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August 31, 2017

NHKBSで「「博士の異常な愛情…」を見る。

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(この下流に惨殺され、バラバラに切断された王希天さんの遺体が投げ込まれたと思われる。)
▼昨日夕方見知らぬ番号が携帯に表示された。話を聞くと地元自治体の某部署だった。というのは既報の様に、「高齢者筋トレ」に通っていたとき、腰の筋肉を痛めたので、メールで指導方法の改善を求めたからだ。わたしは怒っているのではない。美人看護師さんにとても親切にしていただいた。ただ最後の方で、彼女たちは入会したときと終了するときの「筋力」などの改善数値を計っていた。彼女たちの身分はスポーツジムからの派遣である。という事は次期につなげるため、「成果」を数値化して報告しなければならなかったのだろう。わたしは電話に出てくれた担当者に、最後の方で「数値目標」を上げるために無理な設定はしないよう意見を伝えた。
▼昨日はNHKBSプレミアムで「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」が放映されたので録画してみた。いや実はDVDも持っているが、ケースから出してプレイヤーに載せるのは面倒なのだ。アメリカの戦略爆撃機B52が米ソ国境をパトロールしている。その時大統領のニセ命令で「敵国ソ連」に向かってしまう爆撃機。ホワイトハウスは大慌てで命令を取り消すように命じるが、暗号通信で通じない。このままでは報復攻撃で米ソ両国は全滅してしまう。ならば爆撃を爆破すれば良い。その作戦が成功したかに見えるが、実は一機撃ち逃してしまう。爆発する核弾頭!大統領は「ところで放射能の半減期は何年か?」と部下に聞く。「およそ100年です」と答える。実際に現在の計算で、ストロンチウムは163年である。
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(人差し指が「木根川橋」下のS字型の合流地点がこの「中川新橋」になる。
▼100年も地下に潜っていて何をしたらよいのか?と大統領は再び部下に聞く。「地下では女性が多く生き残るので、愛の行為しかないでしょう」と聞いて絶句する大統領。低予算の割にはとてもリアルで説得力がある。
▼昨日書いた「王希天」の事だ。猛暑の午後歩いて現場近くまで行ってみた。しかし地名が変わってしまっているので「橋」も「地名」すら残っていない。「新逆井橋」はあるが高速7号線の真下になっていて、当時の橋と違うように思える。本日時間があったら、再びチャレンジしてみる。昨日チェンジオルグから「豚は監禁されています」というアピールに賛同して欲しいというメールが届いた。実はきょうは映画「ボブという名の猫/幸せのハイタッチ」を書こうと思っていた。映画の中に隣人の女性が「すべての家畜の解放運動をしている」という話が出てくる。ちょっとそこまでは手を広げられそうにない。

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August 30, 2017

あの時、木根川橋のたもとで起きた事件。

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(木根川橋)
▼FC2のホームページは月に一度くらいパスワードを変更しないとアクセスできなくなってしまう。それでパスワードの変更手続きが分からなくなって2ヶ月たってしまった。昨日やり方が分かってようやく『鍵盤乱麻』トップページの写真が変更することが出来た。と言っても写真は2ヶ月前に撮影したものだ。継ぎの写真は既に撮影してあるので、9月1日には差し替えるつもりだ。
▼一昨日、家族が職場の先輩が趣味で作っているという、ケーキを沢山頂いて来た。昨日出勤するとき、「感想」を求められた。どうやらブランデー入りのケーキだったので、わたしが試食した感想を伝えた。しかしとてもアルコールが強い作品だった。そのため昨日は昼間から酔っぱらった気分だった。月末の仕事ついでに行きたいところがあった。それは木根川橋である。徒歩30分で、行けない距離ではある。しかし猛暑の中歩くのは辛いので、バスにした。2年前にこのブログでも書いたネタだが、さだまさしが市川に住んでいたとき「木根川橋」という曲を作った。わたしは得意先の仕事でバスがなくなってしまったとき、平和橋の辺から木根川橋を歩いて帰宅した事が何度かある。
▼♪木根川橋から 水道路抜けた 白髭橋の縁日は(2番の歌詞だ)写真のようにとても美しい橋である。だがこの橋の袂(たもと)で関東大震災の時、朝鮮人や中国人の虐殺が行われた。その殺害も様子はおぞましくて文章にするのをためらうほどだ。先日いただいた9月2日の慰霊祭のチラシに掲載されていた会場地図を頼りに「追悼碑」探した。木根川橋よりさらに南へ4kmほど江東区側に「逆井橋」がある。この付近では留学生で中華民国僑日共済会の会長、王希天のが日本の軍隊によって殺害される事件が起きている。王希天は、関東大震災の直後、亀戸署に留置されたのち陸軍に引き渡され、以後、警視庁や陸軍の公式発表では「行方不明」となっていた当時の亀戸警察から逆井までは1kmほどの距離なので「適当」な場所と考えられたのだろう。
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(木根川橋周辺で犠牲になった方々の慰霊碑)
▼王希天が明らかになったのは、戦後ずっとあとになってからで「毎日新聞」(75.8.28夕)の「『王希天事件』真相に手掛かり/一兵士の日記公開/『誘い出して将校が切る』」だが、同記事の段階ではまだ、王希天の行方は分かっていない。

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August 29, 2017

ミサイルでJアラートを奮発して鳴らせた国の狙い。

▼今朝の北ミサイルとJアラートのばか騒ぎは一体何だったのだろう?我が家では毎朝5時にNHKラジオのスイッチを入れる。6時になったとたん、「北ミサイル発射」「日本に飛んで来る」「Jアラート発令」で以後のニュースも健康番組もラジオ体操すらすっ飛んでしまった。わたしはJアラートのインチキな仕組みをツイッターに書いたら次々読者の感想が寄せられた。何も知らないお年寄りがラジオ体操をするために公園に集まったが、何も出来ず手持ちぶさたである、というのもあった。暑いさなかお年寄りはお気の毒だ。政府は「日本の上空をミサイルが…」という。しかし諸説あるが一般的には垂直的境界は宇宙空間までとされている。だからミサイルの飛ぶのは宇宙空間であって日本の領空ではない。
▼それにツイッターの反応では「Jアラートの運用」についての疑問が一番多かった。つまり携帯の警報が鳴る。子どもが怯える…などだ。大体飛ぶ範囲が事前に分からないから、中部から北海道にも警報が鳴り響く。それに日本は外国だのみで自前の「探知能力」はゼロで常に韓国か米国頼みである。新幹線が東京を出発して北海道に行くとする。そのどこで緊急停車するかまったくわからない。「運転手に聞いてくれ」というようなものだ。
▼おかしかったのは10chで防衛省の庭にあるPACK3を写したことだ。「鬼さんこちら日本のPACK3はここにありますよ」と教えているようなものだ。PACK3は習志野でも野ざらしになっていてよく見える。これはTVを通じて「国民の皆さま防衛省はぐわんばっています」という国民向けのアピールで、TV局は臆面もなく、それに手を貸しているのだ。
▼今回なぜ管義偉官房長官はじめ官僚どもが「Jアラート」の宣伝に努めているのか?それは「憲法改正の前に緊急事態条項を作ろうとするのが狙いであるからだ。こ「緊急事態条項」とは戦前の戒厳令」と実質的に同じ内容を持っている。つまり政情が安定するまで「選挙は出来ない」のだ。ある政党が政権をとれば台風やミサイルで「政情不安定だから」と「緊急事態条項」を持ち出して永遠に権力の座jにつけるのだ。
▼さらに、日本国憲法は、濫用の危険姓から国家緊急権は憲法に規定していないが、地方では非常事態への対処の必要性から、平常時から厳重な要件で法律を整備するという立場をとっている。ここが重要なのだ。最近頻発している地方での大災害やその復旧に拘わる仕事を通じて、この法律の運用枠を拡げようとする政府の狙いが見え隠れするではないか?今回で言えば北海道がそのミサイルの射程内(上空通過)に入った。それで海保の動きがわざと強調されているように思えた。

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August 28, 2017

もう一つの「虐殺事件」

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(亀戸事件の追悼碑「浄心寺)と亀戸警察の場所を示す香取神社境内の碑)いずれも8月28日撮影。
▼関東大震災直後、民心が動揺した時を狙い様々なデマが軍部や警察などから意識的に流される。山本権兵衛内閣は翌3日、東京府と神奈川県に戒厳令をしき、軍隊を動員した。それらは当時の警視総監だった、正力松太郎の手記などを読むと多少は分かる。当局は「震災ヲ利用シ、朝鮮人ハ各地ニ放火シ、不逞ノ目的ヲ遂行セントシ…」(内務省警保局長から各地方長官あての電報)として一部の人々のてによって井戸に毒が投げ込まれた、暴動が扇動されている等である。要するに政府の無能さを隠蔽するために、国民の怒りをそらすためのデマである。筆者が住んでいる近くの墨田区横網町公園の一角にある震災記念堂の敷地の中にも、朝鮮人犠牲者を悼む記念碑が建てられている。またもう一つは亀戸事件の事だ。これは震災直後、亀戸警察によって社会主義者の川合義虎、平沢計七らの社会主義者や労働組合活動家が拘束されていた。今亀戸警察の記念碑は、香取神社境内に移築されている。しかし昔の地図と当てはめて見ると、旧いなきや(現在リニュアール工事中)の当たりに警察はあった。
▼その人たちは震災から2日後の1923年9月3日習志野騎兵第13連隊の兵士によって刺殺され、死体はばらばらにされた。その写真はネットを検索すると出てくる。虐殺中は音が漏れないように、ワザと訓練を装って空砲が発射されていた。これは226事件の容疑者の処刑と同じ手法である。
▼この付近では木根川橋や四ツ木橋でも、多くの人が殺害されている。木根川橋のたもとにある「ほうせんかの家」では殺害された、韓国・朝鮮人犠牲者の追悼式が9月2日午後1時から記念式典が開かれる。ライブもあるので参加費2000円、撮影は一切禁止。

