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August 19, 2017

「木更津基地」は米軍領土

▼本当は土曜日の取材には行きたくない。しかし仕事が一人に片寄らないように分担を申し出た。体調が戻るまで夜の行動も、しばらくは差し控える。
▼昨日書いた木更津海軍の基地の事だ。実は戦後は米軍に「接収」されてしまった。そのため今の自衛隊第一ヘリ団は基地を米海軍から借りている格好になっている。それというのも日米安保の地位協定が問題なのだ。定期的に行っている日米協議では「一度も議題になったことはない」という。米軍側によれば「日本から同条約の見直し提案は過去に一度もなかった」という。驚くべきことである。「THE BIG ISHUE」8月15日号によれば、東京外語大の伊勢崎賢治さんは「主権なき無法平和国家日本」としてつぎのように述べている。米兵が犯罪を裁く際に、それが「公務内」であれば米国に、「公務外」であれば駐留国に、一次裁判権があること自体は「国際的に見ても標準」である。
▼「ただし気を付けなければならないのは、そこに“互恵性”があるかどうかだ。互恵性とは、例えば自衛隊が米国に駐留した時に、同じような裁判権を認めてもらえるかということ。「NATO地位協定」には互換性があるので、加盟国はたとえ日本と同じ敗戦国のイタリアやドイツであっても、米国に行けば同じ特権を与えられる。そうした互恵性があることで、犯罪や事件の発生に一定の抑止力が働くわけです」と語っている。
▼だから日本中に基地をつくれる米軍、そんな“主権のない国”とロシアも領土交渉はできない。逆にいえば、日米地位協定を変えない限り、9条と自衛隊がどうあろうと日本に主権はない、と言い切る。

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August 18, 2017

「軍事郵便」とは何だったのか?

▼「軍事郵便」で思い出すのは梯久美子の「散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道」に出てくる一節である。硫黄島に残って米軍と戦う事を命じられた栗林は、最後に「郵便止め」という事態に追いやられる。つまり本土との連絡は無線だけになり、もう兵士たちの手紙の送受信はできなくなる。「そこで死ね」と最後の連絡用の軍用機は木更津海軍基地に戻ってしまう。戦場にいる兵士は戦意高揚のために基地の名を暗号にした場所にいる家族の元に郵便や荷物を送ることが出来た。だがお互い検閲があるからどこなのかは分からない。だが太平洋戦争中、「軍事郵便」は戦地と故郷を結ぶ唯一の手段だった
▼NHK8月6日放送「BS1スペシャル「戦後72年の郵便配達」72年たっても変わらない「大切な人への愛」を感じた。というのは番組ディレクターは最近オークションサイトで、太平洋戦争中に戦場と故郷を結んでいた「軍事郵便」という手紙が売られていることを知る。その手紙を調べていくと、その中に、アメリカ軍に押収され故郷に届かなかった手紙が存在していることがわかる。日本軍兵士は筆まめでとにかく戦場にあっても日記を書き、家族に手紙をせっせと書いていた。アメリカには日記を書く習慣はなかったようだ。さらに、日記は落としたりしたら情報が漏れるから禁止もされていたようだ。
▼番組では、ネットオークションでその手紙を収集していたお寺の住職さんが登場する。その手紙は日本軍の兵士が持っていたもので、死体から回収したり、捕虜から手に入れた物もあったようだ。ご承知のように作家のドナルト・キーンはその回収した日記や手紙を分析するのが仕事だった。ディレクターはその坊さんに会い、「軍事郵便」。その中に、米軍によって押収され「故郷に届かなかった手紙」が数多く存在し、ネット上で売買されていることを突き止めた。それは上記の検閲が終わって「価値無し」のスタンプが押されたものは一般米軍兵士の収集対象となったのだ。
▼記念品として集めたが、日本語が読めない彼らは「軍事郵便」に価値は見出せなかった。ディレクターは最初木更津の住所に行くが、当時の人の所在は不明だった。硫黄島から東京に送られるはずだった手紙も同様だ、激戦地ペリリュー島から長野県の家族にあてた手紙を探し当て、長野市の聾唖学校から発信された手紙を持って現在の学校に行くと、卒業者名簿に、女性の名前が出てくる。そして探すとご家族が軽井沢にいるらしいと分かる。そして今、止まった時間が動き出す。軽井沢では戦友会の人がおり、その手紙の息子さんがいることが分かる。さらに手紙のお姉さんという方が川崎の老人ホームにいることが分かる。
▼手紙をもって川崎まで届ける。ペリリュー島にいた兄は激戦地で戦死してしまった。しかし自分のことより妹の事を気遣う言葉で溢れており、ただ涙が溢れてくる。
▼似た様なテーマでは13日深夜放送されたNNNドキュメンタリー「弾除け神社」~奉納写真 2万枚の思い~でも感じた。

