のツアー客が大勢きていて、普段は閑古鳥がないているメイン通りも、歩けないほど賑わっていた。出発地点から解散地点までまっすぐ歩けば7~8分で歩くことはできるが、約20分かけて「七夕パレード」は無事終了した。まだ「ミュージックコンサート」はあったが、わたしは午後2時から、首相官邸前で「基地問題を考える愛国者連絡会」の抗議の中継があったので、昼飯もそこそこに駆けつける。中継開始の30分前にはスタンバイしていないとまずい。カメラの準備をしていると官邸前警備の警察官から「何をするのか?」と聞かれる。事情を話すと無線機で上司に「中継の準備をしていると申しております」と報告していた。
▼抗議の内容はYouTubeをご覧いただきたい。抗議は約20分で終わった。いつもならばT氏が主催する「森友で抗議」しているメンバーは猛暑のためか一人もいなかった。もう動く気力もないので、寄り道をせず、来た路線をまっすぐ自宅まで逆行して帰宅する。水も持参したが、とても足りない。帰宅後2リットルの冷水を飲み干した。とても夜の新宿アルタ前の「安倍ヤメロ」の行動まで行く気力と体力は残っていなかった。
▼映画「ヒトラーへの285枚の葉書」で正視にたえない場面が数カ所ある。なにせ最後は「白バラ」と同じく、ギロチンである。となりの席に座っていた中年女性はそのたびに、小さな声だが、ため息や悲鳴を上げる。この声にはすっかり疲れてしまった。この映画を見に行こうと考えている女性の皆さんは、その辺の心の準備をしていくこと。

|

July 09, 2017

◇「ヒトラーへの285枚の葉書」を見る。

▼暑い日が続きます。某朝刊を見ると1週間前に友人からお聞きした内容で「ひと」欄に紹介されていたので、iPhoneで写真を撮って、記事を転送しました。が別荘へ草刈りに行っていらっしゃる方。じっと家に籠もっている方。わたしは冷房完備の映画館へ足を運びました。本当は終わったら秋葉原あたりを散歩したいと考えていましたが。暑さにめげて都営東銀座から浅草線でまっすぐ帰宅しました。この1週間ほど冷蔵庫の具合が悪く、製氷しないので、お酒を飲むときに必要な氷はコンビニで買っていました。この収入が少ない時代、大型冷蔵庫を買うのは容易ではありません。5年ほど前に買った冷蔵庫のマニュアルを引っ張りだしたら、製氷皿清掃スイッチというのがあり、何とか解決しそうです。
◇「ヒトラーへの285枚の葉書」を見に行きました。場所は有楽町jヒューマントラスト。映画が終わった後、宇都宮健児×松尾貴史両氏のトークがあったので無理して初日・初回に行きました。映画はどこか山のなかの戦場でモーゼルkar98をもった兵士が追われているようで、やがて一発の銃声とともに彼は地面に倒れます。そして彼の眼に写ったぶなの枝が揺れているのが、生きている彼が見た最後の風景でした。映画はドイツが舞台になっていて、風景に出てくる文字はドイツ語ですが、アメリカ映画なので、全員英語を喋っています。場面は転換してドイツ国内。「フランスが乾酪したぞ、これでドイツも裕福になる」と街の人々は叫んでいます。そしてある夫婦の住んでいる古いマンション。1階上の老婆は中物取りに襲われたようで主人公の夫婦は助けようとします。
▼しかし彼らより先に同じマンションに住む高裁の判事が助け、家の中に導き入れます。妻は郵便配達が持って来た息子の戦死通知書を思わず「嘘だ」と破りすて泣きます。夫は顔に表情は出しません。しかしある決意をしたようです。それはヒトラーの戦争が間違っている。メディアの宣伝に惑わされるな、という文字を葉書に書いて街にそっとばらまくことでした。指紋がつなかいように手袋をはめ、さらに筆跡がばれないように独特のドイツ文字で注意深く書きます。それをベルリンの街の建物の中に、そっと投げ入れて行きます。
▼妻は日本でいう国防婦人会に入っており、友人たちと資金集めの個別訪問をします。ある家は夫がゲシュタポの高官なので、友人たちは尻込みしますが、「遠慮する必要はない」と堂々としています。夫は昼間は機械工場で働く職制です。仕事が終わってから、灯りが外に漏れないように気を使いながら葉書を書きます。やがて妻もそれに協力することになります。夫は捕まったら女も容赦されないから、止めるよう説得しますが聞きません。当局やゲシュタポは葉書の置かれた地点を地図に赤いマークの針を刺して図示し葉書を書いた人物と、住んでいる地域を特定しようとします。
▼葉書配布中に何度か危険な目に遭いますが、かろうじて逃げ切ります。ただあるとき洋服のポケットに入れたはずの葉書が、穴があいていたため職場におちて部下に拾われてしまいます。後は映画を直接ご覧になって下さい。残された道は抵抗しないで政府の言いなりになるか、それでも抵抗をするか?です。かんたんななは、耳を塞いで押入れにこもって震えて恐怖が去るのを待つ。しかし九州の今回の災害で、家に閉じこもって、いた人は取り残されました。ならば、生き残る可能性は外に出て声を上げた方が、生存の可能性は高いなだは、なあでしょうか?