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August 27, 2017

◇「チャイナタウン」をNHKBSで見る。

▼土曜日は既にお話ししたように、腰痛のため東海第二には行けなかった。右肩にして貰っている注射を一日も休むな、と言われていたからだ。きょうの某新聞には「事前の周知」など一回も書いていないのに「現地でのヒューマン・チェーン」の写真だけちゃっかり載せている。今後の街頭行動は、かなり選んで参加する。雨の日は絶対行かない。重い物は持てない、担げない。
▼昨日は「北の飛翔体3発発射」で朝から大騒ぎしていた。だが北に近い筈の秋田・大曲の大花火大会は挙行(いや強行か)された。もしも北が狙うならば絶好のチャンスで日本政府は「大曲の花火大会は中止して防空壕に入れJアラートを使って警告すべきだが「中止命令」は出さず、前夜の10ch「報道ステーション」ではやるかやらないか花火業者を登場させて大騒ぎしていたが、隅田川花火大会のように大方の予想を裏切って「挙行」だった。これで政府の北ミサイルの大騒ぎのインチキ具合が分かるというものだ。それにしても昨晩のTBS「報道特集」も「北悪説」に終始していた。わたしなど北は決して好きな国ではない。しかし北のミサイルが悪で、米国のミサイルが善という説には納得できない。
▼さて最近テレビで「KUBOTAの中東の水を供給している」のは我が社であるというのがある。先日ディスカバリーチャンネルで「水問題」が取り上げられ、イスラエルの水事情政府発表でこういうことになっている。テレビでは、パレスティナ人の居住地域にはまともな飲料水はいかない。水がなければ人間は生きて行けない。作物も育たない。塀の外のパレスティナ人が住むところはそういう処だから、逃げ出さざるを得ない。さらに番組ではイスラエル国営水会社はその支配を中東全域に拡げようとしている。おそらくその水のパイプ施設の一翼を担っているのがKUBOTAなのであろう。もしそれが本当ならイスラエルの手先だ。
▼もう一つ中国はチベットを占領したのはヒマラヤの水資源を一手に握る深慮遠謀があったというのだ。ここの河はインディス河となってインド洋に注ぐ。その流域の国々は巨大なダムを作っている中国に生殺与奪の権限を握られてしまった。地図で見るとネパール、ブータン、バングラディッシュ、ミャンマー、そしてインドの東側がその治水支配下になる。
▼金曜日NHKBSプレミアムで「チャイナタウン」が放送された。ロマン・ポランスキーの名作である。1930年代後半のカリフォルニア州ロサンゼルスを舞台に、ジェイク・ギテス(ジャック・ニコラソン)は貧乏な探偵をしている。彼が偶然にも関わってしまった殺人事件を通じ、依頼人の要求に応えようと調査を始めるとカリフォルニアの水利権が絡んでいることが分かって来る。彼は「モーレイ夫人」と名乗る女性に依頼され、市の水道局幹部であるホリス・モーレイの身辺調査をすることになった。
▼尾行した結果、ジェイクは水道局幹部のホリスが若いブロンドの女性と逢い引きをしている様子を写真に撮影する。しかしホリスのスキャンダルはすぐに新聞にすっぱ抜かれ、更にホリス自身も何者かに殺害されてしまう。しかも最初にモーレイ夫人を名乗って調査依頼してきた女は別人と判明する。ジェイクは独自に事件の真相に迫ろうとするが、そこで見たのはロサンゼルスの水道利権を巡る巨大な陰謀が見えてくる。ホリスの妻エヴリン(「モーレイ夫人」と名乗る女性に依頼され、市の水道局幹部であるホリス・モーレイの身辺調査をすることになった。

尾行の結果、ジェイクはホリスが若いブロンドの女性と逢っている様子を写真に撮影する。だがホリスのスキャンダルはすぐに新聞にすっぱ抜かれ、更にホリス自身も何者かに殺害されてしまった。しかも最初にモーレイ夫人を名乗って調査依頼してきた女は別人と判明する。ジェイクは独自に事件の真相に迫ろうとするが、そこで見たのはロサンゼルスの水道利権を巡る巨大な陰謀と、ホリスの妻エヴリン(「モーレイ夫人」と名乗る女性に依頼され、市の水道局幹部であるホリス・モーレイの身辺調査をすることになった。
▼尾行の結果、ジェイクはホリスが若いブロンドの女性と逢っている様子を写真に撮影する。だがホリスのスキャンダルはすぐに新聞にすっぱ抜かれ、更にホリス自身も何者かに殺害されてしまった。しかも最初にモーレイ夫人を名乗って調査依頼してきた女は別人とだとわかる。ジェイクは独自に事件の真相に迫ろうとするが、そこで見たのはロサンゼルスの水道利権を巡る巨大な陰謀と、ホリスの妻エヴリン(フェイ・ダナウェイ)この頃彼女は耀いている。そして彼女の父である影の有力者ノア・クロスを中心とした人々の、愛憎半ばする過去だった。
▼ロスの水利権は今も大企業によって作物メジャーに優遇して流通しており、農村部や都会でない地域に住む普通の人間は水をペットボトルで買っている。車を運転できないお年寄りたちはお金がないのでトイレの水にも困り、洗濯回数まで減らして生活している。いちど是非DVDなどでご覧いただきたい。日本もこのようにならない事を祈るばかりである。

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August 25, 2017

◇「ギフト」+NHK「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」を見る。

▼いま所用があって毎週一回、朝に東銀座、歌舞伎座の前を通過する。すると幕見の人たちが並んでいる。20年も前だったが一度は歌舞伎を見ていたが、もうすっかり御無沙汰である。一度平日に休んで歌舞伎座に行ってみよう。昨日のニュースで「深夜にインターネットが繋がらないと文句を言った妻を殺して山中に埋めたという事件を報道していた。そんな事で妻を殺してしまうなら、我が家では何回殺人事件が起きていたか分からない、と話し合った。
◇「ギフト」自分の寿命は自分では決められない。わたしの友人は永遠の寿命でも持っているかのように過ごしているので羨ましい限りだ。わたしの場合父の寿命をボケの進行を目安にしている。アメリカフットボールのプロ選手だったスティーブ・グリーソンはNFLニューオリンズ・セインツで現役の時カミカゼストライカーという捨て身の戦法で有名だった。その人気ものの彼が2011年、最愛の妻と結婚して現役を引退する。そして結婚して半年後くらいに身体の痺れを感じる。診察してもらうと筋萎縮性側索硬化症(ALS)であることが分かる。ほおっておいたら死ぬだけだ。彼は病気の進行と果敢に戦う途を選ぶ。この病気はほおっておくと筋力が衰え、食事も呼吸も会話もできなくなってしまう。彼スティーブが恐れていたのは、会話ができなくなって妻とコミュニケーションが取れなくなることだった。妻が妊娠した事がわかると、未来の我が子のためにビデオレターを残すことだった。そのため毎日ビデオカメラに向かって話し続ける。さらにPCを使って会話するためアルファベットの文字や単語を登録を始める。つまり将来音声認識ソフトを使い、目でキーボードを叩いて自分の声で会話するのだ。

▼自分で排泄ができなくなる、痰が切れなくなる、そのたびに専門家が駆けつける。妻に向かって自分の存在が迷惑でないか?とも話しかける。妻は貴方の生涯はわたしの物と明るい笑顔を振りまいて、育児と献身的に介護を続ける。しかし病気はスティーブの筋力を容赦なく奪っていく。音声認識ソフトもかなり高額で、重病者を介護する法律もアメリカにはなかった。しかし友人や知人たちの協力で、一つひとつ困難を乗り越えていく。ALSという治療が困難な難病でありながら、生まれて来る息子のために懸命に生きようとする姿と、息子の愛らしさが見ているものに共感呼ぶ。自身が撮影した1500時間ものビデオ日記がスティーブ一家の日常を写す。
▼20日曜の夜にNHKで「戦後ゼロ年 東京ブラックホール1945-1946 」という番組が放送された。要するに戦後のどさくさに紛れて大もうけした連中がいたと言う話だった。中でも児玉誉士夫が中国で悪事に手を染めて作った資金がCIAに流れたという部分は、かねてから言われていることで面白かった。さらにCIAは旧陸軍の幹部をスカウトしようとする。猛烈な反米意識を剥き出しにしていた人々がクルッと親米に寝返ってしまう。服部卓四郎や辰巳栄一、シンガポールで5万人もの大量虐殺を指揮した辻政信などだ。所詮威勢の良い言葉を並べている人たちも、自分が可愛いからつるりと転向してしまうのだ。