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August 17, 2017

NHKSPL「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」を見る。

▼腰痛は痛みは引いてきているが、中々なおらない。今後は自分の身体を守るために、雨降りで自分が傘をさす間の3分でも交代してくれる人がいない場合参加するのは見合わせよう。身体もさることながらカメラも雨に濡れたので銚子が悪くなった。きょうもバスに乗っていたら、お年寄りの婦人がバスが発車したとたん、床に倒れ座り込んでしまった。わたしは腰痛なので、普通の座席に座っていた。他の元気そうに見える人は誰も席を立とうとしないので、自分が交代した。他人の痛みが分からない人はこのような場合も、知らん顔して無視するのだろう。
▼今朝のあるブログを見ていたら、愛媛県西条市でミサイル飛来を想定して学校で体育館の中で頭を押さえてうずくまる小学生たちが写っていたので驚いた。たしか管官房長官は「防空壕を作れ」と記者会見で言っていたっけ。戦争中の竹槍訓練よりもおそまつである。NHKの今年(2017年度)戦争シリーズを、昨晩一応全部見終わった。その中の樺太の戦争を扱った、「樺太(現サハリン)地上戦 終戦後7日間の悲劇』 - 2017年8月14日に放映されたNHK スペシャル。これは終の5日後ソ連軍が突如樺太に現れる。樺太の指揮は北海道方面軍に任されていた。最初抵抗しない方針だった。しかし樺太を占領したソ連は北海道北部(留萌・釧路以北)もよこせ迫る。そのため抵抗することに方針を変える。しかし地元の人たちは、良くても古い猟銃しかない。相手のソ連軍は通称マンドリンと呼ばれるPPSHで1分間に90発撃つころができる軽機関銃をもっていたから太刀打ちできない。それどころか市民には竹槍で立ち向かえと訓練を始める始末だ。
▼しかし多勢に無勢、一般人は抵抗するより真岡港まで徒歩で避難せよという命令が出る。スターリンは樺太に北海道占領の最前線を作ろうと考えていたので、日本軍も必死になった。当時の樺太にはパルプから漁業まで約40万人の人々が居住していた。日本軍は抵抗しながら撤退をする。そのうちトルーマンがソ連による北海道の占領は認められないという書簡を送ったため、戦闘は収束に向かう。しかし捕虜になった日本兵はシベリアに送られ強制労働をさせられる。中でも一番有名なのは真岡郵便電信局事件で、」ソ連兵の上陸を恐れ電話交換手が青酸カリによる服毒自殺をした事件である。番組でも姉が船で本土に逃げる自分を見送りに来てくれた姉さんを思い出すと墓参に訪れ、当時と同じ海岸にたつ妹さんの姿が痛ましく感じられた。8月15日が敗戦として島民全員に周知徹底して全員引き上げていれば、このような不幸な事件も起きなかったかも知れない。
*一昨日の映画「乙女の祈り」のポーランドにおけるソ連の態度。本日の「樺太とソ連」に関しては不破哲三×渡辺治の最新刊「現代史とスターリン」新日本出版2200円の170頁以降に詳しく掲載されていて面白い。映画「氷雪の門」は2010年8月10日このブログで3回にわたってご紹介している。

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August 16, 2017

「ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」を見る。

▼ツイッターでブログに「いいね」をして下さる方がいると頑張って毎日書いてしまうのです。歯医者は3週連続して行った。毎回歯石を取って歯周ポケットを手入れして下さる。ただそれだけ、歯磨きは残している部分がないか丁寧にチェックされる。先週は歯間ブラシを大小2本もらい、今週は尖った細い歯ブラシを貰った。来週はお休みで歯の安定状況をチェックした上で、今後の治療方針を決めるという。3ヶ月か半年かかるんだろうか?
▼今朝は先週に引き続き某市に出かける。Kバスに乗ると日本ハムの選手が車内アナウンスでいろいろ注意事項を喋る。なぜ地元ロッテの選手を使わないのか不思議だ。k谷にハムの練習場があるからかな?
▼さてこの間NHKで放送された戦争関連番組は7本くらいあったと思う。そのうちの一つが表記の番組である。戦前、岐阜県の山間地黒川村から、旧満州(中国東北部)・陶頼昭に入植した650人の黒川開拓団。終戦直後、現地の住民からの襲撃に遭い、集団自決寸前まで追い込まれた。現実に多くの開拓団が自決の途を選んだ。昨年取材した大田区の商店街丸ごと移住した人々もそうだった。その場合母親は同じ村の人に金品を支払って殺して貰う。そして息子たちは逃がす。
▼実は「日本の一番長い日」(半藤一利原作・司会)という座談会の再現映画がWOWOWで放送された。それによれば原爆は7月24日以降、天気がよければいつ投下しても良いと決められたいたという。そしてソ連軍の満州への侵入は1945年2月4日から11日まで日まで開かれたヤルタ協定で密かに決められていた。別の研究によれば日ソ不可侵条約がきまった1941年2月以降、満州の直行する軍用鉄道が計画され準備がはじまっていた。
▼上記「長い日」の中で当時外務省にいた松本が「1945年(昭和20年)4月5日、翌年期限切れとなる同条約をソ連は延長しない(ソ連側は「破棄」と表現)ことを日本に通達した」と言っている。それなのに日本はノーテンキに敗戦の直前まで近衛元首相を派遣してソ連に和平交渉を頼もうとしていた。
▼ソ連の参戦で日本に土地を取り上げられた、中国人は怒って日本人の家に押し入りめぼしいモノの掠奪を始めた。その時、黒川村の開拓団の人たちは「生きて日本に帰ることが大事だ」と考えた。彼らが頼ったのは、侵攻してきたソビエト兵だった。彼らに護衛してもらうおうと交渉に行くと「代わりに、15人の未婚女性をソ連兵を接待するために差し出せという。
▼戦後70年が過ぎ、打ち明けることがためらわれてきた事実を公表した当事者たち。結婚している女性は接待から外される。姉妹の場合、妹の身代わりに自分が接待に行く。接待が終わったあとも、身体の始末をしなければならない。先の姉妹の場合、妹がその役目を引き受ける。その重い事実を残された人々はどう受け止めるのか。戦後帰国しても村では、口さがない人たちから後ろ指をさされて結婚すらできなかった。また過去を承知で結婚してくれた男性もいたが、どうしても子どもができなかった。そのため先に結婚した妹は自分が産んだ男の子を姉にゆずる。彼はなぜ自分が里子に出されたのか不思議でならなかった。つまり妹は姉が自分の分まで「接待」役を引き受けてくれたから、今の自分があるといく負い目があったのだ。姉が死んだ今、その疑問が氷解するのだった。

