« 「ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」を見る。 | Main | 「軍事郵便」とは何だったのか? »

August 17, 2017

NHKSPL「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」を見る。

▼腰痛は痛みは引いてきているが、中々なおらない。今後は自分の身体を守るために、雨降りで自分が傘をさす間の3分でも交代してくれる人がいない場合参加するのは見合わせよう。身体もさることながらカメラも雨に濡れたので銚子が悪くなった。きょうもバスに乗っていたら、お年寄りの婦人がバスが発車したとたん、床に倒れ座り込んでしまった。わたしは腰痛なので、普通の座席に座っていた。他の元気そうに見える人は誰も席を立とうとしないので、自分が交代した。他人の痛みが分からない人はこのような場合も、知らん顔して無視するのだろう。
▼今朝のあるブログを見ていたら、愛媛県西条市でミサイル飛来を想定して学校で体育館の中で頭を押さえてうずくまる小学生たちが写っていたので驚いた。たしか管官房長官は「防空壕を作れ」と記者会見で言っていたっけ。戦争中の竹槍訓練よりもおそまつである。NHKの今年(2017年度)戦争シリーズを、昨晩一応全部見終わった。その中の樺太の戦争を扱った、「樺太(現サハリン)地上戦 終戦後7日間の悲劇』 - 2017年8月14日に放映されたNHK スペシャル。これは終の5日後ソ連軍が突如樺太に現れる。樺太の指揮は北海道方面軍に任されていた。最初抵抗しない方針だった。しかし樺太を占領したソ連は北海道北部(留萌・釧路以北)もよこせ迫る。そのため抵抗することに方針を変える。しかし地元の人たちは、良くても古い猟銃しかない。相手のソ連軍は通称マンドリンと呼ばれるPPSHで1分間に90発撃つころができる軽機関銃をもっていたから太刀打ちできない。それどころか市民には竹槍で立ち向かえと訓練を始める始末だ。
▼しかし多勢に無勢、一般人は抵抗するより真岡港まで徒歩で避難せよという命令が出る。スターリンは樺太に北海道占領の最前線を作ろうと考えていたので、日本軍も必死になった。当時の樺太にはパルプから漁業まで約40万人の人々が居住していた。日本軍は抵抗しながら撤退をする。そのうちトルーマンがソ連による北海道の占領は認められないという書簡を送ったため、戦闘は収束に向かう。しかし捕虜になった日本兵はシベリアに送られ強制労働をさせられる。中でも一番有名なのは真岡郵便電信局事件で、」ソ連兵の上陸を恐れ電話交換手が青酸カリによる服毒自殺をした事件である。番組でも姉が船で本土に逃げる自分を見送りに来てくれた姉さんを思い出すと墓参に訪れ、当時と同じ海岸にたつ妹さんの姿が痛ましく感じられた。8月15日が敗戦として島民全員に周知徹底して全員引き上げていれば、このような不幸な事件も起きなかったかも知れない。
*一昨日の映画「乙女の祈り」のポーランドにおけるソ連の態度。本日の「樺太とソ連」に関しては不破哲三×渡辺治の最新刊「現代史とスターリン」新日本出版2200円の170頁以降に詳しく掲載されていて面白い。映画「氷雪の門」は2010年8月10日このブログで3回にわたってご紹介している。

|

« 「ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」を見る。 | Main | 「軍事郵便」とは何だったのか? »