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August 24, 2017

◇腰痛の医者にたどり着く

▼インターネットで「腰痛の時にいく医者」で検索すると、外科から内科、神経科まで10種類くらいの数が出てくる。わたしはどこに行って良いのかわからない。家族に相談すると、いつもの外科医院は第3水曜日に整形が専門の副院長さんが来るという。そこに決めて8時45分に並ぶ。窓口で「きょうは何ですか?」と聞かれたので状況をお話する。いつもここは牽引とか電気の熱を使う治療にかようお年寄りが多い。診察はわたしが最初だった。状況を話すと、痺れませんか?と言われる。痺れないと返事すると、カルテを見て、1年前にも腰痛で来ていますね」というので「ええ」と答える。
▼あれは昨年5月に自宅近くの雨の降る交差点で転倒して膝を怪我したとき、次いでにみてもらった。「じゃあレントゲンを撮りましょう」という事になる。撮影した写真を見て「骨が曲がっていますね」といわれる。前回も院長先生からそういわれ、「若いとき何か激しいスポーツなどしませんでしたか?とも言われた。じゃ湿布薬と痛み止め出しておきましょう。ついでに効き目はないかもしれませんが、電気湿布をしていきますか?というので5分暖めてもらうが効果はゼロだった。処方箋はもらったが、指定薬局には寄らなかった。そしていつもの血圧で通っているクリニックに行く。1時間待たされ順番が来る。「変わったことはありませんか?」と聞かれたので、1週間前から腰痛で困っている。ここに来る前に外科医に寄ったが…」と話す。レントゲンじゃ腰痛はわからないんだよね。ボクも腰痛の患者は
看ている。よかったらMRIで看て上げる。40分待てるか?というので頼むことにした。家族は嫌がるがわたしはこの医者と相性が良いのだ。
▼30分待ってMRIの順番が来た。いつもは頭だが、きょうは腰の部分だけだから気楽だ。検査は20分、画像はネットでつながっている診察室に送られ画像写真を見ながら医師の説明が始まる。プライバシーなので詳細は書けない。断層写真は1ミリの傷まで見逃さない。家族に説明するため画像はiPhoneで撮って持ち帰る。痛みを止めるだけなら腰に注射すれば済む。しかし治療なので肩に注射してもらう。治療のために一週間通うことになる。土曜日の東海第二原発のヒューマンチェーンに行く長距離バスはつらいのでキャンセルした。
▼しかし今朝5時のNHKニュース1位は夏の高校野球で埼玉の花咲徳栄高校が優勝。2位が北ミサイル、6時になると1位ポテトサラダ、2位海外企業買収で相次ぐ損失受けガイドライン策定で、北のミサイルは消える。もしも北のミサイルが現実的な問題であるなら、すべて1位にすべきだろう。これは防衛省の新しい予算を獲得するための芝居にすぎない。日曜日のサンデーモーニングで岸井成格氏が、実はニューヨーク国連本部で米と北の秘密交渉が行われていると指摘。国レベルの交渉はカナダで米と北の交渉が密かに行われている。北の条件とは1)B1を飛ばさない、2)空母を来させない、3位は金 正恩氏の暗殺を行わないの3点であるという。
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(墨田区横網町公園の一角にある「慰霊碑」
▶︎今朝の東京新聞1面トップ記事。「関東大震災の朝鮮人虐殺 小池都知事が追悼文断る」というのだ。小池都知事が9月1日の慰霊祭のにメッセージを送らない事を決めた話だ。わたしは日曜日ある会合に出ていて、既に知っていた。その時は「あの石原都知事も、メッセージ話だ欠かさなかったのに、酷い話だ」と言う意見が出された。この背景にはある右系の婦人組織のロビー活動が、大きな役割を果たしていると言う。排外主義的な傾向を小池都知事排外ますます加速させている事だけは間違いない。

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August 23, 2017

NHK「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」を見る。

▼体調、極めて悪い。腰の痛みがもう我慢できないので、今朝は医者に行く。立って普通に歩く分には問題ないが、立ち上がるとき、座る瞬間が痛む。おそらく二週間前にむし歯をかなり強引に抜かれた事が原因ではないかと思っている。
▼「怒りの広島、祈りの長崎」などと言われる事が多い。72年前の8月9日、原子爆弾が投下された長崎・浦上地区。古くから弾圧を受けてきたカトリック信者、そしてそこには被差別部落の人々が暮らしていた。だから永井 隆が「長崎の鐘」を書き、それが歌になったとき、地元浦上の人々からは、なぜ自分たちだけが「受難」の対象にならなければならないのか?という疑問の声が上がった。
▼長崎の浦上という場所には戦前から皮をなめし靴を作って暮らす人々がいた。生き残った被爆者たちは、戦後長きにわたって自身の被爆体験を語らず、沈黙してきた。それは差別があったからだ。しかし、後世に自分たちの体験を伝えようと、近年、重い口を開き始めた。浦上天主堂はある理由によって取り壊され、広島ドームのようにはならなかった。家をうしなった人々は、長崎各地や大阪など全国各地に散らばって生活をすることになる。しかし戦前「浦上」という場所があった事を多くの人に知ってもらう必要があると考え、再び浦上に戻って来る。
▼そして一緒に運動を始めようとすると、江戸時代から始まった切支丹の差別には二つの問題があった。つまり江戸幕府は一般の切支丹信者の拷問する人にも、この人たちを使った歴史があったのだ。しかしわだかまっているばかりでは前には進めない。ある人はコツコツと浦上天主堂の「被爆マリア」の製作を始める。それはスペインの教会に奉納され、像をみた人々すべてを畏敬の念に陥れる。そして故郷「浦上」でも過去に拘っていても、前には進めないとして核廃絶の運動も一緒にやっていこうという動きが出てくる。

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August 22, 2017

NHK「戦慄の記録 インパール 」を見る。

▼木曜日が原稿の締め切り日で、「シネマ」は2本書いて送った。校正直前に次号で掲載する映画を書いてしまった事が分かり。直前に差し替える。夕べ編集企画書を見たら、24日もシネマの締め切りになっている。夏休みとお盆で日程が詰まってしまった。今日か明日時間を作って映画を見てこないとまずい。
▼8月某日NHKで、撃墜された米軍爆撃機B24=ロンサム・レディ搭乗員の生存者や遺族を訪ねてインタビューしたり遺品を渡したりするNHKの番組があった。B24は原爆投下の1週間ほど前に下調べに来ていたが、日本軍に撃墜されてしまう。数人はパラシュートで脱出する。一人の兵士は山に隠れていたが、空腹に耐えられなくなって投降する。日本人は草でも工夫して食べて生き延びるが、アメリカ人には無理だと思う。そのとき機長は憲兵に付き添われて東京に護送される。途中で焼け野原を見せ、「お前達のおかげでこうなったのだ」と話す。他の乗員は広島の収容所に入れられていたため被爆し死亡してしまう。憲兵が乗員の誰かのコンパス(磁石)を持っていた。そのためNHKの記者はそのコンパスの持ち主を捜すため渡米し遺族に手渡す、という話だった。たしか十年以上前の作品だった。
▼「戦慄の記録 インパール」そもそも番組では東条英機が陸軍士官学校の後輩である現地指揮官の牟田口に「手柄をたてさせてやれ」という事から始まった思いつきの作戦である。そして「援蒋ルート」の遮断を主目的とし、ミャンマー(当時ビルマ)からイギリス軍の拠点があったインド北東部のインパールの攻略を目指した日本軍は、この作戦で歴史的敗北を喫した。 相手の戦力や兵站を軽視した無謀な戦いで甚大な死傷者を出し、旧日本軍の体質を象徴的に示したとされるのが「インパール作戦」だった。このような作戦では兵站(食料や武器弾薬の輸送)が物を言う。現地の兵站を担っていた部隊は「到底無理だ」と言ったところおきまりの「軍上層部にたてつくつもりか?」と一蹴されてしまう。
▼大岡昇平の「野火」最初の場面でも、入院している兵隊が「ここは満員だから他に行け」と3日分の食料(バナナだったか?)だけもたされて放り出される。インパールの場合も一週間くらいの米だけだ。最近アメリカ軍のレーション(軍事食料)を作る工程をTVで見た。全部暖めれば食べられるパックになっており最終段階で異物混入や金属チェックもしている。さらに、嗜好品のコーヒーも入り、トイレットペーパーまで入れていた。
▼ところが日本軍はおにぎりと塩か漬け物があれば良い方だ。食料がなくなったら、現地の農民から手に入れる。というが実体は牛やニワトリなど農作業に不可欠なものを強奪して恨みを買う。食料がなくなれば草を食うしかない。本土ならば多少の野草は手に入る。だが現地では食べられるものが分からない.やがて作戦は遅まきながら中止になる。長雨が続き河川は増水する。歩けなくなり、赤痢になり歩けなくなった兵士はウジが沸いた状態で放置される。死体が放置され「白骨街道」の異名をつけられる。周到な準備をしたイギリス軍に圧倒され、この作戦から得た物は何もなかった
▼名著「失敗の本質/日本軍の組織的研究」によればインパール作戦の事を以下のように評価している。個人責任は不明確にさは、評価をあいまいにし、評価のあいまいさは、組織学習を阻害し、論理よりも声の大きな者を突出を許容した。このような志向が、作戦の客観的な評価・蓄積を制約し官僚組織における下克上を許容していった。東電の原発事故で幹部が責任をとらないものと全く同一である。
▼牟田口は4月29日の天長節までにインパールを陥落させることにこだわっていた。そして作戦終了前に将兵の労苦をよそに8月30日に牟田口軍司令官と河辺方面軍司令官はそろって解任、東京へ呼び戻されその後長生きする。