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August 15, 2017

◇「夜明けの祈り」を見る。

▼9日都庁前で雨に濡れてからかなり体調が悪い。傘は持っていたが差すことができなかったことが原因と思われる。きょうは敗戦記念日だ。しかし某政党機関紙はなぜか「終戦記念日」と書いている。最近「元号」を採用したり、やることが一貫しておかしい。本当は靖国神社に行ってみたい。千鳥ヶ淵公園の集会からもお誘いを受けているが、忙しいので昼間は、でかけられそうにない。故郷から荷物が届いて包装に某地方新聞が使われていた。1面に「乖離」という文字が躍っていた。しかしこの文字は新聞用語としては使えない筈だ。常用している「朝日新聞用語の手引き」を見ると「かけ離れた」とある。この新聞社は新聞協会に加盟していないのかな?
▼家族が新しい腕時計を買った.ひいきのプロ野球チームの試合がリアルタイムで画面に表示される。ランナーの配置からピッチャーの配球まで即座に出てくる。毎晩午後11時頃帰宅するので、スマホをバッグにいれておけば机の上の腕時計で連動して結果が一瞬にしてわかる。それに刺激され、わたしも連動する時計を買うことにした。しかしアップル・ウォッチは大きいうえに価格も下手するとスマホくらいする。色々考えて4000円代のウォッチにした。かなり面倒な設定をすませると、電話は登録してあれば相手の名前が分かる。ツイッターは1対1なら相手のIDが表示される。携帯から5m以上離れると警告ブザー鳴る。メールは設定がわからないので、今のところ届いたという合図だけ。これで十分だ。一番良いのは歩数計で自分の目標を設定して集計に参加すると自分の順番が毎日分かる。わたしは1万歩の設定にして、昨日の場合40位くらいだった。
▼自治体でやっていた高齢者の筋トレはコースが終了して毎週いかなくなるとサボってしまう。通っていたときはコーチがチェックしてコメントを書いて花丸をつけていたので励みになった。今回相手の本名はわからないが、好敵手が出来て、俄然再びやる気になってきた。
◇「夜明けの祈り」わたしはヒマがあるから映画を見るのではない。手持ち原稿が2本より減ったら必ず見に行く。というのは1ヶ月に4本書くというのは1発必中ではないからだ。映画評を熟読して見に行くが、外れの映画もある。打率7割というところか?一番アテになるのは、自分の目でみた「予告編」が一番あてなる。
▼1945年12月のポーランド。「解放したソ連軍」が実質支配している。その中に国際赤十字の施設で負傷兵への医療活動を行う若きフランス人医師マチルドがいる。彼女のもとに、悲痛な面持ちのシスターが何やら助けを求めてやってくる。映画の最初のシーンで女性の叫び声が聞こえて来る。それは何だったのか?マチルドは自分は怪我をした兵士を救うのが仕事である、野戦病院以外は担当外であることを理由に一度は断る。
▼しかしマチルドは凍てつく空の下で何時間もひたむきに神への祈りを捧げる姿にシスターの必死の願いに心を動かされ、勤務が終わったあと深夜に一人軍用車を運転して遠く離れた修道院へと出向く。話を聞くとどうもシスターが妊娠しているらしい。聖職者にあってはならない事だが、修道院に押し入ったソ連兵はシスターを次々レイプし彼らの蛮行によって身ごもってしまった。当然中絶は出来ないし、途方に暮れていた。しかもお腹はふくれる一方でシスターたちは苦しむばかりで手を施せない。マチルドは外科が専門だが、手引き書を見ながら一人の出産を成功させる。
▼しかしこの病院には7人も妊婦がいた。しかも老院長もソ連兵から梅毒を感染させられていた。何度も深夜に通っている時、マチルダ自身も検問をしていたソ連兵に襲われる。間一髪のときソ連兵の上官が出て来て助けられる。彼女がどうしてこういう立場に立つことが出来たか?それは両親が共産党員で、彼女もその影響を受けて困っている人の立場に立つという思想が身についていたからだ。
▼信仰と現実の狭間で苦悩する修道女たち。かけがえのない命を救う使命感に駆られたマチルドは、幾多の困難に直面しながらも激務の合間を縫って自らの危険を体験しながら修道院に通う。院長は生まれた子どもをシスターの両親や親戚に帰すと生後間もない赤ちゃんをシスターから強制的に切り離す。い。しかし実際には荒野に捨てただけだった。そのことがシスター全員に知られると院長は修道院を去る。そしてマチルダはこの修道院を孤児を育てる施設として使う事をシスターたちに提案して採用される。マチルダは微塵の非もない修道女たちの唯一の希望となった。実際あった話の映画化である。
実在のフランス人医師との絆の物語。