|

July 07, 2017

他人に見えたが、ご本人だった話。

▼決して「ホワイト」とは言えない企業に勤務している家族が午後11時、タクシーで頃帰宅した。週末はいつも色々な新聞を持ち帰ってくれる。わたしはその新聞よりも「折り込みチラシ」を見て情報を収集する。2ヶ月ほど前に江東区で築地中央市場労働組合の中沢誠さんの講演会があるのを知ったのも、一枚のチラシだった。さっそく主催者に電話で中継したいが、と申し入れてOKになった。羽田空港の航空路変更に伴う、国交省の説明会も同様で、直接担当者にメールしたらすんなりOKの返事が来た。
▼昨晩の場合友人の発言が写真入りで掲載されていた。しかしどう見ても顔写真が他人に見える。しかも女性のようだ。さっそく新聞記事と顔写真を深夜にも拘わらず、DMをお送りした。この方が夜更かしであることはツイッターで分かっているからだ。何度かDMでやりとりをしている中で、ご本人が髪を切った姿であることが分かった。
▼きょうは3ヶ月通った「高齢者筋トレ」最終日である。わたしは次のステップのボランティアに仮申し込みをしておいた。

|

July 06, 2017

◇「ローマ法王になる日まで」を見る。

▼抗議行動や様々な行事が多く、参加・中継したいが、身体は一つ。体力的には週に3回までが限度だ。なるべくビデオや中継する人がいない場所を選んで参加している。昨晩はまず、内幸町の関電東京支社に行く。雨がパラパラ降ってきたのには驚いた。念のためカメラ用と自分用に傘は2本持って来た。しかし大雨にならなくて良かった。最近まったく知らない人から「LEONさん?」などと声を掛けられる。怪訝な顔をしていると「Nさんから聞いた」とかで、つながりが分かってくる。
▼このところケーブルテレビで何本か面白い昔の映画を見た。1本は遠藤周作の「海と毒草」渡辺謙、奥田英二などまだ小僧である。内容は戦前九州大学に米軍のBS29が撃墜され不時着し、乗員などが生体解剖された事件である。解剖シーンは豚を使ったと言うことだが、かなりリアルで気持ちが悪くなる。2本目は「下山事件」で仲代達也と山本圭が新聞記者役で出演している。原作者は書かれていないが、松本清張の「日本の黒い霧」ではないかと思う。下手人は米軍とその手下の日本人で臨時貨物列車で現場で「轢殺」されたことになっている。3本目は森達也の「FAKE」で3時間近く、まだ見終わっていない。内容は、自称作曲家として活動してきた佐村河内守をとりあげたもので、2014年2月にゴーストライター問題が明るみに出て以降の同年9月-2016年1月、横浜市内の佐村河内の自宅で撮影された。結論から言えば週刊文春が佐村河内守を陥れるためにでっち上げた事件であろう。
◇「ローマ法王になる日まで」1973年9月11日のチリクーデターは衝撃的だった。これは市民が選挙で選んだサルバドール・アジェンデ首相が、CIA援助の下ピノチェト将軍率いる軍隊がアジェンデ大統領がいたネモダ宮殿空爆し、結果としてアジェンデは自殺を余儀なくされた。彼の最後の演説はネットを探すと出てくるのでご覧いただきたい。
▼この影響はお隣のアルゼンチンにも影響を及ぼす。1960年のブエノスアイレス。ベルゴリオは恋人とも別れて神父になる道を選ぶ。若くして南米のイエズス会の管区長になる。しかし、当時の軍事独裁政権は反政府運動を弾圧し、神父まで殺害してしまうほどの凶暴さを持っている。ベルゴリオは、軍の眼をかいくぐって命がけで行方不明者を釈放させる。しかしその行動は上司からたびたび「忠告」を受ける。また未開地の貧困な村においては、差別され不自由な生活をしている人たちの生活向上を図ろうとする。不当な拷問や行方不明者が多発するなか、貧困な地域における伝導に情熱を傾け、さらに弾圧され逃げようとしている学生たちの海外逃亡にてを貸す。そんな時上司からブエノスアイレスに戻るよう命令が来る。
▼後半肉親らが行方不明になっている、その理由を明らかにせよと女性達が警察署の前で抗議活動をしていると、軍部と警察は彼女たちを拘束する。そして海外に移住させる、と睡眠薬を「健康チェックの注射」だと偽って投薬し眠らせてしまう。その先は降下部隊の輸送機に載せ、上空から女性達を全員を投げ落としてしまう。このシーンは身の毛がよだつほど恐ろしい。ベルゴリオは仲間や学生たちを守れない事に苦悩する。それでも一人でも多くの市民を助けようと軍隊や警察の眼を盗みながら、自分の信念に従って生きようとするベルゴリオだった。ともすれば「絶望」で先が見えない軍事政権下にあって、マリアを信じより人間らしく生きようと努力する姿に胸が熱くなる。