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August 21, 2017

NHKSPL「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」を見る。

▼土日のいずれかはゆっくりしていたいのだが、19日、20日の週末はそうも行かなかった。土曜日は平和関連の集会があり、取材に行った。公表されている集会なのにプレスカードを腕章を見せたら、「責任者に見せる」と、それを持ったまま奥に入ろうとするので、「止めてください」と言って名刺だけ渡す。過去の経験では腕章だけで入ることは出来る。集会の最後の方で「どうしてマスコミは取材に来ないのだ」という意見が出た。わたし自身取材して、何も新しい発見はなく、書こうという気力もわいて来なかった。毎年同じ事の繰り返しで、参加者も高齢者ばかりであり。会場の目の前の広場では屋台や世界各国の音楽を演奏していたが、こちらの方が遥かに魅力的だ。
▼それにもう一つ、「核兵器禁止条約交渉」の「成果」を金科玉条のように持ち上げる人たちがいることだ。わたしはこの条約の実効性にかなり疑問を持っている。昨年の広島のオバマの「折り鶴や謝罪」と同様である。この条約は、草案の段階では核兵器による「威嚇」を禁止の対象から外していた。だから核抑止、核の傘を容認するものだと思われた。ところが、最後の段階で威嚇も禁止対象となり、条約を批准しようと思えば、日米同盟から離脱するまでは求められなくても、核の傘からは抜け出ることが必須と考えられていた。しかし交渉に携わったオーストリア代表によれば、「通常兵器」による対処はイヤだという人も、アメリカの「静的抑止」に頼ることで、日本の安全を保障することと核兵器禁止条約に参加することを両立させる道を選ぶということが可能だ」ということだ。これをどう考えるか、だ。
▼NHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」筆者が731部隊の事を知ったのは1960年頃、当時の三一書房で同名の本が出版されていて読んだのが最初だった。それから数十年後に作家の森村誠一助手を使って調査した作品で、かなり多くの人に知られるようになった。それより先1990年代に、当時の銀座シネパトスで、中国で作られた「731部隊」の実録物が上映されたので見に行った。映画の石井はまさにソックリさんだった。
▼内容はまさにこのNHKドキュメンタリーに出てくる事実の再現ドラマで目を覆いたくなるような場面のが続出した。ペスト菌を飲ませる、寒冷地実験と称して屋外に被験者(通称マルタ)を縛って立たせる。そして腕に水を掛け凍らせてから叩き割る。このドキュメンタリーは戦時中、旧満州で密かに細菌兵器を開発し実戦で使用したのは、731部隊である。内容を隠すため「給水防疫部」という名称を使っていた。
▼今回NHKが発掘したのは、旧ソ連・ハバロフスク裁判の膨大な録音テープの音声記録だ。731部隊の幹部らが、日本に反発した中国や旧ソ連の人々を「死刑囚」とし、実験材料としていた実態を克明に語っている。まず現地の人々を「匪賊」という呼び方をする。これで彼らは人間ではないから何をしても構わないという思想を植え付ける。こうした実験を主導していたのが、大学等から集められた研究者達だった。まず京都大学のエリート医学者は、貴重な研究ができる。それがお国のためになる、と大学の指導教官や教育される。なぜ人間を実験材料にしたのか。それは実験のデータを蓄積することで、日本の兵士の命を救うことになるのだ、と教え込まれた結果である。音声記録と数百点の資料から迫る。そして最後に出てきた人物は、裁判官に「国には妻も子どももいる。ここで深く反省するので、どうか再び家族に合わせて欲しいと嘆願する場面で終わる。
▼しかし731部隊の生き残りの一例として、ミドリ十字は、かつて存在した日本の医薬品メーカー。創始者の医師(元軍医・陸軍中佐)内藤良一は旧日本軍731部隊の石井四郎中将の片腕であり、顧問北野政次は731部隊長を一時期務めた事などには触れなかった。そしても上記石井中将の故郷山武郡芝山町には今なお「石井顕彰碑」が建てられている。

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August 19, 2017

「木更津基地」は米軍領土

▼本当は土曜日の取材には行きたくない。しかし仕事が一人に片寄らないように分担を申し出た。体調が戻るまで夜の行動も、しばらくは差し控える。
▼昨日書いた木更津海軍の基地の事だ。実は戦後は米軍に「接収」されてしまった。そのため今の自衛隊第一ヘリ団は基地を米海軍から借りている格好になっている。それというのも日米安保の地位協定が問題なのだ。定期的に行っている日米協議では「一度も議題になったことはない」という。米軍側によれば「日本から同条約の見直し提案は過去に一度もなかった」という。驚くべきことである。「THE BIG ISHUE」8月15日号によれば、東京外語大の伊勢崎賢治さんは「主権なき無法平和国家日本」としてつぎのように述べている。米兵が犯罪を裁く際に、それが「公務内」であれば米国に、「公務外」であれば駐留国に、一次裁判権があること自体は「国際的に見ても標準」である。
▼「ただし気を付けなければならないのは、そこに“互恵性”があるかどうかだ。互恵性とは、例えば自衛隊が米国に駐留した時に、同じような裁判権を認めてもらえるかということ。「NATO地位協定」には互換性があるので、加盟国はたとえ日本と同じ敗戦国のイタリアやドイツであっても、米国に行けば同じ特権を与えられる。そうした互恵性があることで、犯罪や事件の発生に一定の抑止力が働くわけです」と語っている。
▼だから日本中に基地をつくれる米軍、そんな“主権のない国”とロシアも領土交渉はできない。逆にいえば、日米地位協定を変えない限り、9条と自衛隊がどうあろうと日本に主権はない、と言い切る。

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August 18, 2017

「軍事郵便」とは何だったのか?

▼「軍事郵便」で思い出すのは梯久美子の「散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道」に出てくる一節である。硫黄島に残って米軍と戦う事を命じられた栗林は、最後に「郵便止め」という事態に追いやられる。つまり本土との連絡は無線だけになり、もう兵士たちの手紙の送受信はできなくなる。「そこで死ね」と最後の連絡用の軍用機は木更津海軍基地に戻ってしまう。戦場にいる兵士は戦意高揚のために基地の名を暗号にした場所にいる家族の元に郵便や荷物を送ることが出来た。だがお互い検閲があるからどこなのかは分からない。だが太平洋戦争中、「軍事郵便」は戦地と故郷を結ぶ唯一の手段だった
▼NHK8月6日放送「BS1スペシャル「戦後72年の郵便配達」72年たっても変わらない「大切な人への愛」を感じた。というのは番組ディレクターは最近オークションサイトで、太平洋戦争中に戦場と故郷を結んでいた「軍事郵便」という手紙が売られていることを知る。その手紙を調べていくと、その中に、アメリカ軍に押収され故郷に届かなかった手紙が存在していることがわかる。日本軍兵士は筆まめでとにかく戦場にあっても日記を書き、家族に手紙をせっせと書いていた。アメリカには日記を書く習慣はなかったようだ。さらに、日記は落としたりしたら情報が漏れるから禁止もされていたようだ。
▼番組では、ネットオークションでその手紙を収集していたお寺の住職さんが登場する。その手紙は日本軍の兵士が持っていたもので、死体から回収したり、捕虜から手に入れた物もあったようだ。ご承知のように作家のドナルト・キーンはその回収した日記や手紙を分析するのが仕事だった。ディレクターはその坊さんに会い、「軍事郵便」。その中に、米軍によって押収され「故郷に届かなかった手紙」が数多く存在し、ネット上で売買されていることを突き止めた。それは上記の検閲が終わって「価値無し」のスタンプが押されたものは一般米軍兵士の収集対象となったのだ。
▼記念品として集めたが、日本語が読めない彼らは「軍事郵便」に価値は見出せなかった。ディレクターは最初木更津の住所に行くが、当時の人の所在は不明だった。硫黄島から東京に送られるはずだった手紙も同様だ、激戦地ペリリュー島から長野県の家族にあてた手紙を探し当て、長野市の聾唖学校から発信された手紙を持って現在の学校に行くと、卒業者名簿に、女性の名前が出てくる。そして探すとご家族が軽井沢にいるらしいと分かる。そして今、止まった時間が動き出す。軽井沢では戦友会の人がおり、その手紙の息子さんがいることが分かる。さらに手紙のお姉さんという方が川崎の老人ホームにいることが分かる。
▼手紙をもって川崎まで届ける。ペリリュー島にいた兄は激戦地で戦死してしまった。しかし自分のことより妹の事を気遣う言葉で溢れており、ただ涙が溢れてくる。
▼似た様なテーマでは13日深夜放送されたNNNドキュメンタリー「弾除け神社」~奉納写真 2万枚の思い~でも感じた。