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August 14, 2017

NHK「本土空襲 全記録 」を見て考えた。

▼今朝はヒューマントラストで「夜明けの祈り」を見て来た。同じポーランド映画でもアンジェワイダはポリティカルな面を描くがこの作品はポーランドでも人間の精神面を描いている。ある面で5日NHKETVで放送された、「ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」に似ている。映画とTVについては後日書く。
▼金曜日の夜10時頃だったが、前日の名残でNHKBSのスイッチが入っていてイギリスで拓かれている世界陸上の女子ハイジャンプ185mくらいの場面をやっていた。その女子選手が全員、スーパーモデルのような背の高い美人ばかりで、ついつい最後まで見てしまった。クリアしたときは思わず「オー」と声を挙げてしまった。ウクライナの選手はとくに美しかった。
▼12日土曜日夜NHKで「本土空襲 全記録 」をやっていた、アメリカ軍は機関銃と同期してガンカメラを装着しており、そのフィルムがアメリカの公立文書館で見つかったのだ。機関銃と同じ目線だから海岸で逃げ惑う日本人の姿も写っている。最初米軍は高度1万メートルから爆撃するが後で観測機を使って調べて見ると、命中率はたった7~8%だったことが分かる。武蔵野にあった中島飛行機も肝心な工場には命中しないで、隣りの畑に命中している。これが44年7月頃である。指揮官に任命されたカーチス・スメイは徹底的に焼き尽くす事を決意する。そしてアメリカ本土に、後の焼夷弾で焼く実証試験をするため、日本家屋を造る。テレビでは出ていなかったが、畳はハワイの日本家屋からわざわざ取り寄せる。
▼そして実験に成功してM47クラスター爆弾が完成する。そしてその後のルメイの命令は爆弾の投下がすべて終わるまで待避行動してはならない。軍事目標だけでなく列車、建物、動く者は全て撃って殺害してしまえ、という内容に変化する。もう一つNHKでは触れなかったが、飛行機に乗せた爆弾はすべて落として来る。そうしないと着陸するとき爆発する可能性があるので、全弾落とし尽くしてこなければならない。建物はすべて、列車の動く車両はすべて、人間も動いているものに恐怖心を植え付けるためすべて殺しつくすという方針に変わって行く。その結果、空襲だけで全国で70万人の死者がでる。さらに1万メートルより低く攻撃できるようP51戦闘機を配備露払いをして、高射砲を黙らせ、低空で爆撃できるようにした。
▼だから今考えて見ると田舎では白壁に墨を縫って米軍機から目立たないようにうする、という小手先の技術も何の意味のなかったのだ。それにしてもなぜ米軍がこのような空襲をしたか?それは1938年12月18日から1943年8月23日にかけて、日本軍により断続的に218回行われた重慶爆撃は都市への無差別空爆の先鞭をつけて1万人以上の人たちを殺害した、復讐でもあったのだ。
▼余談になるが中島飛行機の社長中島知久平の再放送も見た。彼は陸軍に入りたかったが失敗し海軍機関部に入る。役所では仕事が遅いとしてそれから後に独立して会社を興し戦闘機のエンジンを作る。最終盤にはB29よりも大きい渡洋爆撃機「富嶽」を作り、アメリカを空爆してからし、ドイツ占領下のフランスに逃げるプランを考える。しかし1万メートルの上空では空気が薄いのでエンジンが上手く動かない。そのため燃料を吹き付けるターボチャージャーを研究したがどうしても作れなかった。そんな事を考えていた中島は占領軍からA級戦犯にしていされる。しかし病気で収監されることはなく、自宅療養中に死亡してしまう。

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August 12, 2017

広島に生まれた、吉川晃司の怒り。

▼わたしは普段の夜にテレビを見ている時間はないので録画する。それもドキュメンタリーに興味があるので、1日5本から7本になる。これもたまると視聴するのがかなり難しくなる。そのほか、わたしに対して、わけのわからない言いがかりをつけてくる人たちを論破するため、1日に300頁は本を読むのを日課としている。この数日の時間のある日は戦争問題を中心としたドキュメンタリーを見て来た。NNNの吉川晃司の、原爆ドームの真ん前に、割烹旅館を営むご実家があった話には驚いた。ご祖父と父上は1年前に、店を売り払って疎開して、いたため被災しなかった。子ども達はいまも「平和公園」と言っているが、そこには庶民がつましく暮らしている町があった。瓦礫になってしまった町を埋め立てて「平和公園」という名称の公園になった。この番組は明日13日午前11時にBS日テレで「4400人が暮らした町
~吉川晃司の原点・ヒロシマ平和公園~」として再放送されるので、ぜひご覧いただきたい。吉川は「日米地位協定はそのままだし、」と今の政府に注文をつけたいた。後半詩人のアーサー・ビナードが登場する。彼は昨年オバマが広島に来たとき、中国新聞から頼まれて同時通訳をしていた。わたしの友人に、も何人かは「オバマは謝罪に来た」というが彼は謝罪などしていない。演説の原文を見ても「空から悪魔(デビル)が降って来た」と言って原爆を投下した責任や謝罪を一言もいっていないのだ。そのことに対する吉川の怒りも感じる事が出来た。
▼昨日の北のグアム近くにミサイル発射事前予告にたいするメディアのはしゃぎ振りは、一体何だろう。PACK3は今年一月習志野駐屯地に行った時、その姿をさらしていた、あのミサイルは常に同じ場所に置かれたままだ。まるで張り子の虎か?先日描いたが 日本には北ミサイルを発射余地する能力はまったくない。たとえ高知駐屯地に配備したところで、国民向けのアピール以外はない。たんなるお飾りなのだ。NHKなど今にもミサイルが日本を直撃しそうだというような「報道番組」に惑わされてはならない。
▼書きたいことはたくさんあるが、また明日。

