« ◇「ありがとう、トニ・エルドレン」を見る。 | Main | 歯の治療で莫大な金額を提示された人。 »

August 07, 2017

◇「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」を見る。

▼昨日米大使館前から新橋に出ようと思って道路を歩いていると、農水省前で金曜日にお会いしたXさんに偶然お会いした。この方は映画がお好きで時々夢中になって情報交換をする。X氏のお住まいは東京ではないので、ここまで9時半に来るのは大変だったと思う。まさか8時半から抗議しているとは、思わなかったのだろう。抗議開始時間が分からなかったので、終了してから到着されたようだ。一言二言お話しして別れた。
▼「週刊金曜日」7月21日号に面白い本が紹介されていた。シルヴィア・フェデリーチ著「キャリバンと魔女」という4600円の本だ。この人はマルクス主義系フェミニズムの最重要論者で知られている。彼女は「家事労働に賃金を」という運動の口火を切った方でもある。今回の著書では「近代の聡明期に何十万もの“魔女”が処刑されたという事態はどう説明され得るのか」。あるいは「なぜ資本主義は、女たちに対するこの戦争が進めるなかで出現することになったか」。である。「魔女狩りは、女たちがそれまで自分たちの再生産機能に対して行使してきたコントロールの解体を目的とするものであり、よりいっそう抑圧的な家父長制の発展へと向かう途を拓くことに貢献するものだった」というのだ。2月に発売されたばかりで、図書館にはないが、いずれ詳しく紹介したい。
◇「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」南北戦争を挟んだ19世紀、北米の小さな町アマスト。白いドレスに身を包み、緑豊かな屋敷にこもる一人の女性がいた。彼女の名前はエミリ・ディキンスン。福音主義に基づいたシスターを養成するマウント・ホリヨーク女子専門学校に通っている。映画は最初に卒業する場面が出てくる。大勢の女子生徒を前に校長は「神を信じる人は、わたしの左側に、今は信じないがいずれ信じる人は右側に」という。どちらにも行かなかったのはディキンスンである。
▼ディキンスン生前にわずか10篇の詩を発表したのみで評価されることはほぼなかった。しかし、死後、彼女の部屋の引き出しから約1800篇の詩が発見され、その繊細な感性と深い思索から生まれた詩は各方面に多大な影響を与えた。孤独のなかで人生と死、そして永遠を見つめ、詩作に情熱を注いだ彼女の知られざる半生とは。後世に多大な影響を与えた19世紀の詩人である。
▼ 学校の方針になじまない彼女の処にある日、父親のエドワードがエミリを迎えに来る。その後は、彼女は生家で暮らすことになる。詩をつづるようになった彼女は、作品を新聞で発表される。評論で彼女の詩は決して賞賛していない。しかし新聞に掲載されたのを機に創作に没頭していく。そんな中、エミリは牧師ワズワースの説教に感動し、妻帯者である彼に思いを寄せる。しかしキリスト教的道徳の範疇ではなく、自分の考え方で生きようとする彼女は周囲や弁護士の父親と兄。そして妹とことごとく対立する。
▼男性優位社会のなかでではなく、女性の価値とは何か考え続ける。表面的にうまく行き、波風とたてなければそれで良いのか?倫理敵な過ちを一切拒否し続ける。現実にこのような人物が目の前にいたら「つきあいにくい」と思うに違いない。しかし兄嫁だけは彼女を理解しようとつとめる。ともすれば孤立しがちになるが、進歩的で快活な友人たちの会話は、時に兄や彼女を慕って訪問してくる男性の友人に対しては辛辣で、怒って帰宅させてしまう。詩人としては評価されないまま、鬱屈を抱えて、部屋から一歩も出ず、真実から絞り出した詩作を続ける。晩年は周囲との交流を断つ。さからじん臓病障害で部屋でけいれんしても、中々発見されないいまま苦しむ。緑豊かな屋敷から出ることなく、自然や信仰、愛や死をテーマにした約1800篇の詩を遺し無名のまま他界した。派手なハリウッド映画が好きな人向きの映画ではない。

|

« ◇「ありがとう、トニ・エルドレン」を見る。 | Main | 歯の治療で莫大な金額を提示された人。 »