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August 17, 2017

NHKSPL「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」を見る。

▼腰痛は痛みは引いてきているが、中々なおらない。今後は自分の身体を守るために、雨降りで自分が傘をさす間の3分でも交代してくれる人がいない場合参加するのは見合わせよう。身体もさることながらカメラも雨に濡れたので銚子が悪くなった。きょうもバスに乗っていたら、お年寄りの婦人がバスが発車したとたん、床に倒れ座り込んでしまった。わたしは腰痛なので、普通の座席に座っていた。他の元気そうに見える人は誰も席を立とうとしないので、自分が交代した。他人の痛みが分からない人はこのような場合も、知らん顔して無視するのだろう。
▼今朝のあるブログを見ていたら、愛媛県西条市でミサイル飛来を想定して学校で体育館の中で頭を押さえてうずくまる小学生たちが写っていたので驚いた。たしか管官房長官は「防空壕を作れ」と記者会見で言っていたっけ。戦争中の竹槍訓練よりもおそまつである。NHKの今年(2017年度)戦争シリーズを、昨晩一応全部見終わった。その中の樺太の戦争を扱った、「樺太(現サハリン)地上戦 終戦後7日間の悲劇』 - 2017年8月14日に放映されたNHK スペシャル。これは終の5日後ソ連軍が突如樺太に現れる。樺太の指揮は北海道方面軍に任されていた。最初抵抗しない方針だった。しかし樺太を占領したソ連は北海道北部(留萌・釧路以北)もよこせ迫る。そのため抵抗することに方針を変える。しかし地元の人たちは、良くても古い猟銃しかない。相手のソ連軍は通称マンドリンと呼ばれるPPSHで1分間に90発撃つころができる軽機関銃をもっていたから太刀打ちできない。それどころか市民には竹槍で立ち向かえと訓練を始める始末だ。
▼しかし多勢に無勢、一般人は抵抗するより真岡港まで徒歩で避難せよという命令が出る。スターリンは樺太に北海道占領の最前線を作ろうと考えていたので、日本軍も必死になった。当時の樺太にはパルプから漁業まで約40万人の人々が居住していた。日本軍は抵抗しながら撤退をする。そのうちトルーマンがソ連による北海道の占領は認められないという書簡を送ったため、戦闘は収束に向かう。しかし捕虜になった日本兵はシベリアに送られ強制労働をさせられる。中でも一番有名なのは真岡郵便電信局事件で、」ソ連兵の上陸を恐れ電話交換手が青酸カリによる服毒自殺をした事件である。番組でも姉が船で本土に逃げる自分を見送りに来てくれた姉さんを思い出すと墓参に訪れ、当時と同じ海岸にたつ妹さんの姿が痛ましく感じられた。8月15日が敗戦として島民全員に周知徹底して全員引き上げていれば、このような不幸な事件も起きなかったかも知れない。
*一昨日の映画「乙女の祈り」のポーランドにおけるソ連の態度。本日の「樺太とソ連」に関しては不破哲三×渡辺治の最新刊「現代史とスターリン」新日本出版2200円の170頁以降に詳しく掲載されていて面白い。映画「氷雪の門」は2010年8月10日このブログで3回にわたってご紹介している。

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August 16, 2017

「ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」を見る。

▼ツイッターでブログに「いいね」をして下さる方がいると頑張って毎日書いてしまうのです。歯医者は3週連続して行った。毎回歯石を取って歯周ポケットを手入れして下さる。ただそれだけ、歯磨きは残している部分がないか丁寧にチェックされる。先週は歯間ブラシを大小2本もらい、今週は尖った細い歯ブラシを貰った。来週はお休みで歯の安定状況をチェックした上で、今後の治療方針を決めるという。3ヶ月か半年かかるんだろうか?
▼今朝は先週に引き続き某市に出かける。Kバスに乗ると日本ハムの選手が車内アナウンスでいろいろ注意事項を喋る。なぜ地元ロッテの選手を使わないのか不思議だ。k谷にハムの練習場があるからかな?
▼さてこの間NHKで放送された戦争関連番組は7本くらいあったと思う。そのうちの一つが表記の番組である。戦前、岐阜県の山間地黒川村から、旧満州(中国東北部)・陶頼昭に入植した650人の黒川開拓団。終戦直後、現地の住民からの襲撃に遭い、集団自決寸前まで追い込まれた。現実に多くの開拓団が自決の途を選んだ。昨年取材した大田区の商店街丸ごと移住した人々もそうだった。その場合母親は同じ村の人に金品を支払って殺して貰う。そして息子たちは逃がす。
▼実は「日本の一番長い日」(半藤一利原作・司会)という座談会の再現映画がWOWOWで放送された。それによれば原爆は7月24日以降、天気がよければいつ投下しても良いと決められたいたという。そしてソ連軍の満州への侵入は1945年2月4日から11日まで日まで開かれたヤルタ協定で密かに決められていた。別の研究によれば日ソ不可侵条約がきまった1941年2月以降、満州の直行する軍用鉄道が計画され準備がはじまっていた。
▼上記「長い日」の中で当時外務省にいた松本が「1945年(昭和20年)4月5日、翌年期限切れとなる同条約をソ連は延長しない(ソ連側は「破棄」と表現)ことを日本に通達した」と言っている。それなのに日本はノーテンキに敗戦の直前まで近衛元首相を派遣してソ連に和平交渉を頼もうとしていた。
▼ソ連の参戦で日本に土地を取り上げられた、中国人は怒って日本人の家に押し入りめぼしいモノの掠奪を始めた。その時、黒川村の開拓団の人たちは「生きて日本に帰ることが大事だ」と考えた。彼らが頼ったのは、侵攻してきたソビエト兵だった。彼らに護衛してもらうおうと交渉に行くと「代わりに、15人の未婚女性をソ連兵を接待するために差し出せという。
▼戦後70年が過ぎ、打ち明けることがためらわれてきた事実を公表した当事者たち。結婚している女性は接待から外される。姉妹の場合、妹の身代わりに自分が接待に行く。接待が終わったあとも、身体の始末をしなければならない。先の姉妹の場合、妹がその役目を引き受ける。その重い事実を残された人々はどう受け止めるのか。戦後帰国しても村では、口さがない人たちから後ろ指をさされて結婚すらできなかった。また過去を承知で結婚してくれた男性もいたが、どうしても子どもができなかった。そのため先に結婚した妹は自分が産んだ男の子を姉にゆずる。彼はなぜ自分が里子に出されたのか不思議でならなかった。つまり妹は姉が自分の分まで「接待」役を引き受けてくれたから、今の自分があるといく負い目があったのだ。姉が死んだ今、その疑問が氷解するのだった。

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August 15, 2017

◇「夜明けの祈り」を見る。

▼9日都庁前で雨に濡れてからかなり体調が悪い。傘は持っていたが差すことができなかったことが原因と思われる。きょうは敗戦記念日だ。しかし某政党機関紙はなぜか「終戦記念日」と書いている。最近「元号」を採用したり、やることが一貫しておかしい。本当は靖国神社に行ってみたい。千鳥ヶ淵公園の集会からもお誘いを受けているが、忙しいので昼間は、でかけられそうにない。故郷から荷物が届いて包装に某地方新聞が使われていた。1面に「乖離」という文字が躍っていた。しかしこの文字は新聞用語としては使えない筈だ。常用している「朝日新聞用語の手引き」を見ると「かけ離れた」とある。この新聞社は新聞協会に加盟していないのかな?
▼家族が新しい腕時計を買った.ひいきのプロ野球チームの試合がリアルタイムで画面に表示される。ランナーの配置からピッチャーの配球まで即座に出てくる。毎晩午後11時頃帰宅するので、スマホをバッグにいれておけば机の上の腕時計で連動して結果が一瞬にしてわかる。それに刺激され、わたしも連動する時計を買うことにした。しかしアップル・ウォッチは大きいうえに価格も下手するとスマホくらいする。色々考えて4000円代のウォッチにした。かなり面倒な設定をすませると、電話は登録してあれば相手の名前が分かる。ツイッターは1対1なら相手のIDが表示される。携帯から5m以上離れると警告ブザー鳴る。メールは設定がわからないので、今のところ届いたという合図だけ。これで十分だ。一番良いのは歩数計で自分の目標を設定して集計に参加すると自分の順番が毎日分かる。わたしは1万歩の設定にして、昨日の場合40位くらいだった。
▼自治体でやっていた高齢者の筋トレはコースが終了して毎週いかなくなるとサボってしまう。通っていたときはコーチがチェックしてコメントを書いて花丸をつけていたので励みになった。今回相手の本名はわからないが、好敵手が出来て、俄然再びやる気になってきた。
◇「夜明けの祈り」わたしはヒマがあるから映画を見るのではない。手持ち原稿が2本より減ったら必ず見に行く。というのは1ヶ月に4本書くというのは1発必中ではないからだ。映画評を熟読して見に行くが、外れの映画もある。打率7割というところか?一番アテになるのは、自分の目でみた「予告編」が一番あてなる。
▼1945年12月のポーランド。「解放したソ連軍」が実質支配している。その中に国際赤十字の施設で負傷兵への医療活動を行う若きフランス人医師マチルドがいる。彼女のもとに、悲痛な面持ちのシスターが何やら助けを求めてやってくる。映画の最初のシーンで女性の叫び声が聞こえて来る。それは何だったのか?マチルドは自分は怪我をした兵士を救うのが仕事である、野戦病院以外は担当外であることを理由に一度は断る。
▼しかしマチルドは凍てつく空の下で何時間もひたむきに神への祈りを捧げる姿にシスターの必死の願いに心を動かされ、勤務が終わったあと深夜に一人軍用車を運転して遠く離れた修道院へと出向く。話を聞くとどうもシスターが妊娠しているらしい。聖職者にあってはならない事だが、修道院に押し入ったソ連兵はシスターを次々レイプし彼らの蛮行によって身ごもってしまった。当然中絶は出来ないし、途方に暮れていた。しかもお腹はふくれる一方でシスターたちは苦しむばかりで手を施せない。マチルドは外科が専門だが、手引き書を見ながら一人の出産を成功させる。
▼しかしこの病院には7人も妊婦がいた。しかも老院長もソ連兵から梅毒を感染させられていた。何度も深夜に通っている時、マチルダ自身も検問をしていたソ連兵に襲われる。間一髪のときソ連兵の上官が出て来て助けられる。彼女がどうしてこういう立場に立つことが出来たか?それは両親が共産党員で、彼女もその影響を受けて困っている人の立場に立つという思想が身についていたからだ。
▼信仰と現実の狭間で苦悩する修道女たち。かけがえのない命を救う使命感に駆られたマチルドは、幾多の困難に直面しながらも激務の合間を縫って自らの危険を体験しながら修道院に通う。院長は生まれた子どもをシスターの両親や親戚に帰すと生後間もない赤ちゃんをシスターから強制的に切り離す。い。しかし実際には荒野に捨てただけだった。そのことがシスター全員に知られると院長は修道院を去る。そしてマチルダはこの修道院を孤児を育てる施設として使う事をシスターたちに提案して採用される。マチルダは微塵の非もない修道女たちの唯一の希望となった。実際あった話の映画化である。
実在のフランス人医師との絆の物語。