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August 10, 2017

7日映画「黒い雨」を見る。

▼柳田邦男の「空白の天気図」という小説がある。戦争中の天気図は敵に情報を与えないため、白い部分が多かったという話だ。その中に予報部には一般の気象予報官と、軍部の予報官が関を並べていた。しかし食事時になると気象庁の人々は貧しい弁当かおにぎりを食べていた。しかし軍部の予報官は豪華な食事が出て、同じ仕事をしているのにこの差別的な扱いは何だと、お互い気まずい思いをしたという。昨夜それに似た希有な体験をした。ただし実際に起きたのは食い物の話ではない。人間としての生き方に疑いをもちたくなるような話だ。
▼「いろはカルタ」というものがある、「犬も歩けば棒に当たる」といいうのだ。ではその「ら」は何かご存じだろうか?江戸では「楽あれば苦あり」である。わたしの娘が幼かった頃、子ども雑誌の付録で「かるた」が付いてきた。その「ら」とは「ラン、スー、ミキのキャンデーズ」だった。いま活躍しているのはランちゃんだけ。田中好子のスーちゃんは映画「黒い雨」の主人公のようになくなってしまった。7日夜、日本映画専門チャンネルで1989年に製作された「黒い雨」が放送された。映画は井伏鱒二の小説が原作となっている。この中で田中は原爆の直撃は受けなかったが、その数日後に降った黒い雨に打たれ被爆して白血病になる。叔父夫妻(北村和夫、市原悦子)の家に引き取られ、結婚相手を探そうとしているが、彼女は症状が出始めていてアロエを身体に貼ったり、髪をとかしているとごっそり抜ける。叔父は医師から「被爆していない」という証明書を貰って嫁がせようとするが…。
▼NHKで日曜日夜、広島の被爆者のビッグデータを収集して、どこでなぜ人が死亡したか分析する番組を放送していた。一番多いのは、核爆発による放射線と爆発の直撃である。3日後から死者が増える。それは実験によれば放射線で血管の中の血液が沸騰し、その泡が臓器に付着しそれが原因で感染症にかかってしまうのだ。この血液の沸騰は初めて知った。さらにその数日後に黒い雨に打たれた人たちである。国の方針は爆発の同心円の中にいた人にしか「原爆症」を認定してこなかった。映画では田中が入院するためトラックの救急車で運ばれる場面で終わっている。だがこの番組では「もう一つのラスト」(カラー版)が放映された。それは田中がお遍路さんになって自分を見つめ直すと言う内容だった。

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August 08, 2017

歯の治療で莫大な金額を提示された人。

▼日曜日夕方見知らぬ番号から携帯に着信があった。すぐ応答するも切れてしまったのでコールバックする。話していくと10年ほど前にPCの不調で何度かお伺いした方からだった。「メールが受信出来なくなってしまった」とおっしゃる。前と同じ症状である。サーバーの管理者の問題である。PC修理店に持ち込んで、フォーマットしても直らないでしょう。とお答えして電話は終わる。月曜日朝イチでまた電話がある。もうフリーメールにした方が良いです、とお話しして水曜日訪問することにした。
▼夕方歯科医で、抜糸をする。「よく傷がふさがっている」として作業は10分足らずで終わった。わたしが歯医者に行かなくなったのは小学校低学年のとき、親知らずが痛んでいると、祖父が隣り村の自傷「歯医者」に連れて行ってくれた。麻酔もせずいきなりクギ抜きで歯を抜かれた、痛いのなんのって…。それから歯医者を信用できなくなった。そのことを今の歯科医に話すと「それは酷い、まるで拷問ですね」と言う。そう、まるで映画「マラソンマン」の世界である。歯科技工士さんが歯石の除去を30分くらい丁寧にやってくれた。最後にメディカル用のデンタルフロス大小を下さった。いよいよ来週からブリッジなどをする。
▼外に出ると携帯に着歴がいくつかあった。そのうち一本が友人からだった。歯科医の状況話すと、自分も前歯を入れ歯にすることになったという。白い歯だと全部で60万円だという。私の家族は治療に300万円掛かると言われて医者を替えた。お金はないから金でも銀でも良いと答えたという。わたしはその方が不動産を持っているのを知っているので、「財産処分して白にしたら」というと、処分はできない。もう獅子舞のようで人前には出ることができないという。わたしは最初に歯科医に行った時「治療は保険適用範囲でお願いします」と言ってある。入れ歯にしても奥歯だから、金銀にしたところで外からは一切見えない。
▼小野寺防衛相は4日、北朝鮮を念頭に「自衛隊の『敵基地攻撃能力』保有を検討」と発言した。これは技術上まったく出来ない話をぶち上げているに過ぎない。米軍の偵察衛星は一日に1分しか北上空を通過しない。いま米軍が保有する画像偵察衛星は5基、レーダー偵察衛星(夜間用)2基だけだ。日本のそれは合計2+2基.日米合計11基だから1日合計で約10分しか偵察できない。
▼自民党の安全保障調査会は早期警戒衛星を保有する事を求めている。しかしこの衛星は赤道上空3万6000キロを周回し地球の自転と速度は同じになるので「静止衛星」と呼ばれる。だが3万5千キロは偵察衛星の約100倍だから、弾道ミサイルの100倍になるので、弾道ミサイルなど見えない。かろうじて発射の際にでる赤外線だけは関知できるかも知れない。今のところ北ミサイルの緯度、経度を常にリアルタイムで確実に把握できる手段は何もない。(静止衛星の実効性については田岡俊次氏の論文による)