|

July 03, 2017

秋葉原の安倍はチャウシェスクの末期。

▼土曜日は朝9時に家をでて、築地4丁目交差点に向かった。築地移転反対のスタンディングがあるという。現地には10時に着いたが誰の姿も見えなかった。仕方なく波除け神社に行ってみたら、都民ファーストの候補者が演説をしたいた。再び交差点に戻る。一応中継機材をセットして邪魔にならないように立っていた。食事処のチラシを配っているD男性から中継の機材について話しかけられた。1時間半ほどしたら、X氏がやってきた声を掛けられる。築地の女将さん会のメンバーなどが揃ったところで、スタンディングが始まった。女将さん会の迫力あるコールでスタートし、Nさんの「築地移転は不可能」という話で一気に盛り上がる。様子はYouTubeにアップしてあるので、ご覧いただきたい。
▼某選挙事務所の近くにある地下食堂に入る。ここで数ヶ月前に、暗闇でご厚志いただいた方のお顔と名前が分かってお礼を言う事ができた。ずっとわたしのYouTubeをチェックして下さっている。録音状態から音声の途切れまで、ご指摘いただき、高浜原発まで行ったのも把握して下さっていた。その方はわたしのニックネームはゴルゴ・サーティーンの「DUKE東郷」ということになっている、多謝。本当はYouTubeを始める時にそうしたかったが、指が滑ってしまったのだ。わたしのYouTubeはこういう方々に支えられている。
▼終わってY氏とともに地下鉄で新宿に出る。秋葉原に安倍が来ることも知っていた。機材もフル装備で持っていたので「行こうかな」と言ったら、Y氏が「危ないから止めとけ」と仰るので、それに従った。一人だと事故が起きたときの対応に困る。その後夜アップされた「安倍秋葉原でヤジに立ち往生」の動画を見ると、ある既視感に陥った。それはルーマニアのチャウシェスクが、演台で沸き上がったヤジで立ち往生した場面だ。安倍もまた「裸の王様」だったのだ。
▼その後三鷹で学習会があって、そのまま出かける。英語講師があつまる学習会だ。私の英語はトランジットと通関手続きがクリアできる程度のものだ。かつて仕事で通っていた某外国語(英語)学校の先生方が何故か誘って下さるので末席を汚している。この日のテーマは、Z氏がアサドがシリアでサリンを使ったといわれる事件の真相を英語のニュースを分析して解説してくださったのがメインである。
▼次に会話のなかで明治維新は長州藩はなぜテロリスト集団になって、「革命」ではなくなってしまったか?これは分厚い本が紹介されたので、一月後に発行されるであろう、メルマガでご紹介させていただく。
▼この日は激しい雨が予想されたので、上下レインスーツと防水の皮靴を履いて10kgの荷物を背負って1日中歩き回ったので、かなり疲れてしまった。

|

« June 2017 | Main