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August 14, 2017

NHK「本土空襲 全記録 」を見て考えた。

▼今朝はヒューマントラストで「夜明けの祈り」を見て来た。同じポーランド映画でもアンジェワイダはポリティカルな面を描くがこの作品はポーランドでも人間の精神面を描いている。ある面で5日NHKETVで放送された、「ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」に似ている。映画とTVについては後日書く。
▼金曜日の夜10時頃だったが、前日の名残でNHKBSのスイッチが入っていてイギリスで拓かれている世界陸上の女子ハイジャンプ185mくらいの場面をやっていた。その女子選手が全員、スーパーモデルのような背の高い美人ばかりで、ついつい最後まで見てしまった。クリアしたときは思わず「オー」と声を挙げてしまった。ウクライナの選手はとくに美しかった。
▼12日土曜日夜NHKで「本土空襲 全記録 」をやっていた、アメリカ軍は機関銃と同期してガンカメラを装着しており、そのフィルムがアメリカの公立文書館で見つかったのだ。機関銃と同じ目線だから海岸で逃げ惑う日本人の姿も写っている。最初米軍は高度1万メートルから爆撃するが後で観測機を使って調べて見ると、命中率はたった7~8%だったことが分かる。武蔵野にあった中島飛行機も肝心な工場には命中しないで、隣りの畑に命中している。これが44年7月頃である。指揮官に任命されたカーチス・スメイは徹底的に焼き尽くす事を決意する。そしてアメリカ本土に、後の焼夷弾で焼く実証試験をするため、日本家屋を造る。テレビでは出ていなかったが、畳はハワイの日本家屋からわざわざ取り寄せる。
▼そして実験に成功してM47クラスター爆弾が完成する。そしてその後のルメイの命令は爆弾の投下がすべて終わるまで待避行動してはならない。軍事目標だけでなく列車、建物、動く者は全て撃って殺害してしまえ、という内容に変化する。もう一つNHKでは触れなかったが、飛行機に乗せた爆弾はすべて落として来る。そうしないと着陸するとき爆発する可能性があるので、全弾落とし尽くしてこなければならない。建物はすべて、列車の動く車両はすべて、人間も動いているものに恐怖心を植え付けるためすべて殺しつくすという方針に変わって行く。その結果、空襲だけで全国で70万人の死者がでる。さらに1万メートルより低く攻撃できるようP51戦闘機を配備露払いをして、高射砲を黙らせ、低空で爆撃できるようにした。
▼だから今考えて見ると田舎では白壁に墨を縫って米軍機から目立たないようにうする、という小手先の技術も何の意味のなかったのだ。それにしてもなぜ米軍がこのような空襲をしたか?それは1938年12月18日から1943年8月23日にかけて、日本軍により断続的に218回行われた重慶爆撃は都市への無差別空爆の先鞭をつけて1万人以上の人たちを殺害した、復讐でもあったのだ。
▼余談になるが中島飛行機の社長中島知久平の再放送も見た。彼は陸軍に入りたかったが失敗し海軍機関部に入る。役所では仕事が遅いとしてそれから後に独立して会社を興し戦闘機のエンジンを作る。最終盤にはB29よりも大きい渡洋爆撃機「富嶽」を作り、アメリカを空爆してからし、ドイツ占領下のフランスに逃げるプランを考える。しかし1万メートルの上空では空気が薄いのでエンジンが上手く動かない。そのため燃料を吹き付けるターボチャージャーを研究したがどうしても作れなかった。そんな事を考えていた中島は占領軍からA級戦犯にしていされる。しかし病気で収監されることはなく、自宅療養中に死亡してしまう。

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August 12, 2017

広島に生まれた、吉川晃司の怒り。

▼わたしは普段の夜にテレビを見ている時間はないので録画する。それもドキュメンタリーに興味があるので、1日5本から7本になる。これもたまると視聴するのがかなり難しくなる。そのほか、わたしに対して、わけのわからない言いがかりをつけてくる人たちを論破するため、1日に300頁は本を読むのを日課としている。この数日の時間のある日は戦争問題を中心としたドキュメンタリーを見て来た。NNNの吉川晃司の、原爆ドームの真ん前に、割烹旅館を営むご実家があった話には驚いた。ご祖父と父上は1年前に、店を売り払って疎開して、いたため被災しなかった。子ども達はいまも「平和公園」と言っているが、そこには庶民がつましく暮らしている町があった。瓦礫になってしまった町を埋め立てて「平和公園」という名称の公園になった。この番組は明日13日午前11時にBS日テレで「4400人が暮らした町
~吉川晃司の原点・ヒロシマ平和公園~」として再放送されるので、ぜひご覧いただきたい。吉川は「日米地位協定はそのままだし、」と今の政府に注文をつけたいた。後半詩人のアーサー・ビナードが登場する。彼は昨年オバマが広島に来たとき、中国新聞から頼まれて同時通訳をしていた。わたしの友人に、も何人かは「オバマは謝罪に来た」というが彼は謝罪などしていない。演説の原文を見ても「空から悪魔(デビル)が降って来た」と言って原爆を投下した責任や謝罪を一言もいっていないのだ。そのことに対する吉川の怒りも感じる事が出来た。
▼昨日の北のグアム近くにミサイル発射事前予告にたいするメディアのはしゃぎ振りは、一体何だろう。PACK3は今年一月習志野駐屯地に行った時、その姿をさらしていた、あのミサイルは常に同じ場所に置かれたままだ。まるで張り子の虎か?先日描いたが 日本には北ミサイルを発射余地する能力はまったくない。たとえ高知駐屯地に配備したところで、国民向けのアピール以外はない。たんなるお飾りなのだ。NHKなど今にもミサイルが日本を直撃しそうだというような「報道番組」に惑わされてはならない。
▼書きたいことはたくさんあるが、また明日。

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August 10, 2017

7日映画「黒い雨」を見る。

▼柳田邦男の「空白の天気図」という小説がある。戦争中の天気図は敵に情報を与えないため、白い部分が多かったという話だ。その中に予報部には一般の気象予報官と、軍部の予報官が関を並べていた。しかし食事時になると気象庁の人々は貧しい弁当かおにぎりを食べていた。しかし軍部の予報官は豪華な食事が出て、同じ仕事をしているのにこの差別的な扱いは何だと、お互い気まずい思いをしたという。昨夜それに似た希有な体験をした。ただし実際に起きたのは食い物の話ではない。人間としての生き方に疑いをもちたくなるような話だ。
▼「いろはカルタ」というものがある、「犬も歩けば棒に当たる」といいうのだ。ではその「ら」は何かご存じだろうか?江戸では「楽あれば苦あり」である。わたしの娘が幼かった頃、子ども雑誌の付録で「かるた」が付いてきた。その「ら」とは「ラン、スー、ミキのキャンデーズ」だった。いま活躍しているのはランちゃんだけ。田中好子のスーちゃんは映画「黒い雨」の主人公のようになくなってしまった。7日夜、日本映画専門チャンネルで1989年に製作された「黒い雨」が放送された。映画は井伏鱒二の小説が原作となっている。この中で田中は原爆の直撃は受けなかったが、その数日後に降った黒い雨に打たれ被爆して白血病になる。叔父夫妻(北村和夫、市原悦子)の家に引き取られ、結婚相手を探そうとしているが、彼女は症状が出始めていてアロエを身体に貼ったり、髪をとかしているとごっそり抜ける。叔父は医師から「被爆していない」という証明書を貰って嫁がせようとするが…。
▼NHKで日曜日夜、広島の被爆者のビッグデータを収集して、どこでなぜ人が死亡したか分析する番組を放送していた。一番多いのは、核爆発による放射線と爆発の直撃である。3日後から死者が増える。それは実験によれば放射線で血管の中の血液が沸騰し、その泡が臓器に付着しそれが原因で感染症にかかってしまうのだ。この血液の沸騰は初めて知った。さらにその数日後に黒い雨に打たれた人たちである。国の方針は爆発の同心円の中にいた人にしか「原爆症」を認定してこなかった。映画では田中が入院するためトラックの救急車で運ばれる場面で終わっている。だがこの番組では「もう一つのラスト」(カラー版)が放映された。それは田中がお遍路さんになって自分を見つめ直すと言う内容だった。

