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December 17, 2017

NHKETVで辺見庸の「こころの時代」再々放送を見る。

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(かつて万世橋駅前にあった広瀬(上)と杉野の銅像、昭和22年東京都が撤去した)
▼昨日は映画「否定と肯定」の初日初回を見る必要があった。3日間連続で屋外の抗議にたつ元気はない。2日立ったら1日インターバルを入れる。映画は実際にあったホロコースト裁判を映画化したものだ。内容は数日中にご紹介する。映画を見た直後ツイートしたが、その文章は何故かアップできず何処かに行ってしまった。おおよその意味は映画の前半にでてくる格言で「卑怯者は自分が安全だと思うときだけ、居丈高に相手を攻撃する」という意味の言葉だった。
▼昨晩は溜まった録画を整理して見た。その一つはNHKETVで再放送された、辺見庸の「こころの時代」だった。1年前に放送されたものだが、いま見ても新鮮である。辺見の父は戦前彼と同じ共同通信射に勤務していた。その掲載された記事を分析して、当たり障りのない凡庸な日記のような文章しか書いていないことに疑問を投げつける。何人かの作家が中国侵略に従軍記者あるいは兵隊として出征している。その内容はとても酷い物で、ここで文章にするのはためらう。要するに辺見の父は中国人の拷問や殺害(銃剣による刺突)の現場に立ち会う事はなかったのか?それを何故書かなかったのか?翻って自分(辺見庸自身)だったらどうだったのか?みんなと一緒にはやしたてる立場にならなかっただろうか?自分一人で拒否することはできただろうか?自問自答する。
▼さらに「抜刀隊」の行進曲は明治時代から先の日中、太平洋戦争中、神宮球場の学徒出陣式でも、そして今の自衛隊も同じ曲を使っている、と指摘している。抜刀隊とは西南戦争最大の激戦となった田原坂の戦いが舞台となっている。ここで、政府軍側は西郷側の予想外抵抗にあって苦戦を強いられる。つまり白兵戦が起こった。 そこで政府軍は西郷軍に対抗するため、士族出身者が多かった警視隊の中から特に剣術に秀でた者を選抜した。つまり抜刀隊が臨時編成して戦闘を行なった。 これが軍歌「抜刀隊」の元となった。
▼辺見の小津安二郎の「人間の裏側を何も描かない」という批判はもっともである。

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