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August 07, 2017

◇「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」を見る。

▼昨日米大使館前から新橋に出ようと思って道路を歩いていると、農水省前で金曜日にお会いしたXさんに偶然お会いした。この方は映画がお好きで時々夢中になって情報交換をする。X氏のお住まいは東京ではないので、ここまで9時半に来るのは大変だったと思う。まさか8時半から抗議しているとは、思わなかったのだろう。抗議開始時間が分からなかったので、終了してから到着されたようだ。一言二言お話しして別れた。
▼「週刊金曜日」7月21日号に面白い本が紹介されていた。シルヴィア・フェデリーチ著「キャリバンと魔女」という4600円の本だ。この人はマルクス主義系フェミニズムの最重要論者で知られている。彼女は「家事労働に賃金を」という運動の口火を切った方でもある。今回の著書では「近代の聡明期に何十万もの“魔女”が処刑されたという事態はどう説明され得るのか」。あるいは「なぜ資本主義は、女たちに対するこの戦争が進めるなかで出現することになったか」。である。「魔女狩りは、女たちがそれまで自分たちの再生産機能に対して行使してきたコントロールの解体を目的とするものであり、よりいっそう抑圧的な家父長制の発展へと向かう途を拓くことに貢献するものだった」というのだ。2月に発売されたばかりで、図書館にはないが、いずれ詳しく紹介したい。
◇「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」南北戦争を挟んだ19世紀、北米の小さな町アマスト。白いドレスに身を包み、緑豊かな屋敷にこもる一人の女性がいた。彼女の名前はエミリ・ディキンスン。福音主義に基づいたシスターを養成するマウント・ホリヨーク女子専門学校に通っている。映画は最初に卒業する場面が出てくる。大勢の女子生徒を前に校長は「神を信じる人は、わたしの左側に、今は信じないがいずれ信じる人は右側に」という。どちらにも行かなかったのはディキンスンである。
▼ディキンスン生前にわずか10篇の詩を発表したのみで評価されることはほぼなかった。しかし、死後、彼女の部屋の引き出しから約1800篇の詩が発見され、その繊細な感性と深い思索から生まれた詩は各方面に多大な影響を与えた。孤独のなかで人生と死、そして永遠を見つめ、詩作に情熱を注いだ彼女の知られざる半生とは。後世に多大な影響を与えた19世紀の詩人である。
▼ 学校の方針になじまない彼女の処にある日、父親のエドワードがエミリを迎えに来る。その後は、彼女は生家で暮らすことになる。詩をつづるようになった彼女は、作品を新聞で発表される。評論で彼女の詩は決して賞賛していない。しかし新聞に掲載されたのを機に創作に没頭していく。そんな中、エミリは牧師ワズワースの説教に感動し、妻帯者である彼に思いを寄せる。しかしキリスト教的道徳の範疇ではなく、自分の考え方で生きようとする彼女は周囲や弁護士の父親と兄。そして妹とことごとく対立する。
▼男性優位社会のなかでではなく、女性の価値とは何か考え続ける。表面的にうまく行き、波風とたてなければそれで良いのか?倫理敵な過ちを一切拒否し続ける。現実にこのような人物が目の前にいたら「つきあいにくい」と思うに違いない。しかし兄嫁だけは彼女を理解しようとつとめる。ともすれば孤立しがちになるが、進歩的で快活な友人たちの会話は、時に兄や彼女を慕って訪問してくる男性の友人に対しては辛辣で、怒って帰宅させてしまう。詩人としては評価されないまま、鬱屈を抱えて、部屋から一歩も出ず、真実から絞り出した詩作を続ける。晩年は周囲との交流を断つ。さからじん臓病障害で部屋でけいれんしても、中々発見されないいまま苦しむ。緑豊かな屋敷から出ることなく、自然や信仰、愛や死をテーマにした約1800篇の詩を遺し無名のまま他界した。派手なハリウッド映画が好きな人向きの映画ではない。