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August 08, 2017

歯の治療で莫大な金額を提示された人。

▼日曜日夕方見知らぬ番号から携帯に着信があった。すぐ応答するも切れてしまったのでコールバックする。話していくと10年ほど前にPCの不調で何度かお伺いした方からだった。「メールが受信出来なくなってしまった」とおっしゃる。前と同じ症状である。サーバーの管理者の問題である。PC修理店に持ち込んで、フォーマットしても直らないでしょう。とお答えして電話は終わる。月曜日朝イチでまた電話がある。もうフリーメールにした方が良いです、とお話しして水曜日訪問することにした。
▼夕方歯科医で、抜糸をする。「よく傷がふさがっている」として作業は10分足らずで終わった。わたしが歯医者に行かなくなったのは小学校低学年のとき、親知らずが痛んでいると、祖父が隣り村の自傷「歯医者」に連れて行ってくれた。麻酔もせずいきなりクギ抜きで歯を抜かれた、痛いのなんのって…。それから歯医者を信用できなくなった。そのことを今の歯科医に話すと「それは酷い、まるで拷問ですね」と言う。そう、まるで映画「マラソンマン」の世界である。歯科技工士さんが歯石の除去を30分くらい丁寧にやってくれた。最後にメディカル用のデンタルフロス大小を下さった。いよいよ来週からブリッジなどをする。
▼外に出ると携帯に着歴がいくつかあった。そのうち一本が友人からだった。歯科医の状況話すと、自分も前歯を入れ歯にすることになったという。白い歯だと全部で60万円だという。私の家族は治療に300万円掛かると言われて医者を替えた。お金はないから金でも銀でも良いと答えたという。わたしはその方が不動産を持っているのを知っているので、「財産処分して白にしたら」というと、処分はできない。もう獅子舞のようで人前には出ることができないという。わたしは最初に歯科医に行った時「治療は保険適用範囲でお願いします」と言ってある。入れ歯にしても奥歯だから、金銀にしたところで外からは一切見えない。
▼小野寺防衛相は4日、北朝鮮を念頭に「自衛隊の『敵基地攻撃能力』保有を検討」と発言した。これは技術上まったく出来ない話をぶち上げているに過ぎない。米軍の偵察衛星は一日に1分しか北上空を通過しない。いま米軍が保有する画像偵察衛星は5基、レーダー偵察衛星(夜間用)2基だけだ。日本のそれは合計2+2基.日米合計11基だから1日合計で約10分しか偵察できない。
▼自民党の安全保障調査会は早期警戒衛星を保有する事を求めている。しかしこの衛星は赤道上空3万6000キロを周回し地球の自転と速度は同じになるので「静止衛星」と呼ばれる。だが3万5千キロは偵察衛星の約100倍だから、弾道ミサイルの100倍になるので、弾道ミサイルなど見えない。かろうじて発射の際にでる赤外線だけは関知できるかも知れない。今のところ北ミサイルの緯度、経度を常にリアルタイムで確実に把握できる手段は何もない。(静止衛星の実効性については田岡俊次氏の論文による)

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August 07, 2017

◇「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」を見る。

▼昨日米大使館前から新橋に出ようと思って道路を歩いていると、農水省前で金曜日にお会いしたXさんに偶然お会いした。この方は映画がお好きで時々夢中になって情報交換をする。X氏のお住まいは東京ではないので、ここまで9時半に来るのは大変だったと思う。まさか8時半から抗議しているとは、思わなかったのだろう。抗議開始時間が分からなかったので、終了してから到着されたようだ。一言二言お話しして別れた。
▼「週刊金曜日」7月21日号に面白い本が紹介されていた。シルヴィア・フェデリーチ著「キャリバンと魔女」という4600円の本だ。この人はマルクス主義系フェミニズムの最重要論者で知られている。彼女は「家事労働に賃金を」という運動の口火を切った方でもある。今回の著書では「近代の聡明期に何十万もの“魔女”が処刑されたという事態はどう説明され得るのか」。あるいは「なぜ資本主義は、女たちに対するこの戦争が進めるなかで出現することになったか」。である。「魔女狩りは、女たちがそれまで自分たちの再生産機能に対して行使してきたコントロールの解体を目的とするものであり、よりいっそう抑圧的な家父長制の発展へと向かう途を拓くことに貢献するものだった」というのだ。2月に発売されたばかりで、図書館にはないが、いずれ詳しく紹介したい。
◇「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」南北戦争を挟んだ19世紀、北米の小さな町アマスト。白いドレスに身を包み、緑豊かな屋敷にこもる一人の女性がいた。彼女の名前はエミリ・ディキンスン。福音主義に基づいたシスターを養成するマウント・ホリヨーク女子専門学校に通っている。映画は最初に卒業する場面が出てくる。大勢の女子生徒を前に校長は「神を信じる人は、わたしの左側に、今は信じないがいずれ信じる人は右側に」という。どちらにも行かなかったのはディキンスンである。
▼ディキンスン生前にわずか10篇の詩を発表したのみで評価されることはほぼなかった。しかし、死後、彼女の部屋の引き出しから約1800篇の詩が発見され、その繊細な感性と深い思索から生まれた詩は各方面に多大な影響を与えた。孤独のなかで人生と死、そして永遠を見つめ、詩作に情熱を注いだ彼女の知られざる半生とは。後世に多大な影響を与えた19世紀の詩人である。
▼ 学校の方針になじまない彼女の処にある日、父親のエドワードがエミリを迎えに来る。その後は、彼女は生家で暮らすことになる。詩をつづるようになった彼女は、作品を新聞で発表される。評論で彼女の詩は決して賞賛していない。しかし新聞に掲載されたのを機に創作に没頭していく。そんな中、エミリは牧師ワズワースの説教に感動し、妻帯者である彼に思いを寄せる。しかしキリスト教的道徳の範疇ではなく、自分の考え方で生きようとする彼女は周囲や弁護士の父親と兄。そして妹とことごとく対立する。
▼男性優位社会のなかでではなく、女性の価値とは何か考え続ける。表面的にうまく行き、波風とたてなければそれで良いのか?倫理敵な過ちを一切拒否し続ける。現実にこのような人物が目の前にいたら「つきあいにくい」と思うに違いない。しかし兄嫁だけは彼女を理解しようとつとめる。ともすれば孤立しがちになるが、進歩的で快活な友人たちの会話は、時に兄や彼女を慕って訪問してくる男性の友人に対しては辛辣で、怒って帰宅させてしまう。詩人としては評価されないまま、鬱屈を抱えて、部屋から一歩も出ず、真実から絞り出した詩作を続ける。晩年は周囲との交流を断つ。さからじん臓病障害で部屋でけいれんしても、中々発見されないいまま苦しむ。緑豊かな屋敷から出ることなく、自然や信仰、愛や死をテーマにした約1800篇の詩を遺し無名のまま他界した。派手なハリウッド映画が好きな人向きの映画ではない。

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August 06, 2017

◇「ありがとう、トニ・エルドレン」を見る。

▼4日のうち合わせでは午前7時半アメリカ大使館前集合だった。6時に起床して6時半に家をでなければ間に合わない。一旦は無理かと思った。土曜日に再確認すると8時半始まりなので、8時に着けば大丈夫と聞いて安心した。実際7時に家を出て、JR新橋駅には7時半に到着した。楽勝だった。
◇「ありがとう、トニ・エルドレン」父と娘の関係は年を重ねるほど難しくなる。昨日から読み始めた梯久美子著「狂うひと」を読んでもそれを感じる。この本は620ページもある。3日間で読めるだろう。子育てにおいて子どもが幼いとき、父親が一切育児に拘わらないで妻任せ、中高生になってからデカイ顔をしても、娘は振り向いてくれない。UFJかなにかもUFJのCMで父が娘に「今度また家族で来ような」と娘に声を掛けると、「ウン」と答えながら小声で「今度彼氏と来よう」と呟く娘。こlれが実体である。さてこの映画はドイツとオーストリアの合作映画である。ドイツに住む父は久しぶりに、かつ突然ルーマニアに住み、キャリア・ウーマンで馴らす娘イネスの処に訪ねていく。突然の訪問に娘は一応父を歓迎するが、心中hがウザイと思っている、仕事の大事な顧客へのプレゼンをしなければならないのに、構ってはいられない。
▼父親はテレ隠しで入れ歯をしてカツラを被って変装して娘の前に現れる.最初は変なオヤジと思っているが気づかないふりをして父親を喜ばせる。ま、仕事で苦労しているから如才ない。しかし心中はプレゼンの事で頭の中は一杯なのだ。父親は娘の心配をよそに、入れ歯で変装したり、石油採掘のコンサルタントとか言って、プレゼンの会場に飛び入りする。さらに夜のパーティでは、在ルーマニアのフランス大使館の職員だと賑やかに飲んだくれる。しかし客たちは怪訝に思い、しかめ面をしている。
▼翌朝娘のイネスは「もうこりごりさっさとドイツに帰って」と空気を読めない彼を家から叩き出す。背中を丸めてタクシーに乗り込む父親の姿を見ると、可哀想だな、同居しなければならないか、高いマンションのベランダから見送ると複雑な気持ちになる。
▼父親を追い出した夜、会社の同僚や友人と女子会を開いているろドイツに帰った筈の父親がまたまたカツラで変装してレストランに現れる。自分は「トニ・エルドレン」だと名乗って嫌がる娘を尻目に周囲や会場を沸かせる。最後まで娘と父は邂逅する訳ではない。しかし血液は濃くても煩わしい父と娘の関係は世界共通なのだと思わせる。最後に父は「義務だけで追われていると、人生はすぐ終わってしまうよ」と語って去っていく。この言葉は鑑賞する人の胸に突き刺さるに違いない。しかし3時間の上映時間は長い。

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August 05, 2017

毎日放送の「さまよう木霊~基地反対運動」はこちらで…

▶︎昨晩は久しぶりに金曜日の国会周辺に出かけた。先ず5時30分に関電のある富国生命ビルのまえで、たんぽぽ舎のみなさんと、ご一緒に抗議に参加しツイキャス撮影する。Yさんはとても親切にして下さった。天気予報は雨風雨が強くなるとも言っていた。撮影に重い三脚を使っている。しかしL型バーにカメラ二台と、雨傘を取り付けると、突風が吹いた時倒れる危険性が強い。
▶︎そのためビデオカメラバ持参しなかった。二週間ぶりにお会いした皆さんも、親切にしてくださいました。こちらの抗議は、いつもより早めの8時15分頃には終わりました。昨晩築地の場外市場でかさいがあり、それをきっかけに、小池都知事は豊洲遺伝を、安全検査をせずに移転を合理化しようとしている事に批判が集中しました。
▶︎終わってから耳をすませるとドラムの音がする。毎週金曜日夜に海上保安庁が、沖縄で埋め立て工事に協力をしている事に抗議をしている人たちだ。旧テントのひとたちが熱いお茶や、お菓子を持って来てくださったが、慌ただしく口に放り込むと、急いで駆けつける撮影機材一式は既にリュックに仕舞ったので、手持ちのiPhone6で約20分ほど中継する。いらしたのはやはりAさん、Bさん。CさんにKさんだった。さらにイスラエル大使館抗議からご一緒する方もいらした。終了後は、有楽町まで歩いて帰宅する。
▼毎日放送の「沖縄さまよう木霊~基地反対運動」はこちらでご覧になれます。

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August 04, 2017

怪しいユニセフの「マンスリーサポート」

▼昨日朝のNHKラジオで自分の親が戦争中上官にかなりいじめられた、という話を聞かされたという人物が投稿していた。ご自分はそれで戦争に反対するのか?と思って聞いていたら、「ユニセフの運動に協力することにした」という。民放のCMではかなり多く出てくる。アフリカで飢えたり、水がなかったりしている子ども達が映し出され、「○○○には時間がありません。あなたの毎月3000円のご支援で彼らは飢えなくて済みます。いわゆるマンスリー・サポートというのだ。最近はSバンクの携帯を使っている方は毎月の携帯料金から自動引き落としになるというものまで出てきた。
▼アフリカの人々がなぜ貧しいか?かつてはヨーロッパ各国が宗主国として君臨して食料や奴隷貿易で人そのものを収奪をしていた。いまはレアメタルやウラン鉱石の生産地としてアメリカ、中国などが収奪しているのだ。その犯罪行為に目をつむって、カネをだせというのは、文字通り「泥棒に追いゼニ」なのだ。ユニセフの盲動に騙されてはならない。アフリカを「発見・占領」したヨーロッパの「キリスト教」の先見性については「アメリカ異形の制度空間」(西谷修著)に詳しい。
▼抜歯手術後、痛み止め4錠、止血用口内ガーゼと化膿防止薬12を貰った。使ったのは化膿防止薬だけで、これも昨日の昼で終わった。術後経過は順調だと思う。
▼一昨日の東電抗議行動は、たんぽぽ舎の担当者からYouTubeのアドレスを教えてくれ、問われたのでアドレスを送ったら、リンクして下さった。これで多少アクセスが増えると思う。

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August 03, 2017

規制委から九電、東電抗議に回る。

▼昨日は午前中六本木の第29回原子力規制委員会を傍聴する。暑いのだから数分くらい屋内に入れてくれれば良いのだが、融通のきかないガードマンだと、たとえ2分でも屋内待機を拒否される。この日のメインは大洗の原研、研究棟における6月の事故の暫定評価である。評価は「東京新聞」朝刊にも「2」と出ていた.会議が始まる前に、会議室に待機していた某国営放送の記者は同僚に電話して「2って何だ?」と大声で聞いていた。事故の評価基準は8が一番重い。しかし原子力規制委員会に出された評価は「2」だ。会議のビデオをみていただくと分かるが、単なる手順の勘違いとして位置づけ、低い「2」にしている。さらに放医研の最初の重大事故という診断も無視した結果になっている。つまり原発を再稼働するため、将来誰でも作業を出来るように、このような偶然の作業ミスという結果に落ち着かせたとみる。しかもその評価レベルすら某国営放送記者が知らなかったというんでは、記者会見で鋭い追及もできない。
▼疑問を出すのは更田委員と石渡委員だけで、緊張感のない会議が続く。ただ簡単におわってしまった第4議題獣医法に基づく犬と猫の放射線照射基準だ。田中委員長は「ペットがこのような放射線治療が行われているとは知らなかった」と喋っていた。添付資料には「眼の水晶体の放射線防護検討部会メンバー」というのがある。わたしはこれはペットが相手ではなく、将来的に「廃炉作業」に人間を使うことを前提に研究しているように思えてならない。
▼最近朝のNHK気象予報を聞いていると「通り雨」という言葉が頻繁に出てくる。にわか雨とどう違うのか調べてみた。「通り雨」という言葉は森進一の「港街ブルース」の中にも出てくる。ネットによれば、「通り雨は 「さっと降って、すぐ止む雨」のことだといい、一定の地域に短時間だけ降る雨のことだという。「にわか(俄か)」とは言葉にもあるように、 「一時的な」という意味がある。というわけだ。
▼夜は有楽町駅前の九電東京支社前で玄海原発再稼働反対の声をあげる。司会者が途中で「スピーチする人がいない」というので挙手をして数分話をした。原子力規制委員会の内容と、ブログに書いた空母アイゼンハワーの原子炉を25年で交換した内容だ。日本は40年も稼働させさらにいま、プラス20年と言い出す狂った原子力規制委員会である。スピーチの直後、タンポポ舎のYさんが名刺を交換してくれというので、「既に2枚いただいています」とお話しして自分の名刺をお渡しする。ここではXさんが原子力規制委員会でのツイートを見ていた、と話して下さる。先週別の友人がツイートは見ていると話して下さった。見ているが返事をすると「ここに来い」などと言われる恐れがあるから「じっと見ているだけだ」という。わたしも病人や身体の悪い人にでて来いなどと言う筈がない。九電が終わってかれら東電本店抗議に向かう。1日3ラウンドでかなり疲れる。東電前ではY氏からいろいろ頼まれごとをされる。この調子では、某資料室に潜り込みで、お盆休みは取れそうにない。Z氏からは「歯を抜いたか?」と言われる。みなさんブログをちゃんとご覧になって下さっている。
▼西谷修氏の本は図書館から3册届いて読み始めた。結論ありきの政治論ではなく、誰でも納得のいく実例から攻めていくので、かなり説得力がある。1日夜10時からNHKBSで「フィンランドの旅」を放送していた。最後は孤島の50mくらいある灯台だった。ここにも、ここにもl数年中に一人で行ってみたい。

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August 01, 2017

キャベツとレタスの区別が付かない実習生。

▼午前中仕事が一区切りついたところで、いつものクリニックに行く。というのは8月はお盆休みがあるからだ。残っている薬h2日分だけ。猛暑なのでクリニックは空いていると思って出かけたが正解だった。ここで28日分貰ったので、8月中は大丈夫だ。続いて夕方歯科の予約してあった。きょうは抜歯である。麻酔を注射され、かなり手こずったが、痛みを感じることなく抜いてもらった。「歯は持ち帰りますか?」と言われたが「入りません捨てて下さい」と頼む。家族に聞くと普通抜歯しても傷口は縫わないという。しかしわたしの場合、歯科医はかなり丁寧に縫って下さった。抜歯後の注意事項は入浴と飲酒である。ただ長風呂と大量にガバガバのまなければ、飲酒しても大丈夫という事だった。しかし飲酒をしなくても、いつの間にか寝てしまった。
▼日曜日池袋の勉強会が終わって、神田のウナギ屋で2匹買ってから帰宅する。その後幾つか夕食に不足しているものがあったので、近くの大型スーパーに出かける。比較的空いているレーンに並んだら20最くらいの男性「実習生」がレジを打っていた。隣にはパートさんが付ききっきりで指導していた。男性新人キャベツを持って「これはレタスですか?それともキャベツですか?」とパートさんに聞く。パートさんは「重いのがキャベツ、軽いのがレタス」と教えていた。わたしは農家の出身だから列車の窓から眺めているだけで、植えてある野菜の種類は、葉を見ただけで分かる。そういう時代になっているのだ。
▼毎日曜、夜BSで太川陽介の歌謡番組がある。この日のゲストの一人は沖縄出身のフィンガーファイブの晃だった。彼は1969年にパスポートを持って東京に来たという。その時彼は「僕はカリフォルニア出身なんです」という。という事は沖縄は、最も日本に近いハワイではなく、カリフォルニアの属州になっていたのだ。わたしは当時沖縄に行こうと思ってパスポートの申請を2度したが、いずれも拒否され「返還前」に沖縄の土を踏むことはできなかった。

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