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August 06, 2017

◇「ありがとう、トニ・エルドレン」を見る。

▼4日のうち合わせでは午前7時半アメリカ大使館前集合だった。6時に起床して6時半に家をでなければ間に合わない。一旦は無理かと思った。土曜日に再確認すると8時半始まりなので、8時に着けば大丈夫と聞いて安心した。実際7時に家を出て、JR新橋駅には7時半に到着した。楽勝だった。
◇「ありがとう、トニ・エルドレン」父と娘の関係は年を重ねるほど難しくなる。昨日から読み始めた梯久美子著「狂うひと」を読んでもそれを感じる。この本は620ページもある。3日間で読めるだろう。子育てにおいて子どもが幼いとき、父親が一切育児に拘わらないで妻任せ、中高生になってからデカイ顔をしても、娘は振り向いてくれない。UFJかなにかもUFJのCMで父が娘に「今度また家族で来ような」と娘に声を掛けると、「ウン」と答えながら小声で「今度彼氏と来よう」と呟く娘。こlれが実体である。さてこの映画はドイツとオーストリアの合作映画である。ドイツに住む父は久しぶりに、かつ突然ルーマニアに住み、キャリア・ウーマンで馴らす娘イネスの処に訪ねていく。突然の訪問に娘は一応父を歓迎するが、心中hがウザイと思っている、仕事の大事な顧客へのプレゼンをしなければならないのに、構ってはいられない。
▼父親はテレ隠しで入れ歯をしてカツラを被って変装して娘の前に現れる.最初は変なオヤジと思っているが気づかないふりをして父親を喜ばせる。ま、仕事で苦労しているから如才ない。しかし心中はプレゼンの事で頭の中は一杯なのだ。父親は娘の心配をよそに、入れ歯で変装したり、石油採掘のコンサルタントとか言って、プレゼンの会場に飛び入りする。さらに夜のパーティでは、在ルーマニアのフランス大使館の職員だと賑やかに飲んだくれる。しかし客たちは怪訝に思い、しかめ面をしている。
▼翌朝娘のイネスは「もうこりごりさっさとドイツに帰って」と空気を読めない彼を家から叩き出す。背中を丸めてタクシーに乗り込む父親の姿を見ると、可哀想だな、同居しなければならないか、高いマンションのベランダから見送ると複雑な気持ちになる。
▼父親を追い出した夜、会社の同僚や友人と女子会を開いているろドイツに帰った筈の父親がまたまたカツラで変装してレストランに現れる。自分は「トニ・エルドレン」だと名乗って嫌がる娘を尻目に周囲や会場を沸かせる。最後まで娘と父は邂逅する訳ではない。しかし血液は濃くても煩わしい父と娘の関係は世界共通なのだと思わせる。最後に父は「義務だけで追われていると、人生はすぐ終わってしまうよ」と語って去っていく。この言葉は鑑賞する人の胸に突き刺さるに違いない。しかし3時間の上映時間は長い。

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August 05, 2017

毎日放送の「さまよう木霊~基地反対運動」はこちらで…

▶︎昨晩は久しぶりに金曜日の国会周辺に出かけた。先ず5時30分に関電のある富国生命ビルのまえで、たんぽぽ舎のみなさんと、ご一緒に抗議に参加しツイキャス撮影する。Yさんはとても親切にして下さった。天気予報は雨風雨が強くなるとも言っていた。撮影に重い三脚を使っている。しかしL型バーにカメラ二台と、雨傘を取り付けると、突風が吹いた時倒れる危険性が強い。
▶︎そのためビデオカメラバ持参しなかった。二週間ぶりにお会いした皆さんも、親切にしてくださいました。こちらの抗議は、いつもより早めの8時15分頃には終わりました。昨晩築地の場外市場でかさいがあり、それをきっかけに、小池都知事は豊洲遺伝を、安全検査をせずに移転を合理化しようとしている事に批判が集中しました。
▶︎終わってから耳をすませるとドラムの音がする。毎週金曜日夜に海上保安庁が、沖縄で埋め立て工事に協力をしている事に抗議をしている人たちだ。旧テントのひとたちが熱いお茶や、お菓子を持って来てくださったが、慌ただしく口に放り込むと、急いで駆けつける撮影機材一式は既にリュックに仕舞ったので、手持ちのiPhone6で約20分ほど中継する。いらしたのはやはりAさん、Bさん。CさんにKさんだった。さらにイスラエル大使館抗議からご一緒する方もいらした。終了後は、有楽町まで歩いて帰宅する。
▼毎日放送の「沖縄さまよう木霊~基地反対運動」はこちらでご覧になれます。

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August 04, 2017

怪しいユニセフの「マンスリーサポート」

▼昨日朝のNHKラジオで自分の親が戦争中上官にかなりいじめられた、という話を聞かされたという人物が投稿していた。ご自分はそれで戦争に反対するのか?と思って聞いていたら、「ユニセフの運動に協力することにした」という。民放のCMではかなり多く出てくる。アフリカで飢えたり、水がなかったりしている子ども達が映し出され、「○○○には時間がありません。あなたの毎月3000円のご支援で彼らは飢えなくて済みます。いわゆるマンスリー・サポートというのだ。最近はSバンクの携帯を使っている方は毎月の携帯料金から自動引き落としになるというものまで出てきた。
▼アフリカの人々がなぜ貧しいか?かつてはヨーロッパ各国が宗主国として君臨して食料や奴隷貿易で人そのものを収奪をしていた。いまはレアメタルやウラン鉱石の生産地としてアメリカ、中国などが収奪しているのだ。その犯罪行為に目をつむって、カネをだせというのは、文字通り「泥棒に追いゼニ」なのだ。ユニセフの盲動に騙されてはならない。アフリカを「発見・占領」したヨーロッパの「キリスト教」の先見性については「アメリカ異形の制度空間」(西谷修著)に詳しい。
▼抜歯手術後、痛み止め4錠、止血用口内ガーゼと化膿防止薬12を貰った。使ったのは化膿防止薬だけで、これも昨日の昼で終わった。術後経過は順調だと思う。
▼一昨日の東電抗議行動は、たんぽぽ舎の担当者からYouTubeのアドレスを教えてくれ、問われたのでアドレスを送ったら、リンクして下さった。これで多少アクセスが増えると思う。

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August 03, 2017

規制委から九電、東電抗議に回る。

▼昨日は午前中六本木の第29回原子力規制委員会を傍聴する。暑いのだから数分くらい屋内に入れてくれれば良いのだが、融通のきかないガードマンだと、たとえ2分でも屋内待機を拒否される。この日のメインは大洗の原研、研究棟における6月の事故の暫定評価である。評価は「東京新聞」朝刊にも「2」と出ていた.会議が始まる前に、会議室に待機していた某国営放送の記者は同僚に電話して「2って何だ?」と大声で聞いていた。事故の評価基準は8が一番重い。しかし原子力規制委員会に出された評価は「2」だ。会議のビデオをみていただくと分かるが、単なる手順の勘違いとして位置づけ、低い「2」にしている。さらに放医研の最初の重大事故という診断も無視した結果になっている。つまり原発を再稼働するため、将来誰でも作業を出来るように、このような偶然の作業ミスという結果に落ち着かせたとみる。しかもその評価レベルすら某国営放送記者が知らなかったというんでは、記者会見で鋭い追及もできない。
▼疑問を出すのは更田委員と石渡委員だけで、緊張感のない会議が続く。ただ簡単におわってしまった第4議題獣医法に基づく犬と猫の放射線照射基準だ。田中委員長は「ペットがこのような放射線治療が行われているとは知らなかった」と喋っていた。添付資料には「眼の水晶体の放射線防護検討部会メンバー」というのがある。わたしはこれはペットが相手ではなく、将来的に「廃炉作業」に人間を使うことを前提に研究しているように思えてならない。
▼最近朝のNHK気象予報を聞いていると「通り雨」という言葉が頻繁に出てくる。にわか雨とどう違うのか調べてみた。「通り雨」という言葉は森進一の「港街ブルース」の中にも出てくる。ネットによれば、「通り雨は 「さっと降って、すぐ止む雨」のことだといい、一定の地域に短時間だけ降る雨のことだという。「にわか(俄か)」とは言葉にもあるように、 「一時的な」という意味がある。というわけだ。
▼夜は有楽町駅前の九電東京支社前で玄海原発再稼働反対の声をあげる。司会者が途中で「スピーチする人がいない」というので挙手をして数分話をした。原子力規制委員会の内容と、ブログに書いた空母アイゼンハワーの原子炉を25年で交換した内容だ。日本は40年も稼働させさらにいま、プラス20年と言い出す狂った原子力規制委員会である。スピーチの直後、タンポポ舎のYさんが名刺を交換してくれというので、「既に2枚いただいています」とお話しして自分の名刺をお渡しする。ここではXさんが原子力規制委員会でのツイートを見ていた、と話して下さる。先週別の友人がツイートは見ていると話して下さった。見ているが返事をすると「ここに来い」などと言われる恐れがあるから「じっと見ているだけだ」という。わたしも病人や身体の悪い人にでて来いなどと言う筈がない。九電が終わってかれら東電本店抗議に向かう。1日3ラウンドでかなり疲れる。東電前ではY氏からいろいろ頼まれごとをされる。この調子では、某資料室に潜り込みで、お盆休みは取れそうにない。Z氏からは「歯を抜いたか?」と言われる。みなさんブログをちゃんとご覧になって下さっている。
▼西谷修氏の本は図書館から3册届いて読み始めた。結論ありきの政治論ではなく、誰でも納得のいく実例から攻めていくので、かなり説得力がある。1日夜10時からNHKBSで「フィンランドの旅」を放送していた。最後は孤島の50mくらいある灯台だった。ここにも、ここにもl数年中に一人で行ってみたい。

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August 01, 2017

キャベツとレタスの区別が付かない実習生。

▼午前中仕事が一区切りついたところで、いつものクリニックに行く。というのは8月はお盆休みがあるからだ。残っている薬h2日分だけ。猛暑なのでクリニックは空いていると思って出かけたが正解だった。ここで28日分貰ったので、8月中は大丈夫だ。続いて夕方歯科の予約してあった。きょうは抜歯である。麻酔を注射され、かなり手こずったが、痛みを感じることなく抜いてもらった。「歯は持ち帰りますか?」と言われたが「入りません捨てて下さい」と頼む。家族に聞くと普通抜歯しても傷口は縫わないという。しかしわたしの場合、歯科医はかなり丁寧に縫って下さった。抜歯後の注意事項は入浴と飲酒である。ただ長風呂と大量にガバガバのまなければ、飲酒しても大丈夫という事だった。しかし飲酒をしなくても、いつの間にか寝てしまった。
▼日曜日池袋の勉強会が終わって、神田のウナギ屋で2匹買ってから帰宅する。その後幾つか夕食に不足しているものがあったので、近くの大型スーパーに出かける。比較的空いているレーンに並んだら20最くらいの男性「実習生」がレジを打っていた。隣にはパートさんが付ききっきりで指導していた。男性新人キャベツを持って「これはレタスですか?それともキャベツですか?」とパートさんに聞く。パートさんは「重いのがキャベツ、軽いのがレタス」と教えていた。わたしは農家の出身だから列車の窓から眺めているだけで、植えてある野菜の種類は、葉を見ただけで分かる。そういう時代になっているのだ。
▼毎日曜、夜BSで太川陽介の歌謡番組がある。この日のゲストの一人は沖縄出身のフィンガーファイブの晃だった。彼は1969年にパスポートを持って東京に来たという。その時彼は「僕はカリフォルニア出身なんです」という。という事は沖縄は、最も日本に近いハワイではなく、カリフォルニアの属州になっていたのだ。わたしは当時沖縄に行こうと思ってパスポートの申請を2度したが、いずれも拒否され「返還前」に沖縄の土を踏むことはできなかった。

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